2010/03/07

3月の熱とケーキと雛人形

Cimg7201

 「幾星霜いくせいそう褪せぬ雛ひいなの美男美女」 義母 作


 3月はどうも、体調を崩しやすい。

去年も38度を超える熱を出したし、先週末も38度8分にも熱が上がってしまった。

その前の一週間も、ぐずぐずしていたけど、
良くなったと思って土曜日に出勤したところ、
なんだかおかしくて帰宅したら寒気がひどくなって一気に発熱したのだ。

皆様、「一時的な記事」へのコメント、本当にありがとうございました。同じ記事に上書きしてます。

実はこの日は、夫の誕生日が近かったので、家族で食事に出かける予定だった。

「ごめん、わたし行けないけど、席は予約してあるから行ってきて~weep

Mogomogo1_4Mogomogo2同僚たちが美味しいと言っていたお店。

夫も息子も義母も、ロコモコ。かなり食べ応えもあるらしい。
娘から写メールが送られてくるけど、幸い、食欲がなく、お粥でじゅうぶんなわたし。

ケーキをお土産に、4人が帰宅した頃にはもう37度4分に下がっていて、ずいぶん楽になっていたけど、・・・起き上がれず翌日も一日ひたすら眠っていた。

 ・・・ということで今週は、週末にできなかった仕事で、連日遅くまで大変だった。(←まだ進行形だけど)
食欲もいまひとつだったので、少し体重が減ったのだけは・・・喜び??
Cake
 食事に行けなかったし、お誕生日にはやはりケー キなので、木曜日にはまた夫のお祝いをした。

今回のケーキのセレクトは息子。
いちばん人気はクリームブリュレ。

どっと疲れていても、家族でほんわかお祝いしながら笑ってケーキを食べるひとときには・・・とっても癒される。家族の力?
(ル・シュクルさん、ダーバンさん、手づくりじゃなくてごめんなさい。)

お天気が悪かったせいにしているけど、雛人形をしまいそびれている。

早くしまわないとお嫁に行き遅れるっていうのはなんでだろうなんて考えていた。

諸説あるようだけど、子離れ・・・もあるかも、ってふと思った。

雛人形をしまうときって、つらいのだ。
この美しい人形たちとの一年の別れも、箱の中にしまってしまうことも。

雛人形でさえこんなでは、娘を嫁がせる覚悟にはほど遠いことになるのかも、なんて、まだ遠い気がする将来を思ったりしてみた。

今日はようやく仕事のめどがついたし、明日は晴れそうだから、ちゃんとしまってから職場に行くことにしよう。

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冒頭の俳句とつなげて・・・

 「現し身の美男の夫つまの色褪せり」とか? 季語な~し。

昔はすてきだったんだけどな~。bleah   あ、こっちもおばさんですけどね。

※記事の内容を書き換えましたが、コメント嬉しくてそのまま残してあります。御了承ください。※

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2010/01/02

元日にみる一年の・・・「計」?

 あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

・・・という新年もすでに2日。(御挨拶がおくれまして申し訳ございません。)

 元旦ではないけど、元日の家族のようすをちらりとお伝えしつつ、今年一年の「計」につなげてみることにしよう。Nenga

 右の年賀状は、娘の手書き。(スキャナ取り込みで。)

 書道部にも属する娘は最近かな書きに凝っていて、今年は新春の和歌をかな書きにした年賀状にしたいと言っていたのだ。年内は宿題に追われていたため(終わってないけど)、元日一日かけての賀状書きとなった。お手本もなく自己流だけど、まあけっこういい感じ?

 音楽に書道といった芸術に、heart01heart02に・・・と、充実の高校生活だけど、本業はかなり厳しいことになっている。(←詳しい話の公開は娘に禁じられておりますsweat02書きたいんだけど~。)
今年は受験生という状況になるので、しっかりバランスをとって・・・、悔いを残さないようにがんばってね、とエールを送っておこう。

 息子の方は・・・

 レポートに追われているとのことで大変そうだが、元日は2台のテレビの真ん中で実業団駅伝と将棋を見続けていた、走ることも将棋も好きな彼である。

 大学3年もそろそろ終わり。同級生達は就活をしているが、息子はまだしばらく学生を続けたい意向(→院生)のようである。これは中学校かそれ以前から彼が決めていることだ。先の見える道ではないが、納得のいくように生きてほしいと思う。

 駅伝も将棋も本人の実力はもちろん、先を見通して考える強さが大事。強くなれ、と願っている。

 

 今年は、母が年末にひどい風邪をひいてしまったようで、いつも一緒に年越しをする実家の両親は来られなかった。
 丁寧に家を磨いてくれる父母に代わり、夫がきれいに床のワックスがけや2階の窓拭き(1階はお義母さんがピカピカshineにしてくれた)をしてくれた。(あ、それと年越しそば用にかき揚げも揚げてくれたの。)

