2007/03/21

すっきり整頓への遠き道のり…

久々の、友達との食事。

お互いに高3生の息子がいるので、新生活の話題が中心となる。

「電化製品って、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジくらいでいいのかな?」
「あとね、掃除機も買ったのよ。」

「スーツどうした?」
「静岡の丸井で、就活まで使えるものいろいろ買って12万くらい。」
「え、うちは夫のスーツも2着目1,000円で7万弱~。(^_^;)」

「机とかこたつとか、テレビとか、うちのもの減らしたいからみんな持ってってもらおうと思って。」
「そうよね~。うちも自転車修理して持っていかせるのよ~。」

「そういえば、キングファミリーに持っていくのって、どうすればいいの?
「あ、衣類なら何でもOK。買取は安いけど、状態悪くても引き取ってくれるよ。」

「ブックオフに、持って行くのがあるみたい。」
「子どもがコミック持っていったら、一冊10円だったわよ~。」

 ・・・さて、どっちがわたしでしょうか?(^◇^)

 それにしても、現在我が家はものすごい状況になっている。

わたしも職場のものをいろいろ持ち帰っているし
(廃棄にもいろいろ気を使うので、うちで仕分けて自分で焼却所へ。)
息子のものも、本やらプリントやらその他もろもろ、二部屋を占領。
書庫もひっくり返しているので、ちらかしやの娘の部屋が綺麗に見えてしまう。

今日は、ブックオフに20冊くらい参考書・問題集を持っていった。

状態が良くて、けっこう値は良かったらしい。

 でも、それって・・・・??(ーー;)

ーーー

 毎年春になると、うちの中のものをどど~~っと一気に処分したい衝動に駆られる。

でも、いざそうしようとすると、愛着もあってなかなか思うようにはかどらず・・・

息子の巣立ちを機に、今年こそはすっきりさせるぞ~!

と、キモチだけは張り切りつつ、仕事半ばで今日も終わる・・・。

 みなさんの整理整頓、処分のコツはありますか?

あ~あ、片付け名人になりたいな~~。

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        皆さんのブログにうかがえなくてごめんなさい。待っててくださいね。
     

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2007/03/09

「3月9日」 卒業式の日に

中学2年の娘が、「三年生を送る会」にむけて、毎日ピアノの練習をしている。
tomorrow」の合唱の間奏にレミオロメンの「3月9日」のメロディーを入れる趣向で、同級生や担当の先生たちにもなかなか好評のようす。

「高校の卒業式は、とくに泣かせどころとか、ないよね?」
「そうだね。普通だよ。」

小中学校では、呼びかけや合唱などによってかなり涙腺が刺激されるが、高校ではそんなこともなさそうだし、と思いながら式に参列した。

なのに、だんだんうるうるしてきてしまった。

息子のいろいろなお友達の顔を見ていたら、3年間の日々がよみがえって来て、胸がいっぱいになってきてしまった。

退場のとき「3月9日」の曲が演奏されると、キモチは最高潮に達してしまい、涙がぽろぽろこぼれてしまった。

あろうことか、ハンカチを車に置き忘れ、さらに化粧ポーチも別のバックに入れたままにしてしまったから、ヒサンなことになった。・・・手で顔を拭くしかなかった。(-_-;)

温かく熱心な、すばらしい先生方だった。いつだったか、わたしが、
本当にこの学校を選んで良かったです。ありがとうございます。」と言った時、

お母さん。そういう言葉は、卒業のときに言ってください。」
と言われたときのことを思い出す。

・・・同業者として、その後も何度も反芻した言葉だった。

男女問わず、よい仲間にも恵まれた。卒業アルバムでようやく顔と名前を一致させて、今日はナマでお顔を拝見。なんだかとっても嬉しかった。

毎日、往復約3時間の通学。昨日、皆勤賞をいただいてきた。この3年間は、インフルエンザにもかからず、ホンモノの皆勤になったことには、かなり達成感?を持っているらしい。これで小中高12年間皆勤(無欠席)が実現した。(^^)v

 卒業おめでとう。

 先生に、友達に、そして健康に恵まれた日々に、心から、感謝をこめて。

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 P.S 明日は・・・いよいよ住まいさがしを始めます。いったい、どうなることか・・・??

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2007/03/03

大学受験ストーリー 未来へ

 今日は 良く晴れた一日だった。息子は、来週の卒業式のために髪を切り、学生証用の写真を撮るために、フレッシュマンスーツなるものも買いに行った。

三つ揃いのスーツは、よく似合ってたけど、けっこう笑えた。(^<^)

今日はもう一つの本命でもあった私大の合格発表があり、こちらも合格をいただけたので、息子としてはようやく満足がいったようだった。

 国立大の発表は来週末だけれど、そちらはおかげさまで?期待しないですんでいる。 配点が2倍になる苦手の数学はやはり難しかったようだし、センターを世界史で受けたために二次試験は日本史で受けなくてならなくて、私大でも受けた世界史に比べて、やはり勉強不足が否めなかったし・・・、という具合。予想通りの事態ということで、奇跡は起きなかった。

 センターを失敗したときから、流れは私大だったのだと思う。

 ・・・が、実は、わたしは・・・ ほっとしている。

 ちょっと このことは、書こうかどうしようか迷っていたのだけれど、でもやっぱり伝えたい気がしたので、書いてみたいと思う。

 以前の記事で、スピリチュアルな友人のことを紹介したことがある。

センター試験後の、親も子もかなり落ち込んでいたときに、彼女に連絡をとって少し相談をした。そのときに彼女が言ってくれた言葉は、

「だいじょうぶ。今はちょっとしょぼんとした感じがするけれど、でも、ちゃんと向こうに光が見えているから。これは、必要な試練だったんだよ。がんばってきたこともむだにならず、ちゃんと、ふさわしいところに決まるよ。こういうことは、縁だから。そして、そこで、とても良い縁がある感じがする。」

