今日は 良く晴れた一日だった。息子は、来週の卒業式のために髪を切り、学生証用の写真を撮るために、フレッシュマンスーツなるものも買いに行った。
三つ揃いのスーツは、よく似合ってたけど、けっこう笑えた。(^<^)
今日はもう一つの本命でもあった私大の合格発表があり、こちらも合格をいただけたので、息子としてはようやく満足がいったようだった。
国立大の発表は来週末だけれど、そちらはおかげさまで?期待しないですんでいる。 配点が2倍になる苦手の数学はやはり難しかったようだし、センターを世界史で受けたために二次試験は日本史で受けなくてならなくて、私大でも受けた世界史に比べて、やはり勉強不足が否めなかったし・・・、という具合。予想通りの事態ということで、奇跡は起きなかった。
センターを失敗したときから、流れは私大だったのだと思う。
・・・が、実は、わたしは・・・ ほっとしている。
ちょっと このことは、書こうかどうしようか迷っていたのだけれど、でもやっぱり伝えたい気がしたので、書いてみたいと思う。
以前の記事で、スピリチュアルな友人のことを紹介したことがある。
センター試験後の、親も子もかなり落ち込んでいたときに、彼女に連絡をとって少し相談をした。そのときに彼女が言ってくれた言葉は、
「だいじょうぶ。今はちょっとしょぼんとした感じがするけれど、でも、ちゃんと向こうに光が見えているから。これは、必要な試練だったんだよ。がんばってきたこともむだにならず、ちゃんと、ふさわしいところに決まるよ。こういうことは、縁だから。そして、そこで、とても良い縁がある感じがする。」
わたしにとって、彼女はカウンセラーのようなものなので、その言葉でとても落ち着かせてもらったのである。
時間はさかのぼって、
その彼女と去年の夏に話したときのこと。
いろいろと話や悩みを聞いてもらってから、彼女が言ったこと。
「あの・・・立ち入ったことを聞くけど、もしかして、■大学?」
そのときは、私学ではむしろ■大学よりも、●大学の志望が優先していて、受けるかどうかもはっきりしていなかったので、その旨伝えると、
「う~ん、たぶん■大学も受けることになると思うけど、もし受けないようだったら、受けるように言ってあげてね。」
●大学は?と聞いたときには、う~ん、どうかな、あんまり・・・、という感じだった。
■大学が前回の記事の大学、そして●大学が今日合格した大学なのである。
一応断っておきたいけれど、彼女は別に占い師とかそういう類の人ではないし、わたしも、言われたことでとくに行動を変えるというわけではない。強いて言うならば、心のもちようを変える、ということなのかもしれない。
息子は、より高い目標を目指して、彼なりの努力をした。その結果、そこには届かなかったけれど、 ■大●大という難関突破にはつながったのだと思う。(数学も、日本史も、きっと役に立つことがあるだろうし。)また、いつの間にか、学部での講義内容などを調べるうちに、志望順位が変わってきていた。
親であるわたしはというと、大学受験には成功してほしいけれど、一番気がかりなのはその後の彼の、長い一生の生き方である。
今はまだ特に特定な職業への希望も持っていないけれど、これから四年間でどんな「人」や「こと」に出会うのか、言い換えればどんな縁があるのか、それが一番の関心事である。だから、一番願っていたのは■大への縁が始まることだったのだ。 その■大の試験後から合格発表までが、一番精神的にはきつかったように思う。
よく彼女が言うことは、すべてのことは必然なのだということ。
そう考えると、センターの失敗も必然だったのかも、なんて考えられる。(さすがに、それは、ちょっと都合よすぎかな ^^; )。
受験シーズンはまだ続いている。成功もあれば、失敗もあるだろう。失意の中にいる子もいるかもしれない。でも、それはきっと、その子の未来のために必要なことだったのだと思うし、親や教師は、そういう大きな気持ちと愛情で子どもたちを支えたいと思う。
がんばれ、すべての子どもたち。 未来の光を、未来の道を、楽しみにして。
本日も・・よろしかったらお願いします。→
長いこと大学入試の記事が続き、そうした状況に直面していない方にまでずっとお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。お礼申し上げます。またいつもの調子に戻していきたいと思いますが、現在の状況、および心境から、どうしても息子の記事が多くなりそうです。ごめんなさい。 よろしくお願いします。
※公私共にちょっと忙しい時期で、コメントくださるブロガーさんの記事読み逃げでごめんなさい。仕事少し片付いたら、コメントにうかがいますね。
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