 元日にも、年賀状を出しに行ったり買い物に行ったりと活躍してくれた夫だったが、夕方近くに、「なんだか胃が気持ち悪いんだよなあ。」

 「○ルベールがあるから飲めば?」という息子の言葉を聞き、空腹時であるにもかかわらず突然服用。間もなくリビングから消えたと思ったら・・・

 「吐いた。shock

 えっ!? 一同びっくり。
食後に飲むべき薬をいきなり飲んだからではということになったが、そのあとは、すっきりした~、とすこぶるご機嫌だったからまあほっとした。いったいなんだったのだろう?

 夫の場合は、慎重にね、そして健康に気をつけてね、という感じかな。
「計」というより「警」?だけど。

 さて、わたしはというと。

 年末は3日間はひたすらお掃除(一日は三島の息子の部屋も)、大晦日はお煮しめなどおせちのお料理(なますや黒豆はお義母さんが手作り)をしていたので、お正月にようやくまとまった読書タイムを得た。調子にのって、2冊読んだ。

 今年も、読書メーターに記録しつつ、たくさんの世界にふれていきたいと思うので、12月に読んだ本の中から何冊か、その時のコメントとともに紹介してみたい。

12月の読書メーター (読了日が新しいほど上に表示されています)
読んだ本の数:17冊
読んだページ数:3540ページ

風が強く吹いている風が強く吹いている
箱根駅伝は大好き。ゴール芦ノ湖の観衆になったこともある。この本を読んでいると、中継を見ているような気持ちになり、やめられなくなる。それぞれの人物への親近感がわいて、まるで自分も商店街の人々と同じように応援している。・・・そしてさらに、深い言葉にいくつも出会うのだ。今年も箱根まであと3日。今までとはまた違った気持ちで観戦できそうだ。

おとなを休もうおとなを休もう
知っているお話も、知らなかったお話も、・・・いいなあって思いながら読んだ。解説も、おすすめ本もちょうど良い感じで添えられている。おとなを休んで、ゆっくり音読してみるのはどう?

エルマーのぼうけんエルマーのぼうけん
久しぶりの・・・再読。地図の絵がいいし、リュックに入れてきたものの使い方のなるほど、もいいし、なんかやっぱり元気がでてくる。3冊再読。

妻に捧げた1778話 (新潮新書)妻に捧げた1778話 (新潮新書)
淡々とした文の中に、癌を患った妻への想いがにじみ出ていて、あと書きまで読み終えて本を閉じてから、涙がとまらなくなった。いつまでも鼻がつーんとして、いつまでも切ない。そして、いつまでも温かい。大切に映画化されて欲しい。

裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける (講談社BIZ)裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける (講談社BIZ)
「情熱大陸」によってある意味メジャーになって以後の山口さんが、さらに多くの苦しみを乗り越えながら、「哲学あるビジネス」と「愛」を見失うことなく歩き続けていたことを教えてもらった。とても心配になるけど、エールを送らずにはいられない気持ち。また入谷のお店に行ってみよう、と思っている。

風に舞いあがるビニールシート風に舞いあがるビニールシート
生きていることの力強さと、温かさが魅力的だった。もっと読み続けていたかったし、もっといろんな世界、いろんな生き方を知りたくて、読了がさびしかった。やっぱりジェネレーションXには惹かれる。表題作も、里香と同じところで涙があふれた。

阪急電車阪急電車
ほのぼのとどこか心地よいオムニバス。ローカルな電車に毎日乗ってみたくなる。いろんな人がいろんな思いで生きてるんだなあと思うし、ちょっと青春も懐かしくなる。

ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫 ほ 5-2)ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫 ほ 5-2)
うつって、こういうふうになるんだなあということが、とても具体的にイメージできた。ユーモアもあるし、わかりやすい一冊。多くの人が手にしてみると良いと思う。

↑こんな感じ。(ブロガーさんたちに教えていただいたものも何冊か。ありがとうございます。)

年末に「風が強くふいている」を読んだこともあり今はもちろん箱根駅伝を応援中。
(ちなみに5区の柏原君と一緒にスタートラインに並んでいた中央大の大石君は、静岡東部地区の出身で、高校時代の大会で息子や夫はよく見かけていたらしい。もちろん応援!)

 しかし・・・読書量の増加とともに、体重も増加中だった。

ということで「計」は・・・
仕事・読書・基礎代謝の、活性化する生活かな?