わたしにとって、彼女はカウンセラーのようなものなので、その言葉でとても落ち着かせてもらったのである。

時間はさかのぼって、

その彼女と去年の夏に話したときのこと。

いろいろと話や悩みを聞いてもらってから、彼女が言ったこと。

あの・・・立ち入ったことを聞くけど、もしかして■大学?」

そのときは、私学ではむしろ■大学よりも、●大学の志望が優先していて、受けるかどうかもはっきりしていなかったので、その旨伝えると、

「う~ん、たぶん■大学も受けることになると思うけど、もし受けないようだったら、受けるように言ってあげてね。」

●大学は?と聞いたときには、う~ん、どうかな、あんまり・・・、という感じだった。

■大学が前回の記事の大学、そして●大学が今日合格した大学なのである。

 一応断っておきたいけれど、彼女は別に占い師とかそういう類の人ではないし、わたしも、言われたことでとくに行動を変えるというわけではない。強いて言うならば、心のもちようを変える、ということなのかもしれない。

 息子は、より高い目標を目指して、彼なりの努力をした。その結果、そこには届かなかったけれど、 ■大●大という難関突破にはつながったのだと思う。(数学も、日本史も、きっと役に立つことがあるだろうし。)また、いつの間にか、学部での講義内容などを調べるうちに志望順位が変わってきていた。

 親であるわたしはというと、大学受験には成功してほしいけれど、一番気がかりなのはその後の彼の、長い一生の生き方である。
 今はまだ特に特定な職業への希望も持っていないけれど、これから四年間でどんな「人」や「こと」に出会うのか、言い換えればどんな縁があるのか、それが一番の関心事である。だから、一番願っていたのは■大への縁が始まることだったのだ。 その■大の試験後から合格発表までが、一番精神的にはきつかったように思う。

 よく彼女が言うことは、すべてのことは必然なのだということ

 そう考えると、センターの失敗も必然だったのかも、なんて考えられる。(さすがに、それは、ちょっと都合よすぎかな ^^; )。

 受験シーズンはまだ続いている。成功もあれば、失敗もあるだろう。失意の中にいる子もいるかもしれない。でも、それはきっと、その子の未来のために必要なことだったのだと思うし、親や教師は、そういう大きな気持ちと愛情で子どもたちを支えたいと思う。

  がんばれ、すべての子どもたち。 未来の光を、未来の道を、楽しみにして。 

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 長いこと大学入試の記事が続き、そうした状況に直面していない方にまでずっとお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。お礼申し上げます。またいつもの調子に戻していきたいと思いますが、現在の状況、および心境から、どうしても息子の記事が多くなりそうです。ごめんなさい。 よろしくお願いします。

※公私共にちょっと忙しい時期で、コメントくださるブロガーさんの記事読み逃げでごめんなさい。仕事少し片付いたら、コメントにうかがいますね。

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2007/02/28

大学受験ストーリー その3

以前、「ドラゴン桜」が流行った頃、何かで、ウサギとカメの話を読んだことがある。

 受験生には、ウサギ型の生徒と、カメ型の生徒がいる。どちらが良いわけでもないが、大切なことは、どちらのタイプであるのかを見極めることだ、といった内容だったと思う。

息子の場合・・・

間違いなく、カメ型であった。

娘の馬名が「モンキーダスト」だと記事で紹介したことがあったが、その時息子につけた馬名は「モヒカンスローリー」。髪が硬くて、いつも朝起きるとすごいことになっていることに加え、行動がゆっくりであることを表現したネーミングである。

良く言えば、ゆったり、じっくり。
逆に言えば、・・・なんか、遅い。

  あ、鈍くさいわけではなく・・・。野球部から陸上部、運動は大好きです、念のため。(^_^;)

 よく、春(あるいは夏)までは部活動に燃えて、その後がむしゃらに追い上げて偏差値をぐ~んとあげる、なんていう受験生が紹介されるが、息子には全くあてはまらなかった。

 5月に陸上部を終え、夏には受験生らしくなるのかな、と思ったけど、とくにそれまでと変わらなかった。高校は進学指導をとてもよくやってくださるので、毎日の勉強はしていたけれど、・・・緊迫感はなかった。

 カメ型の息子は、要領が良いとは言えず、情報処理能力もあまり高くないという感じがしたし、苦手の数学に時間を割かれていることで、問題演習が十分でないとも思われた。学問は好きで、学力もあるとは思うけれど、模試での波も大きく、受験でどこまで通用するかは心もとないとしかいいようがなかった。

 私大本命の受験日、2月15日。 嵐のような一日の、翌日だった。実は、この日までには、この大学よりやや入りやすいとされた大学の不合格が来ていた。その大学の看板でもある英語が難しかったらしい。不安が募る。

 試験後、息子の感想を聞くと、手応えはあったようだった。でも、自分ができるなら他もできるだろうから、合否はまったく予測できないという。たしかにそうだろう。

 この大学の入試は、、マークも記号もなかったらしい。世界史の穴埋めはあったけれど、英語は辞書の使用も認められており、国語の代わりに小論文を書く。表現力などを重視しているのだろうか。親としては、息子の書いたものを評価してもらえることの楽しみがあったが、息子とすると、それで不合格となったらかなりショックだ、と思っていたようだ。

 合格発表は8日後だった。

 最近は、掲示やレタックス、また、電話応答システムやインターネットでも合否情報を得ることができる。が・・・、おそろしくこわいものでもある。

 ネットにアクセスする。

 「合格発表」のページにいく。

 学部を入力する。

 5桁の受験番号を入力する。

 生年月日を入力する。

 ・・・・・・・

 クリック!