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娘の書いた歌は・・・

大伴家持
「新しき年のはじめの初春の 今日降る雪のいや重き吉事(よごと)」
(新年の最初、新春の今日に降る雪のように、瑞祥が続いてありますよう)

皆様にも、よきことがたくさんある一年でありますように。
本年もどうそよろしくお願い致します。

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2009/06/21

父の日の「グッドデザイン賞」

父の日だからね~、と

O_2  娘はがんばってスタイリッシュな文房具を用意して、かわいいメッセージカード(ボックス)もそろえたけれど

「負けたぁ。・・・」って思わず言わせた息子のセレクトは

いろははんかち。

生ビールの柄のタオル風手拭いに、いろははんかちで夫の名前をそろえてのプレゼントだった。

とくに、「おっ!」っていうのはよく出る夫の口癖なので、家族的には大うけ。

夫も大喜びだったし、ほかのも見たいと盛り上がったし、今度ちがうの買って来て~、とかリクエストも出て、大ヒット!っていう感じだった。

さすが、グッドデザイン賞。

Chiharu1 ・・・  ・・・  ・・・  ・・・  ・・・

お父さんへの感謝の気持ちをこめて・・・と、

父の日に開店したという、水口千令さんの「紙切りの店」に行って来た。

 (去年の夏祭りの記事を書いて以来、応援しています。「水口千令」の検索で来る方も多くてうれしいのです。)

たくさんのお祝いのお花が、彼女の人柄を思わせる。

あったかくて、なつかしい図案がすてき。Chiharu2

葉書を何枚か買わせていただいた。誰に出そうかなって、思いながら。

これらの絵の手拭もできるというので、・・・まさに、グッドデザインの商品はこれからも楽しみ。

修善寺温泉の、とても良い立地なので、たくさんの人に愛されるお店になることだろう。お父様も嬉しいだろうな。

ふるさとや家族をいつも大切にしている千令さん、どうぞ御活躍くださいね。

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父の日、母の日に比べてちょっと地味だけど・・・なんか、ほんわか・・・いいですね。
ちなみに、息子が買ったお店は、新横浜だとか。行動範囲の差を嘆く娘でした。(^◇^)

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2009/02/28

検査入院の父のお見舞いで

実家の父が4日間の検査入院をすることなったとき、

これまで入院生活などにはまったく縁のなかった母が不安げに電話をしてきた。

これまでも経過観察の続いていた、年配の男性に多く見られる病気。
夏には画像を撮って異常なしが確認されたが、すこし数値に変化があったので念のために生検を、ということになったのである。

「良い機会じゃない!」とわたしは言った。

古希も過ぎ、いつ本当に病気になって入院するかわからない。弱った体に初めての入院生活、ということになったら、心身ともに滅入って、免疫力も低下しそうである。一気に崩れてしまったらたいへん。だから、体験するにはちょうど良い機会ではないか、と思ったのだ。

母も、それもそうだね、ということになり、それでも多少は不安げな父を励ましながらの検査入院となった。

大学がもう休みになっている息子も出かけ、わたしは授業を終えてから実家近くの病院hospitalへ向かうことにした。

 パジャマ姿で6人部屋の病室のベッドに座っている父は、明るいながらもさすがに緊張の面持ち。先生に、検査(いちおう「手術」という)のリスクを1000分の1の危険性まで説明されて恐ろしい気持ちになりながら、まさに「まな板の上の鯉」と化していった。coldsweats01

 翌日、息子を残し、わたしは朝早く伊豆に戻ったが、母から無事検査が終わったと連絡を受け、とりあえず一安心をする。検査日はすっかり病人めいていたらしいが、その後はもうすっかりふだん通り元気な父に戻って、4日間の初入院は終了した。結果説明は3月半ばだということだけど、いずれであったとしても、良かった、と思えるような気がする。心配でないというわけでもないけれど、でも、しすぎてはいない、・・・かな。

 今回のお見舞いで、良かったことがもう一つ。

 やはり2時間くらいかけて病院に来た弟と、約7年半ぶりに会えたことだ。

伊豆半島と房総半島。近いようだけれどもなかなか会う機会がなく、気になっていた。夕食をともにして、仕事postofficeの様子を聞いて・・・、厄年の弟への心配はぎゃくに増えた気はするけど、・・・どこかほっとした。

以前、「その仕事をしていて自分にエネルギーをもらえる職業なら、それは自分に向いている仕事だ」、というのを読んだことがあるけど、弟に関して言えばそれは残念ながらあてはまらない。彼の良さが生かせる仕事に出会えたら良いのに、・・・と思うけど、きれいでがんばりやの奥さんや、明るく元気な一人娘とともに、彼なりに一生懸命生きているんだな、と・・・そんな実感の夜だった。

 弟、応援してるよ!ストレスが多いんだから、体、だいじにね。何か困ったら言っておいでよ!

 ひさびさの・・・なつかしい、家族の光景だった。

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隣のベッドの男性の奥さんは、息子が母の孫だと聞いてびっくりしていたとか。

・・・ということは・・・

弟とわたしと息子の三兄弟だと思ったということらしい。
40代の長男、30代の長女、20代の次男、って感じで?? やっぱりね~!bleah  

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2009/01/18

風邪気味の日のつれづれに

 金曜日の朝目覚めたときに、すごくのどが痛かった。

口を開いて鏡を覗き込んだら真っ赤になっていた。

朝、のどが痛むことは冬場によくあることなので、うがいをしていつも通りにしていたけれど、なんとなく調子が悪くて、マスクをして出勤した。

「きのう、うちのクラスの授業があったからでしょうかね~?」
インフルエンザが数人出始めたクラスの若い担任が声をかけてくれる。

「あ、そうか!たぶんそうだよ。」
と冗談を言うけど、全然インフルエンザっぽくはない。

授業をしているうち、元気になってきた。

マスクは一日していたけど、もう大丈夫そうだと思って帰りに久々にウエルネスに寄って少し歩いたけど、・・・やっぱりどうも調子が悪いから、そそくさと引き揚げる。

娘の帰宅が遅い日だったので、それを待てずに9時前に就寝。帰宅した夫と娘がびっくりしてのぞきに来た。

「だいじょうぶだよ~。のどが痛くてちょっとだるいから先に寝るね。ごめんね。」

  ・・・ ・・・

 目が覚めたのは5時半頃だった。

たとえ11時半に寝ても、いつも起きる4時半頃には一度目が覚めるのに、薬もなしに8時間以上も眠り続けたのは珍しいと思う。

「今日って、模試だよね?何時に出るって言ってた?」

「7時過ぎだよ。送るから平気だよ。朝飯も作るから、だいじょうぶだよ。」

「でも、お弁当もいるし・・・。」

「いいよ、いいよ、途中で何か買っていくから。」

夫の言葉に甘えて・・・8時半まで寝ていた。ほぼ時計ひと回り。びっくり。

 起きてみると、風邪の症状はほとんど感じなかったけど、やっぱりまだなんとなくだるくて、洗濯物を干すくらいしかやる気にならず、新聞を開いて、なんとなくテレビをつけて、みかんを食べたりして・・・、だらだらとしていた。

寝すぎたから、体もかたくて、せめて昼過ぎにはヨガに行こうと思ったけれど、億劫になってしまい、さりとて、やる予定だった仕事も家事も何もせず・・・。やがて日が暮れる。

 せっかく良いお天気の一日だったのに、それにたいして具合も悪くなかったのにと、こういうときはけっこう自己嫌悪に陥る。

 あ~あ。

とりあえず、買い物に行って、あったかいものがいいな、と言っていた夫の言葉を思い出し、カレー鍋に決めて帰宅。したくをしているところで、夫と娘が帰宅した。

「だいじょうぶ~?」

「うん、だいじょうぶ。でも体調がイマイチで、だらだらしてたよ~。
 模試、どうだった?」

「国語はまあまあだと思うけど、英語も数学も難しくてさ~、だめだった・・・。」

「あ~、また具合悪くなりそ~。^_^;」

「じゃあ、国語の話だけにしとくよ。あのさ、重松清の小説が出てね~、泣きそうになって困っちゃったの。」

 最近重松清にはまって、買った文庫本はすでに十数冊にもなっている夫が、部屋から一冊の本を探してきた。「送り火」だった。出題されたという、その中の一編を、娘がキッチンで読み聞かせてくれた。

 遊園地の隣にある団地にひとり住み続ける母親を説得しに帰郷した娘。家を買って無理をして、過労死のように若くして死んでしまった父親。子煩悩な娘の夫。・・・そんな筋書きの短編小説である。

「お父さんが家族を大事にするって言うとき、自分は含めていないのよね。お母さんとあんたの二人だけが、家族なの。その家族のために、がんばって働いたの。」
「あの頃の親って、みんなそうだったよねえ、いまのひとたちみたいに、自分も楽しんで、家族も楽しんで、っていう考え方してなかったのよね
。」(「送り火」より抜粋)