・・・・・・・

 「受験番号 20***番の方は合格です。おめでとうございます。」

にわかには信じがたく、・・・時間が経つにつれ、じわじわと喜びの感情が生まれてきた。本当に ・・・ようやく ほっとすることができた日だった。

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2007/02/26

大学受験ストーリー その2

 暖冬で、桜の開花が早いのではと思っていたけれど、先日のニュースでこんなことを言っていた。

「厳しい寒さがないと、桜は開花しないそうです。」

人間に似ている、と思った。

センター試験の結果はすぐにはわからないので、自己採点に頼ることになる。
自己採点をもとに、各予備校が高校を通してデータを集計し、志望校についての判定を出し、それをもとに、最終的な国公立の受験校を決定する。
(それって、なんだかあまりにも不確実で不安定な感じがするけれど・・・)

第1志望校は、二次試験重視で、センターは圧縮されるので、前期は挑戦することになった。・・・でも、苦手な数学の配点も高く、本当に「挑戦」・・・。

後期は、第2、第3志望校である私大に合格できなかった場合も考え、手堅く選ぶことになった。

国立の願書を出し終え、いよいよ私大入試である。

息子の志望は、基本としては文学部、人文系。
首都圏の他は、京都に行きたいようで、東京での「地方受験」を利用した。

入学試験は10:00頃から始まることが多く、伊豆からでも間に合うのだけれど、毎回行ったり来たりでは時間も費用もかかるので、わたしの実家から行くことになった。

息子は、初孫ということもあり、両親にとっては本当に可愛くてたまらない存在である。二人暮らしの老夫婦の歓迎ぶりと、その一方での緊張感が目に浮かんだ。

わたしに、息子の時間の使い方や、朝ごはんの内容、好きな献立などをあれこれ聞く母。
ラッシュ時の人混みや、交通機関に慣れないのではと、心配して途中まで送ったという父。

そういえば、高校時代、よく祖母がわたしをバス停まで送りに出てきた。ちょっと恥ずかしいし、そんなのいらないのに、でも祖母は送りたかったのだろう。
・・・突然、在りし日の祖母の笑顔が、父に重なって思い出された。

プレッシャーの少ない私大入試は順調に進み、センター利用入試の合格に加え、一般入試の合格も入り始めた。

よく、現役受験生は、試験当日まで力が伸びると言われる。本人の気質や、気力、体力にもよるのだろうけれど、息子を見ていると、それはあてはまるような気がした。力が伸びるというよりも、慣れる、とか、調子を上げる、ということかもしれないのだけれど。

中旬には、とりあえず、ここでも良い、と思える私大から合格をいただき、いよいよ本命の私大の受験日になっていった。

          続きます。・・・・ 本日もどうぞよろしく。⇒ にほんブログ村 教育ブログへ

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2007/02/25

大学受験ストーリー その1

私立大学の願書を一斉に発送したのは、1月の13日(土)、大安の日だった。

大学入試の制度というのもいろいろ変わっていて、昔の共通一次試験が、今はセンター試験と呼ばれる。

私立大学の中には、「センター利用入試」という制度を取り入れているところもあって、それに出願すれば、一般入試を受けなくても合格をもらえる場合もある。
(かといって、一般入試の前にセンター利用の合格をもらえるわけではないので、結局は両方出願して、受験もすることになったのだけど。)

「行ってみたいと思う大学は、受けておきたいんだ。」

もちろん志望校はあるのだけれど、興味のある大学や学部はいろいろあるようで、結果的に出願は多くなった。「○○大学と□□大学の受験料は、お年玉で払ったからさ。」などと気遣Dscf1773sうのも彼らしかった。

願書発送の日は、快晴で、気持ちのよい日だった。
あんまり嬉しそうなので、思わずVサインの記念撮影。

「受験、楽しみなんだね。」 とわたしが言うと、

うん。楽しみだよ。でも、センターはいやなんだよね。
失敗できないからね。」 
と言っていた。

息子のこの言葉通りに、事態は展開した。

1月20日、21日に行われたセンター試験。

文系の息子の一番の得意は国語。・・・であるはずなのに、そこで失敗した。
相対的に苦手な数学は やはりふるわず、
世界史や英語、生物などはまずまずだったものの
総合的なできばえは、目標をかなり下回ってしまった。

「高校生活で、甘かったところが、得意科目に出たっていうことだと思うよ。
 
でも、さすがに凹むなあ。」 と言う息子。

親としても、スタートで転んだような感じで、いったいどうなるのかという不安感は禁じ得ない。

それでも、センター利用で出した大学の中にはA判定も含まれていたので、
「とりあえず浪人はないと思うよ。」
と気を取り直し、いよいよ2月の一般入試の時期に入っていった。

                ・・・・長くなるので、続きます。・・・・

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2006/12/22

冬至に思い出す 命の誕生

ほぼ予定日に近い日だった。

実家で ことことと 冬至かぼちゃを煮ていたら
わずかに 破水したのが わかった。

母と病院に向かい、入院する。

夫に連絡すると、電話口の近くにいた義父が
「おお!明日生まれれば、皇太子さんと同じだなあ。」
当時は連日、宮内庁病院前からの中継が流れていた頃だった。

病室に荷物などをおいてしばらくすると、
「陣痛室」なるところに移動になった。

病室と違って、そこには、テレビがない。

「あの、今日、ニューヨーク恋物語が最終回なんですが・・・、テレビ、見られないでしょうか。」看護婦さんに言ってみたけど・・・ だめだった。(-_-;) 

長男が生まれたのは翌日の午前中。小さめだったけど、大音量で泣いていた。
陣痛の痛みはあっという間に誕生の喜びにかわる。不思議な気持ちだった。

忘年会をキャンセルして、夫が伊豆から駆けつけてくれた。あまりにお腹がすいて、用意してくれた手巻き寿司を元気にぱくぱく食べていたところだったので、ちょっと恥ずかしかったのを覚えている。元気によく泣いている小さな赤ちゃんを、夫は珍しそうに見つめていた。

ご近所へのお披露目の会で、義父が「我が家にも皇太子が生まれました。」と嬉しそうに紹介した息子も、明日で18歳になる。

Dscf1702_1受験生の息子の近況はというと・・・

娘と熱心に、皿回しの練習中である(>_<)
(実は、今年の忘年会のかくし芸で、同僚と皿回しをやることになったわたしが、同僚から借りてきたものです。)

集中力は高まるのかもしれませんけどね。(-_-;)

紅白のおめでたさにあやかって、一日早く、お誕生日おめでとう。
春にはまた、「おめでとう」を言わせてほしいな。 ・・・ちょっと無理かも??

____________

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2006/11/22

のどかな「おさるのまいにち」

1978221  「早寝・早起き・朝ごはん」というキャッチフレーズで 子どもたちの生活習慣の見直しが叫ばれてるけれど・・・、

おさるのまいにちは、とっても規則正しくて健康的である。

カワセンさんが紹介してくださった「おさるのまいにちを、我が家で読んでみることにした。

 のんびりと、ゆったりと繰り返されるおさるの毎日は、とっても明るくのどかで平和で・・・、うみがめのおじいさんが来る日だけが特別な日。
 大きなストーリー性があるわけでもなく、ただ本当に、ほのぼのとしていて、ほっとできる、不思議な本である。

 わたしが出張のとき、学校長に頼んで子どもたちへの読み聞かせをしてもらったのだけれど、学校長から、子どもたちは時々笑いながら楽しそうに聴き入っていました。読んでいるこちらまで、幸せになってきました。いい本をありがとう。」とのコメントをもらっていた。

 我が家でも、夫も娘も、にこにこしながら、なんか、いいなあ~(#^.^#)、って言いながら聞いてくれた。とっても、癒されるような感じ。

 一番驚いたのは、息子の言葉だった。

「あ、なつかし~~!この本、2年生のとき、50回くらい読んだよ!」

え~、そうなの!?何がそんなに良かった~?と聞いたけれど、何だろうなあ、って、表現できないようだった。たしかに、幼いころ気に入っていたものって、うまく説明できないんだけど・・・、それでも、とっても気に入ってしまうのかもしれない。

 息子は、幼稚園のときから、親がグーグー寝ていても、一人で6時に起きてラジオ体操に行くような子だった。・・・受験生の今も、早寝早起きは変わらないんだけど(-_-;)。

「なんだか、2年生のころのあいつが、気に入って何回も読んでた、っていうのも、わかる気がするなあ。」と、懐かしそうに、夫が言う。

・・・思わぬつながりで、わたしの読み聞かせリストにまた一つ、楽しい本が仲間入り。癒されたい大人の方にもおすすめかも。やわらかく、音読してみてくださいね。(^_-)-☆

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2006/10/28

為末大選手の「投資」の本から

27日から、全国的に読書週間だということで、本が読みたくなった。

午前中に、読みかけだった教育関係の新書を読み終えたので、
今度は、ちょっと自分では選ばないような本を読んでみたくて、
昼食の時に、息子に何かないかと聞いてみた。

異端の数ゼロは面白かったよ。数学のだけど。」
「う~~ん。ちょっともう少し楽に読めそうなのにして。」

「じゃ、星新一にでもすれば?」
「それって、英語じゃん・・・。」
「日本語のもあるよ。」
「それならもう読んでますよ~!」026994570000_1

 情けない会話が続く。(-_-;)

結局、息子が好きな為末大選手の本を貸してもらった。
「インベストメントハードラー」・・・投資するハードル選手。
息子も陸上部で、春までは400ハードルを跳んでいたので、為末選手には興味があって、ブログや本を読んでみたところ、共感できる部分が多く、好きになったのだという。

 それにしても・・・、経済とか政治とか、そういうものには息子は日頃批判的でかなり手厳しいのにな、と思いつつ読んでみた。
 タイを舞台に、わらしべ長者のようにお金が殖えていく様子には驚くけれど、たしかに、儲けようというハウツー本ではなくて、お金のじょうずな使い方、人を幸せにするための使い方など、為末選手の知性と人柄が感じられる一冊だった。投資ということは、寄付とは違って、対等な立場で行われる行為であるという考え方も、新鮮な気がした。

 一方で、陸上選手としての自己管理の厳しさも伝わってきて、為末選手のたくましい生き方にも驚かされた。彼の今後の活躍や活動が気になってしまうことは・・・、間違いないだろう。

 実は、わたしも、株を買ったことがある。
息子が生まれた後1年くらいが、まさにバブルが最高潮のときだった。

 東証株価も最高値をつけたとかで、当時N証券に勤めていた中学時代の(息子が生まれたので久々に会った)友達が、どれだけの利益を得たかを熱く語り、とても親切に購入を勧めてくれた。

 特に儲けたいと思ったわけではなかったのだけれど、安全だと言われる、電力会社と建設関係の株をちょこっと買うことになった。
 ・・・その後の、驚くような暴落ぶりは、ご存知のとおり。

 でも、売ってはいないので、わずかに配当だけはもらえるし、最近は当時の価格に持ち直してきたらしく、とりあえず損はまだ出していない。
ま、二度と買おうとは思わないんだけど。(^_^;)

 お金は持っていちゃだめなんだと為末選手は言う。まわしていかなくてはいけないのだと。

 う~ん。それでは、成長株??の息子にでも投資することにいたしましょうか。

 まだ、将来の夢も定かではないようだけど、為末選手のように、自己管理をしっかりして、たくましく生きていってくれるといいな。

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2006/09/03

松井選手の成功の心理学から

 早実の斎藤選手は、知的でとてもすてきな青年だけれど、そろそろ普通の生活をさせてあげなくてはかわいそう。アメリカから帰って来たら、もうそっとしておいてほしいな、と、心から思っているけれど・・・

この前のヤンキース球場での対面のあとの、松井秀喜選手のコメントにはふき出した。

「ハンカチ王子と言われるだけあって、端整で、いい顔立ちですよね。
自分なんて、高校のころから、ゴジラでしたからね。」

たしかに(^◇^)!