もっと父親と一緒にいたかった、遊園地の光景が辛かったという娘への、母親の言葉。

朗読が終わって、無言のわたしが涙を浮かべているのを見た娘が驚いていたから、「体調が悪いと、なんか涙もろくなるんだよね。」と、納得させた。

 その後、模試の開放感で歌いながらピアノを弾きまくっていた娘のいくつかの曲でちょっと泣きそうになり、

夫が「これがいいぞ」と勧めてきたその日のまえに」「その日」「その日のあとでを読んで泣き、・・・。

でもなぜか、悲しさのあとに元気になって、寝すぎのせいか今度は目が冴えてきた今。

 いつも元気すぎる時には当たり前のような家族の存在だけど、ちょっと調子が悪くなるとその存在の大きさを思う。やさしさを思う。いつも支えてくれるお義母さんのことも。

 だらだら過ごしてしまったけど、体にも心にもいい一日だったのかもしれないな、と一日をしめくくってみる。

 いつの間にか、日付が変わってしまった。もう寝ることにしよう。ちょっとまだのどが気になるけど、明日はちゃんと家事も仕事も進めるぞ、とここに記して。

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 皆さん、風邪などひいていませんか?
 カレー鍋、カンタンだけど好評でした。明日は何にしようかな。

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2008/11/26

美しき景色と部屋と歌声と

 たびたびフィットネスに行き、マシンの上を時速5キロくらいで歩くようにはなったものの、やはりいかにもそれだけでは味気ない・・・でしょ?

 秋の紅葉でも楽しみながら、ちょっとハイキングでもしてみたいな~、と思っていたけど、一人はやだし、夫はへたなgolfだし、娘は部活も試験もあるし、かといってお友達を誘うのも・・・なんて迷ったあげく

  実家の両親を道づれにした。

 行き先は、沼津の香貫山。標高200メートル弱の、市街地に近い、緩やかなハイキングコースであるにもかかわらず、

 登ると富士山と駿河湾と狩野川がすべて見渡せるという絶好のロケーションが魅力だという。(そら子さんも夏に来たのよね。)

 二人合わせて140歳にもなろうかというのに、両親は健脚で、わたしよりも歩きなれている感じ。

展望台で母がペットボトルの蓋を落とし、
まあいいやとそのまま持っていたら手の勢いでお茶をこぼし、
水を入れ直して歩いていたら袖を濡らしたあげく道に水をまいて歩いたという
結構笑えた場面はあったものの、まったくもって元気な足取りだった。Fuji

 青空に 美しい富士山。(拡大してね)

手前に見える 沼津の街並みと 狩野川の流れ。

太平洋側の河川としては珍しく、南から北に流れる狩野川は
やがてSurugawan駿河湾へと流れ込む。

う~ん、いい眺めlovely

道行く方々と挨拶を交わしながら、2時間程度のハイキングを楽しんだ。

 帰路の車中で、結構疲れたわたしをよそに、きょろきょろと周りの山を眺めながら、
「また、ほかの山も登りたいなあ!」と意欲満々の父であった。gawk

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今月はじめ、横浜美術館に行き、3~40分息子の部屋に立ち寄って・・・・
部屋の悲惨な状況を見て見ぬ振りで急いで帰宅したものの、やはりその光景はよみがえり・・・、なんとか綺麗にしたいと思っていたけど

 息子は学祭休みを利用して京都に遊びに行っているから、一人で掃除をするのはやだし、夫はへたなgolfだし、娘は部活も試験もあるし、かといって誰かを誘えるわけもなくて

  実家の両親を道づれにした。

とりあえず、伊豆から送りながら、川崎で、新聞広告にあった不思議展を見て、(←これはよく知らずに行ってしまって・・・、標本と思わず模型と思っていたので、ショックだIchoったの。)

 大学の銀杏並木もだいぶ色づいている。
小雨降る中、アパートに向かった。

 もちろん、行くことは言ってあるわけだけど

 机の上、テーブルの上は本やプリントでスペースなし。新聞は山積み、本棚ぐちゃぐちゃ、それに洋服やキッチンは・・・coldsweats02、あ、いや、まあこの辺にしておこう・・・。

 わたしはおもに机と本棚、母はキッチン、父は全体的にと、シュクシュクとかたづけを進めていく。

「夫もこんなだったっけ?あ、わたしがたまには掃除してたからそうでもないか。」とか思いながら、入学後2年目にして初めてのお掃除に、・・・案外燃えた。 とりあえずこれで、今度の週末に泊まりにくる幼なじみは迎え入れられるだろう、と一安心。(といっても悲惨な所にすでに何度も来てるんだけど)

 夕刻、Kyoto京都から戻った息子を交え、4人で食事をした。

 友達の所を泊まり歩いたり、高校の友達とも会ったりして、なかなか面白かったらしいから良かったけど、散らかさないで整頓しろと、とりあえずクギをさしてしまう母(=わたし)なのであった。(ちなみに両親へのお土産は西利のお漬物)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 という連休ではあったけれど、両親が一番感激していたのは、大石亜矢子さんkaraokeとセロシアのコンサートだった。もとはといえば、それを聴かせたくてわざわざ呼んだのである。