あの、甲子園での、敬遠の続いたバッターボックスでの、落ち着き払った姿が目に浮かぶ。あのとき、まだ、高校生だったんだな~。(田中選手なら、ちょっと近いかも^^;)

夏休み、テレビを見ていたときに、再放送で、松井選手の「世界一受けたい授業」をやっていた。テーマは「緊張のメカニズム~成功の心理学」(バックナンバー2006.2.4)

松井選手の、緊張をコントロールする方法は、

経験してきたことを記憶しておくこと、
自分なりのルーティンをつくって集中力を高めること 

だと言っていた。ルーティン [routine] とは「きまりきった仕事。」の意。とにかく、いつもと同じ手順を踏む、ということで、松井選手の場合は、試合前におにぎりを食べることだという。すべての成功や失敗を、こと細かに記憶していることにもびっくりした。彼が緊張を感じたのは、高校のときに、最初に甲子園のバッターボックスに立ったときだけ、というから、驚き。

緊張とリラックスは50%ずつの状態が最も望ましいというけれど、なかなか半々にもってくのは難しいことだと思う。

今では、緊張の場面などにはあまり出会わないわたしだけれど、最も苦い思い出は、高校入試のとき。当時一番得意だった数学で、頭がまっしろになってしまった。数学のあとのお弁当も喉を通らず、次の英語を泣きながら?受けたのを思い出す。

 夏休みのその日、ご飯を食べながら、(いちおう)受験生の息子と話していた。

 少なくとも、実力は出したいよね。日頃からルーティンを意識して、平常心で臨むようにしないとね。松井選手はおにぎりを食べるっていうけど・・・。

 息子の場合、テストや模試のときは、食べすぎると眠くなるからと、お弁当ではなく、いつもパンを買う。・・・ということは、息子のルーティンは、

 入試のときも、コンビニの菓子パンを食べる、ということ。
  ・・・なんか・・・そんなんでいいの??

 考えてみれば、斎藤選手や田中選手と同い年の息子。それぞれの知性やユーモアとはまあまあいい勝負だと思うけど、なんとも頼りないなあ・・・(+o+)。 まあ、せめて、眠くならないように、日々がんばってくださいね。

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2006/08/11

高校3年生への限定企画から

2006_0805001_1 「おっ! これ買おうと思ってたんだよ。」
夫が喜んだ、電池を入れて使うカミソリ。

「シェービングビギナーの皆様」である高校3年生への限定企画として、息子に先日郵送されてきた品である。

学校案内や予備校案内などは山のように届くけど、これはちょっとうれしいプレゼント。そうか、男の子のカミソリって、今頃から本格的に使うものなのね。

 昔、高校3年生の時に、化粧品メーカーからのメイク教室の案内が来たことを思い出した。友達と一緒に出かけて行って、初めてのメイク体験。ファンデーションをしっかり塗って、口紅、頬紅、アイシャドウなど教わっていった。

 当時はハマトラが全盛のころ。シャドーはばっちり青かったと思う。口紅もはっきりあざやかな色で、友達と、お化粧をした顔を見合わせて、ふき出してしまったっけ(^<^)。
 結局、大学のころもお化粧なんてあんまりしなかったけど、あのときに教わったことはよく覚えていて「基本」になっている気がするからおもしろい。

 企業の皆様、ビギナー獲得、がんばってくださいね!
(でもこのカミソリは、とりあえず夫の愛用品になっちゃいました。すみません)

 高校3年生をもつ友達や知人は多い。会うと、
「どんな方面に行くの~?」 「勉強してる~?」などが挨拶がわりになっている。

 予備校にも行かず、家でマイペースでいる息子に 昨日、
「入試まであと半年っていう実感、あるの~~??(^_^;)」 なんて聞いたら
「それよりさ、あと少しでここを離れるんだなあって、考えちゃうんだよね。」

「(・_・;) ・・・・。 離れるっていうよりさ、広がる、だよ。
気持ちよく、希望に満ちて巣立てるように、がんばってね~!
伊豆のようすは、わたしがしっかりブログでアップするからさ。」

って笑って言ったけど、ちょっと、目の奥から、涙がぽろっとこぼれ落ちそうだった。

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2006/08/01

お盆~感想文「祖父の存在」

2006_0731003 お盆の迎え火

「うちの山の木だよ。」と、夫が火をつける。

義母と夫の手によって、仏壇がきれいになった。竹で仮門をつくり、供物や、馬と牛をおく。今年は形の良いものができなかったからと藁でできた市販のものを買ってきたけれど、いつもは、きゅうりとなす。

きゅうりの馬で早く来て、なすの牛でゆっくり帰るというものらしい。(ですよね?)

なすだけが異様に苦手な息子は、「僕はなすには乗りたくないなあ。」
(今後、なすも 好きになってね。)

お義父さんが楽しみにしていた息子の成長。
息子の「根」としての「祖父の存在」。

中学1年生のとき、地元のゆかりのある作家・井上靖の「しろばんば」を読んで息子が書いた感想文を、お盆の今日は載せたいと思います。でも、ちょっと長いので、お時間あるときにどうぞ。

(井上靖についてはご存知だと思いますが、幼少期、彼は伊豆で、血のつながらないおばあさんと一緒に暮らしてました。「洪作」と「おぬいばあさん」の生活を中心に進んでいく「しろばんば」は、彼の自伝的小説です。)

=====================================================

   祖父の存在
                                     
 平成十三年七月七日、祖父は亡くなった。
 僕にとっては、あまりに突然の出来事だった。この夏を乗り切れるか、と父が心配して口にしていたその翌朝、逝ってしまったのだ。

 祖父は生前、父の長男である僕に大きな期待をしてくれていた。五人の孫たちみんなを可愛がりながらも、
「とにかくうちはおまえが頑張ればいい。ほかは元気でふつうでいいから。」
とも言っていた。祖父は、僕が祖父のために頑張ったといえる漢字検定の結果を、病床で最期まで、まだかまだかとずっと待っていた。葬儀を終えてしばらく経って合格通知が来たときは、祖父も喜んでくれるだろうと思い、とても嬉しかった。
「ほお、すげえじゃ。」

と通知をもって笑う姿が目に浮かんだ。と同時に、生きた祖父の喜ぶ顔が見られないのが無念でならなかった。
そんな祖父を入れた棺を見送ったときは、悔しくて、寂しくて、早くこの悪夢が醒めて欲しいと願い、泣いた。洪作がおぬい婆さんの棺を二階から見送ったときも、同じような気持ちで、涙をこらえていたのだろう。だがもう、二度と還っては来ない。祖父も、おぬい婆さんも。

 おぬい婆さんは、洪作が五才の時からの育ての親で、洪作を誰よりも可愛がっていた。いつも、

「洪ちゃ、洪ちゃ。」
と、朝から晩まで世話を焼くおぬい婆さん。しかし、洪作は逆に、おぬい婆さんを迷惑がることもしばしばあった。洪作が小学二年生のときの通信簿事件がそうだ。洪作の成績が二番というのに納得がいかず、おぬい婆さんはさき子にねじ込みにいった。
結局さき子に軍配はあがったわけだが、よほど洪作のことが好きだったのだろう。
「洪ちゃには、偉い人になってもらうんじゃ。」
というおぬい婆さんの気持ちがひしひしと伝わってくるようだ。洪作は、おぬい婆さんのお節介は嫌だったようだが、ここまで自分に世話を焼き、期待してくれることは、嬉しく、励みにもなっていたのではないだろうか。そういう点で、おぬい婆さんは、洪作にとっていなくてはならない存在になっていったのだと僕は思う。

 また、洪作にも、慕う祖父がいた。持越に住む、林太郎だ。林太郎は、椎茸の研究を続けていて、合掌式も開発したという。
「仕事は、自分の一番好きなものをやればいい。」
という林太郎の言葉が、洪作が林太郎を尊敬した理由だろう。「おまえ、将来何になるんだ」とか気軽に話す人はいたのだろうが、初めて洪作に静かに、真剣に将来のことについて語ってくれた林太郎。洪作も、また唐平
も、自分たちの未来について深く考えさせられたはずだ。

 この林太郎の姿にも、祖父が重なってくる。
 祖父も椎茸を作っていて、僕も去年ぐらいまで裏山のホダ木をよく見に行った。夕飯の時椎茸を焼くと、「うみゃあなぁ。」といって食べていたのを思い出す。
 野球も大好きで、僕のチームの試合も見に来てくれた。またそうでない日も、僕が試合から帰ると、「勝ったか。」とか、「打ったか。」とか、いろんな事を訊いてくれる。そして夕飯を食べ終わってから、祖父と父と三人で、野球のことについて結構話したものだ。

 洪作も僕も祖父も、天城に生まれ、天城に育った。そしてその澄んだ空気に五時、「しろばんば」の曲が響く。昔ほどでもないが、やはり都会などに比べれば、ずっと気持ちのよいところだ。
 その天城で僕は、これからもずっと祖父を忘れずに頑張っていくだろう。
「洪ちゃ、よくやった。」
と、おぬい婆さんもきっと天からいつものように言っているはずだ。洪作にも、時折おぬい婆さんを思いだして頑張ってほしい。おぬい婆さんも祖父も、天からいつまでも僕たちを見守っていてくれるだろう。

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中学1年だった息子も、もう高校3年生。時折、義父に似た気質ものぞかせる。

義父だけでなく、我が家の命につながる多くの方々に思いをはせつつ、感謝の心でお盆をすごしたいと思う。

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2006/05/21

幻のウイニング-ラン

久しぶりに気持ちよく晴れ渡った一日。
夫と一緒に、高校3年生の息子の体育大会を見に行った。

着いたらちょうど息子に会って、開会式で選手宣誓もしたと言う。
連絡ミスが重なって、突然のアナウンスにびっくりしたものの、とりあえず型通り言ったらしい。あの、「スポーツマンシップにのっとり・・・」っていうの?

ふと、アーチェリーのアテネ熟年メダリスト・山本博選手が言ってた「スポーツマンヒップでもっこり」を思い出してしまったけれど、そんなことを言うと、息子の友達に品位が疑われると思い、胸にしまっておいた。・・・あたりまえだし(-_-;)

息子は今日は二つのリレーにかけていた。
学級対抗リレーと、東軍西軍対抗リレー。ともにアンカーだという。

陸上の大会では並の選手に過ぎない彼も、いちおう学校では速いほう。
両方とも一位をとり、ゴールをしたら体操着を脱いでウイニングランをするつもりだったらしい。下に用意してたTシャツがこの2枚。2006_0521may_00012006_0521may_0003(なぜ、あんぱん?)

  しかし、力走で肉薄したものの、願いは叶わず、残念ながら2回ともTシャツの出番はなかった。それでも、絶好調で気持ちよく走れたと、日焼けした顔ですがすがしく笑う息子は、なかなかまぶしかった。

いつからだろう、運動会を見に行くのが楽しみになったのは。

幼稚園のころは、にこにこ笑いながら順番をゆずってあげるような子だった。

小学校に入っても、のんびり走っていて、たしかマラソン大会では、ビリ近くを走っていた。競走ってことがわかってんのかな~、なんて、親は本当にがっくりしていたものである。

それが、高学年のころからリレーに出始めるようになり、中学校では体育大会大好き男に変身していた。リレーの選手、騎馬戦の大将、実力走・・・、3年のときの彼の輝きを、今も鮮やかに思い出すことができる。

子供って、いろんな可能性があって、わからないものだと思う。
だから親は、焦りすぎることなく、応援しながら楽しんでいけたらすてきだと思う。
ゆっくりじっくり根をはって成長していけるように、愛情深く見守っていきたい。

・・・なんて、じわっと親である幸せにひたっていたけれど、興奮して応援していたため、デジカメ写真はまったく彼をとらえていなかった(+o+)。 まさに、幻のランニングフォト。でも、わたしの心にはくっきりと焼きつけましたからね、ありがと。

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2006/04/26

スポーツの応援だいすき!