 以前の記事のときよりも・・・、さらに、はるかに良かった。shine
子どもたちはとっても楽しそうだったし、嬉しそうだった。それに、「ハナミズキ」や「あなたがそばにいてくれるだけで(オリジナル)」を子どもたちが一緒に歌ったことで、大石さん母子が感動してくださったこともとっても嬉しかった。

 今日子どもたちは、覚えたての点字で一生懸命お手紙を書いたのだけれど、大石さんに手紙を書きたいという母からも、先ほどメールmailtoが来た。(承諾を得て、紹介します)

 10月19日のブログを見て何とか大石さんのコンサートにいくことができないものかと思っていたのですが、チャンスはやってきました。
 小学校でのコンサートに行くことができたのです。
 お体はほっそりされているのにあの声量、透明感のある声質、そしてあの明るさはどこからくるのでしょう。完全に大石さんのファンになってしまいました。
 涙腺の緩んできた私は時折大石さんがぼやけて困りました。
 生徒さんたちも大石さんの世界に引き込まれ、そして癒されているようでした。そしてちょっと居心地が悪いようなセロシア、静かに聴いてよとでも言っているようなセロシアの顔。充実したひと時を過ごすことができました。
 私のギスギスした心がいつの間にか温かくなっていました。大石さん有り難うございました!

 あんなに気持ちの良い時間は初めてだったと大喜びだった両親。聴かせてあげられて本当に良かったと思う。

 癒しの三連休、っていう感じかな。
さあ、これからは学期末に向けて、がんばらないと!

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2008/11/21

「フィットネス」と「チョコレート」

 3月に会った友人と、先日久しぶりに会ったら

8㎏もやせて、とってもすっきりしていた。

 3月に体の痛みを気にしていたので、体をやわらかくして血行をよくするといいよね、なんて言ってヨガを勧めたのはわたし。

 その後彼女は、ヨガだけでなく砂風呂やフィットネスにも熱心に通い、ダイエットに成功したというわけである。 ご主人も同様に10㎏も減らしたというから驚き!

 「まだ生涯の中では太めのほうなのよ~。」
と笑いながら言っていたけど、全然太めなんかじゃなくてすてきだった。shine

 それを聞いてはわたしも、・・・奮起せずにはいられない!!

・・・といいながら、間違いなくすぐ挫けるのがわたしなのだがgawk、とりあえず今のところはなるべく30分はフィットネスに寄って帰ろう、と1日おきくらいにはがんばっているところである。(この前はじっくり砂風呂にも入ってしまったの。)

 しかし、甘いものも控えているのに、なかなか効果が数値にはあらわれることなく、0.1㎏程度の増減に一喜一憂(一喜三憂?)している状態の昨今・・・weep

 そんな昨日、週末にこちらに来る予定の実家の母と電話で話していた。

「今日ね、果物とかいろいろ買ってきて送ったからね。
 あんたチョコレートが好きだから、美味しそうなの入れておいたよ。」と母。

 「え~~!!なんでチョコレートなんて送るのよ~。
  あれば食べたくなっちゃうじゃん。我慢してるんだよ~。」と、あせるわたし。

 母はわたしの状況説明を聞いて、それじゃあかえって悪かったねえ、学校にでも持っていったらどう? とちょっと気にした様子で言っていた。

 ・・・  ・・・  ・・・  ・・・  ・・・

 今朝、職場で、用務員さんにその話をした。

 わたしが初めて静岡に来た20年前もお世話になった、大好きな用務員さん。(わたしがおやつタイムを自粛しているのもよく知っている。)

 「まったく、チョコレートなんて送られちゃ困っちゃいますよ。ゼッタイ食べちゃうもん。」というわたしに、用務員さんはいつものあったかな笑顔で

「でもね、送る喜びってあるんですよね。
 わたしなんて、よく実家の母にいろいろ送っていたけど、この夏に母が亡くなってからは、送る相手もなくて、はりあいがなくなっちゃってね。」

 心に響く一言だった。

 わたしのために、美味しそうなチョコレートを選ぶ母や、丁寧に荷造りする父の姿が目に浮かんだ。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・Gift・・・・・・・

 夜、帰宅すると、玄関先に宅配便が届いていた。

家族みんなの好みを少しずつ詰め込んだダンボール箱。

 年金生活で、細々と暮らしているんだから、お金なんて使わないでって、いつも言ってるのに。こっちはお義母さんのおかげで夫婦二人で働かせてもらって、じゅうぶんお給料いただいているんだから。

 まったく~。次はダイエット食品でも頼むか~、って思いながら、一つずつ出して並べてみた。

 美味しそうなチョコレートや、みずみずしいフルーツたちが、蛍光灯の灯かりの下で、誇らしげに輝いていた。

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2007/10/29

家族それぞれの秋の休日に

 台風が過ぎ去った日曜日。Fuji_4   久しぶりに見る、美しい富士山に感激!