スポーツをするのは得意じゃないけど・・・嫌いでもない。
見るのは大好き!応援に全精力を使ってしまう。

昔は、スポーツマンの夫の応援に胸をときめかせて?いたが
子供たちがスポーツをやるようになってからは、もっぱら子供の応援団。
息子は小・中学校時代、野球をやっていたので、カラカラにひからびながらも、一日中グランドで応援していた。帰宅すると・・・顔はほてり・・・ぐったり。2006_0423april0003_1

 高校になって陸上を始めたが、今度はあっという間に終わる。 はるばる応援に行って、10数秒とか、20数秒で終わってしまう。400Mをやるようになってからは50数秒とか見ていられるが、それでも早い。くたくたの息子を前に、もっと走ってよ~、なんて思ったりしてる。(この前は400Mのハードルだったから、ホントにたいへんそうでしたけどね。)

 娘はバレーをやっている。応援では、バレーが一番テンポも良くて、燃える。テレビで観戦していても、夢中になっちゃうから、ワールドカップなんかが始まるとたいへんなことになる。とくに女子バレーですよ~、もちろん。

 野球はテレビではそんなにおもしろくは感じないけど、やっぱりWBCは燃えた。2002年には、サッカーでもにわかサッカーファンになったから、典型的ミーハーといえる。お恥ずかしいかぎりですが・・・。あ、箱根駅伝では、今井選手を間近で見ました。感動しました。

 ほんとに、スポーツをやっている方は、とってもまぶしくてすてき。見せていただいてありがとうございます(^o^)/
「あのさ~、体重減らしたいなら運動すればいいじゃん。」といつも息子に言われながら、応援のみで血流を良くしようとしている、基礎代謝低下の一途のグータラ母である。 ・・・あ~、バレーやバドミントンなら、ちょっとは、やりたいと思うんだけどなあ~(*^。^*) あ、体脂肪率は一応適正範囲におさまってますので、誤解しないでね。^^;

 

 

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2006/04/22

パワーをくれる美しい富士山

早朝、60数キロをドライブし、朝8:00に帰宅した。

陸上の記録会模擬試験が重なり、どっちも捨てがたいという息子のために、記録会で途中で抜けるぶんの教科のうちの一つを、朝、先にやらせてもらえることになったのだ。(本当に、いつも親身になってくれる高校で、親としては感謝でいっぱいです。ありがとうございます。)

遠距離通学で、いつも息子を送りにいく担当?の夫が今日は都合が悪いため、朝、わたしがとりあえず送り届けることになったという次第。練習試合のある娘にお弁当も作らなければならず、体調を崩しかけのわたしは、朝から葛根湯を服用して、なんとか頑張って車に乗った。

ひさびさに、いいお天気。車を走らせると、だんだん気分が明るくなってくる。息子とあれこれくだらない話をしながら、ドライブ気分になってきたわたしの眼前に、くっきりと富士山が現れた。春とは思えないような、澄み切った空。周りの山並みも美しい。

きれ~~~い\(◎o◎)/!  感動してしまう。
2006_0422april0018_2

美しい光景というのは、本当に理屈抜きに美しく、そしてとても大きなパワーをくれる。たとえ、見慣れているはずの光景であっても。

今日は自己ベストが出せそうじゃない!?なんて話しながら学校に向かった。
気持ちよく、思い切り頑張ってね!わたしも、なんだか元気になってきた。

p.s 電線のないビューポイントを見つけるのに一苦労。帰りにようやく撮れた一枚です。伊豆の国市にて。手前は清流・狩野川です。

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2006/04/02

さらば 「チン・チン弁当」!

4月になり、いよいよ明日は月曜日。新しい年度の、本格的な始動の時期です。
各学校の入学式も今週末までには行われることと思いますが、やはり中学生が高校生になるっていうのは、もっとも変化が大きい時ではないかと・・・。

特に母(あくまでもわたし)にとっての一大事は お弁当

「明日はお弁当だよ。」と聞いただけで、さあどうしよう、と思っていたのが、いきなり、毎朝の仕事になる。相当大きな生活の変化を余儀なくされることになる。大ピンチ(>_<)

2年前の今頃はそうした恐怖に襲われていました。当初は作りおきなどもしていたわけですが、今の世の中、冷凍食品の進歩?にはめざましいものがありまして、和風洋風からお野菜まで、なんでも冷凍食品になっています。チヂミからスイートポテト、ひじきに至るまで。多忙な母はスーパーの冷凍食品割引には必ずはせ参じ、日々をしのいでおりました。これが世に言う「チン・チン弁当」ですね、レンジでチン!しだいに易きに流れていくお弁当。(まあ、一応、一品は手作りですけどね)

2月にわたしはインフルエンザになりました。治ってから、「そう言えばお弁当、どうした?買った?」と聞くと、夫が作ったお弁当を持っていったとのこと。「え~(^o^)、何入ってた~!?」と聞くと、「いつもと同じだよ。」とさわやかにあっさり言う長男。・・・いつもと同じ(-_-;) ・・・けっこうショック。

 その後、いろいろ話したところによると、数年前にわたしが買ってきた「買ってはいけない」という本の影響で、食品添加物などをちょっとチェックする長男は、冷凍食品はいまいち気が進まなかったそうなんですね。でも、わたしが忙しいのを知ってるし、朝から仕事してるのを見てるので、そうも言えずに2年間過ごしていたのでしょう。まあ、幼少時からあれこれ要求することはしないタイプ。う~~~、なんとケナゲ?

お弁当にビタミンが少ないことを気にしている健康志向の彼は、「トマトときゅうりと卵とご飯でもいい?」という冗談に、「あ、いいよ。」 ・・・(>_<) たんぱく質は夕飯を中心に取れるからというけど、おい、それはないだろ、あくまでもジョーダンだってば!

 かくして昨日は、彼の部活の合間に本屋に行って、お弁当の本を物色。20分以内で作るワザありのスピード弁当の本を買ってきました。これで「チン・チン弁当」は卒業するぞ~。あ、でもいちおうcoopのチン!は一品、目をつぶってね。

 でも・・・忙しくなると、厳しいかなあ。念のため記事の投稿日時を4月1日にしとこうかな・・・。 おすすめレシピをご存知の皆様、よろしくお願いします。

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2006/03/06

ZーKAIに あの「HG」

この週末、あのハードゲイが熱愛発覚だとかいうことで話題になっていた。

それはどうでもいいんだけど、実は我が家では、1年以上前からレーザーラモンHGがけっこう話題。それは、バク天での、出始めのころ、あの格好でおばあさんをおぶったり、ビール運びを手伝ったり、ハードゲイパワーでバイクを動かして助けてあげたりと、かなり笑えていたからです。その頃を知ってる人はどれくらいいるんだろ。面白かったな~。「フォ~~~!」って。

このごろはちょっと眉をしかめられるような動きもあって、(腰ぐらいは笑えたんだけど)、家ではおばあちゃんたちに超人気。「わたし、この人大嫌い。」って感じで、なんか悲しくなってしまうのです。本来好青年っていうんだからさ~、売りようもあるのでは、と。

そんな我が家でZ-KAIのダイレクトメールはかなりウケました。2006_0306march20002 これです。
 (Z会の通信教育中学コース 編)

まさにHG。
水銀。(-_-;)

となりがタリウムだったというのも、伊豆の国市の隣の伊豆市としてはビミョーなんですけど・・・。
各中学校で理科の周期表を教えている先生方、ちょっとやりにくいかな?いや、むしろ効果的なのか?Z会様。長男はいちおうお世話になってます。(あんまり出してないんだけど)

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2006/03/03

勉強しないー高校生意識調査

「高校生っていうけどさ、誰に調査したわけ?
少なくとも僕は答えてない!」
と息子はご立腹。昨日新聞やテレビをにぎわせた、高校生意識調査である。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20060302ur02.htmここが見やすいかな?

たしかに母集団が少なすぎるとわたしも思ったけれど、統計学的には問題がないのだとか。まあ、高校生のほとんどが、大衆文化と称されるものや、ケータイなどのメディアにのみ興味を持ち、成績をあげようなんて考えてもいない、という結果にはうなずけなくもない。

努力をすること、意欲をもって向上をめざすこと。確かに小学校段階からそれが難しい子が多くなってきた気はする。でも、それが、学歴偏重の弊害を嘆いた政策のためなのかどうかはやや疑問。仮にそうしなかったら今とは違う結果が出ているかというと、それでもたぶんあまりかわらないのではないかという気がするから。・・・というだけの理由だけれど。

個性尊重ということは、別に甘やかすということではないし、自分の良さに気づき、自己肯定感に支えられた子は、意欲的な生活ができる、ということは現場の実感だもの。わたしは、それはとても大事なことだと思ってる。その基盤がなければ、叱れない。

諸説ある中で以前新聞記事で読んだ、「1960年代生まれ」のキーワードが実はひっかかっている。この年代は、高度成長期に育ち、父親不在状態で育ち(つまり、倫理観や道徳心が薄いのかな)、校内暴力を引き起こし、果ては贅沢でバブリーな青春も過ごした世代。その年代が親になって今度は・・・、といったような説だったかな。妙に納得してしまった。かくいうわたしも、1960年代生まれの一人だから。たしかに、なんだか、しっかり育った気があんまりしないもの。まあ、息子同様、ひとくくりにされるのは抵抗はあるんですけどね。

どこにどう責任をもっていってもしょうがないんだけど、やっぱり個人の土台、つまり価値観の植え付けは家庭だと思うけど、違うのかな。高校生が意欲をもって学習全般に取り組めるためには、ほんとうにどうしたら良いのかな、と思う。非行とかじゃない、普通レベルの子(つまり、勉強にもしっかり取り組みそうな子)に対して、あまりにもいろんな誘惑(商品)が大きすぎて、とも思うけど、不況打破には市場開拓あるのみか。

このへんの流れ、星新一だったらどんなSFにするんだろうな、って思う。こわいけれど。

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2006/02/21

世界史にアンガールズ

2006_0221eigo0001 学年末試験の勉強中のはずの長男が
うれしそうにリビングに下りてきた。

「たいしたことじゃないんだけどさ・・・。
アンガールズ発見した。」

見ると、・・・とくに田中さん、
そっくり\(◎o◎)/!
(もちろん左から2番目です)

ちなみにこれはラベェンナ(北イタリア)のサン=ヴィターレ聖堂のモザイク壁画。
東ゴート王国制服の功労者ベリサリウス将軍かと書かれている。
(出典 浜島書店様「世界史詳細」)

・・・・・って?6世紀のビザンツ帝国って??

すみません、母は世界史なんにもわかりません。
テスト範囲らしいんですけど。

この発見に喜んでないで、明日のテストしっかりがんばってよぉ!

たぶん今頃、2階でこの発見をみんなにメールでまわしているのだろう・・・。お~い(ーー;)

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2006/02/20

とつぜん「のっぽパン」

 DSCF0005 長男の高校のクラスでは、今のっぽパンが熱いブーム。
しかも、こののっぽパンが食べられるのは静岡県近辺に限っているのだと最近知り、さらに驚いてしまいました。

のっぽパンワールドというサイトまであるのですよ。ごらんください。

  この中央にある甘いマーガリン味がとにかく長く根強い人気。さらにいろいろな味が出ます。今回は、黒ゴマを買ってまいりました。

お値段?88円でした。

とっても人気ののっぽパン、取材に行ってみたいものです。次はいったい、どんな味が出るのかなあ。

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