 Cimg1188思わず娘と「わあっ!!」と声をあげ、シャッターを押す。

 あの日と同じ場所での撮影。
 時は流れて・・・、なんて思いながら。

 この日は、週末に出張だった夫に代わって、地区のソフトボールの大会に出るため息子が帰ってきていた。
野球とはだいぶ感覚が違う大きなソフトボールに、代理の遊撃手は悪戦苦闘だったようだけれど、おじさんたちに良くしていただいて、たくさんご馳走にもなって、楽しそうだった。スポーツの秋、食欲の秋、満喫?Cimg1190_2

  娘は、31日のハロウィンにそなえて ジャック・オー・ランタン作り。

Cimg1193_5 あれこれ迷って、ミッキーマウス風のデザインにしたつもりが・・

「バカボンに出てる人になっちゃった~。」と娘。 え、・・・そんなことないじゃ~ん。(^_^;)

Jack_3(息子は、この口元に注目し、麻○さんか~?とつっこんでいましたけど。)

  火を点すと、なかなかきれいだったので、みんなで珍しがって眺めてしまった。
 (実は、ハロウィンは、わたしの誕生日。魔よけになるかな?)

 わたしはというと、「家読(うちどく)」で紹介されていた本を何冊か借りてきたので、読書の秋となった。

Photo この日読んだのは「マーリー」。
全米ベストセラーになった作品だという。

 信じがたいことにノンフィクションのエッセイだというこの本。
思わず何度も声をあげて笑ってしまい、
時に切なさでいっぱいになり、
筆者夫妻や子供たちとともに人生を歩んでいるような想いに包まれながら・・・

読み終わりたくないような気持ちで読み終えたのだった。 家族って、・・・いいなあ、とじんわりとして。

  ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

息子を送るついでに、義母と娘を乗せ、夫とも待ち合わせて、夕食は久しぶりの外食となった。遅いお昼でお腹いっぱいの息子も、おやつにソフトクリームを食べてしまったわたしも、ちょっとしか食べられなかったけど、

Cimg1200でも実はわたし一人だけ、
「家族そろっての、ちょっと早めの誕生日の食事だわ~」
とひそかに心の中で幸せ気分を味わっていたのだった。
誰もそうは言ってないんですけどね。)

駐車場にはススキが揺れ、空にはたぶん十六夜の月。
秋が、・・・日に日に深まっていく。

息子を駅に送ると、秋晴れの日だったのに、今度はちょっとセンチメンタルになったりして。 ・・・家族それぞれ、秋いろいろの休日の夜。

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そんな気分の夜には、「元気なマーリー」を思い出して、「レレレのおじさん」を見るのが良さそうです。(^_-)-☆

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2007/10/24

燻し銀とはいかないけれど

「晩年運がとってもいいんだって。幸せに過ごせるらしいよ。」

ずいぶん前にたしか、母がどなたかにみてもらったというときに、父についてそう言われたと言っていたと思う。

青年時代の父は、不遇ともいえる境遇だった。
かろうじて昭和2ケタではあるものの、戦後の混乱は、末っ子であった父の人生に覆いかぶさってきた感がある。

「わたしはお父さんとは違って、ちゃんと女学校を出ているからね。」
今は亡き伯母(父の姉)が、何かの会話のときに悪気もなく言った一言は、思春期のわたしの敏感な心に突き刺さるようだった。

学校を出ていなくても教養のある人はたくさんいるから、父はもともと勉強が好きではなかったのだろうが、それでも機会があればもう少し違ったのだろうと思うことも多かった。

兄弟の中で一番経済力もなかったけれど、母親(祖母)をみて、毎日まじめに会社に通って、楽しみといえば、テレビでお相撲を見たりプロ野球を見たりすることくらいだったのではないだろうか。

誠実だとは思うけど、特に父に魅力を感じることなく育った娘は、父とは全く異なる
背が高くて知的でスポーツマンで優しくてかっこいい(←当時)男性
と結婚をしたのだった。(^◇^)     (↑自分とも異なるんですが。)

 ・・・・ ・・・・・ ・・・・・

 それから20年。

はっ、と思ったのは、この3月のことだった。

息子の引越しをきっかけに、家具を多数リサイクルショップに出すような我が家の大整理が始まり(始めてしまい)、家の中はすさまじい状態になった。

ちょうど転勤と重なったわたしは、家族だけではもう限界、と父に「ヘルプ!」。
ああしたい、こうしたい、というイメージだけを伝えて出勤するような日が何日か続いた。

連日・・・、帰宅すると、美しく整頓されて、イメージ通りになっているのだ。

外回りも書庫も納戸も押入れも、引き出しに至るまで。本当に驚きだった。

それでいて、「これでいいかい?」と、たださり気なく笑っている父。

定年が過ぎても、例外的に70歳まで会社で雇ってくれたという理由もわかる気がした。きっと、パートさんやアルバイトさんよりちょっとは賃金がかかっても、やる仕事もきちんとしているし、重宝がられたのだろう。あれこれうるさいことを言うわけでもない。

仕事で培われてきたものもあるにせよ、これが父なのだ、と、そのとき初めて気づいた気がした。

今回も、整理しきれていなかった息子の部屋を中心に父の力は発揮され、二階で「どうだい?」とにこやかに一言。おみごとだった。

つやつやの顔をした父を眺めつつ、帰省した息子にこの思いを伝えながら・・・

「アンタも、勉強はいいけど蘊蓄ばっかり言ってるような偏屈なお爺さんにならないでよ~。」

と、思わず遠い将来を心配して忠告してしまったわたしだった。
(でも、彼から教養をとっちゃったら、そっちの方が困るな~。ま、いいや、その頃いないし・・・。^_^;)

長い間、父とともに歩んできた、やはりつらい青春時代をすごした母が
「70歳を過ぎても、元気でこれだけ役に立てればたいしたものでしょ!」
と、自慢げに微笑んでいた。

 なんて言うのか・・・

自分が年を重ねて、より多面的に人を見られるようになったこともあるのだろうし
肉親だから逆に気づかなかったということもあるのだろうけれど

人の輝きって、本当にさまざまで、
・・・人生って、わからないなあ、と思う。

願わくば自分も、これから先、くすみながら老いていくのではなくて
気持ちの良い光を放って生きていけたらいいな、と思いつつ・・・

唯一、雑然としたまま残された夫の机周辺
いくばくかの不安感とともに見つめてしまうのであった。

はたしてこの先20年後は、いかに・・・?(^<^)

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妙な教員臭さ漂わぬよう、明るく元気に毎日を重ねていかなくちゃ~、とあらためて、ね。(#^.^#)

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2007/06/30

結婚20周年~家族のかたち

 結婚したときの

「子どもは何人ほしいですか?」

という質問へのわたしの答えは・・・

 「上が男の子、下が女の子の 二人が希望です。」
 (ちなみに夫はたしか、男の子3人だったけど。)

 よく世の中では一姫二太郎と言われるが、実際「一姫二太郎」で育ったわたしは、どうも弟よりしっかりしすぎてしまったので、ずっと「妹」に憧れていたのだ。

  ありがたいことに、このときの夢はかない、息子と娘に恵まれた。

 当時中学校に勤めていたわたしは帰宅時間も遅く、育児どころではなかったけれど、義父母に本当に大きく支えられて、たぶんわたしたちだけが育てた場合よりも、子どもたちは健やかで穏やかな子に育ってくれた。

 まだ赤ちゃんの娘と、幼稚園の息子。
いつまで見ていても、あきることがないほど可愛かった。

 娘が入学したとき、息子は5年生。
息子の同級生にもとても可愛がってもらって、楽しそうな二人だった。

 中学生の息子と、小学生の娘。
忙しかったけど、それぞれの活躍ぶりが楽しみな毎日だった。

 高校生の息子と、中学生の娘。
 「夕飯のあとの団欒の時間が大好きなんだ~。」
とよく娘が言っていたけど、夫が息子を乗せて帰宅して、二人が遅めの夕飯をとるときの30分くらいの時間が良かった。会話を愉しんで、一日が和やかに終わっていく夜だった。

いつも漠然と

「今が一番いい時なんだろうな。」

と、感謝しながら思っていた。今がずっと続いてほしいな、と。

・・・でも、

息子が進学して一人暮らしを始めた今、
覚悟はしていたつもりだけれど、やはり「転機」を感じている。

家族それぞれにとっての、息子の存在の大きさを想う。
息子に限らず、たとえ誰が離れても、バランスは悪くなったのだろう。
それが、いつか自然に作りあげられていた、「家族のかたち」だったから。

これから

どんな「家族のかたち」になっていくのか・・・

ちょっと不安を感じつつ、でも前向きにと自分を励ます、20回目の結婚記念日。

子育て中の皆さん、、今をたっぷりたのしんでくださいね。にほんブログ村 家族ブログへ

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Cake_2木曜日が、結婚記念日でした。(ジューンブライド)。夫がケーキを買って、早く帰宅してくれていました。翌日が娘の期末テストだったけど、ちょっと夜のティータイム。

 あ~、ダイエットはいったい??(>_<) 

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