2008/11/11

夢をもって…各務真奈美さん

   「夢をあきらめないで
    手段や方法を工夫すれば
    きっと叶えられる
    今は結果ではなく経過だ
    人生は夢の途中」

ホワイトボードにはられた言葉が、大きな説得力をもって迫ってくる。

介護福祉士・各務真奈美かがみまなみさんの講演。

アスペルガー症候群の息子さんと、ADHDをもつ息子さん。
さらに頼みの綱でもあったお嬢さんが、体育大会練習中の事故で、重度の麻痺になってしまう。

信じがたいほどの過酷な運命を、涙しながらも希望をもって切り拓いていく。

とっても明るくて前向きで、
何よりも、それぞれのお子さんたちの才能を信じて愛している姿、

一人ひとりが生きている意味をたしかに見出して
夢の実現を全力で応援している姿、

その思いと力を多くの人たちに伝えていこうとしている姿、

・・・会場はあったかい涙に包まれて、感動と勇気をもらえるひとときだった。

ひときわ眼をひく軽やかな動きで、踊ったりドラムを叩いたりするADHDの大二郎クンや

手を器具で固定させて達筆ぶりを披露する珠実ちゃんの笑顔。

披露されたDVDから、各務家の元気があふれだしてくる。

「夢は、口に出して伝えていくことが大事。
 そうすれば、きっと誰かがみていてくれて、助けてくれる。」

そう話す各務さんは、次の夢にむかって輝いていた。

がんばれ、各務家の皆さん。そして・・・ありがとう、各務家の皆さん。

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あ、応援の意味で一言だけ加えると、(同僚も言っていたのだけど)
最初どうしても文節ごとの話し癖 が耳についてしまうので、
誰か話し方のコーチをして、彼女の講演をよりすてきにしてあげて~。・・・と、祈りつつ、

応援しています、心から!!(^o^)/

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2008/10/07

授業研究会前の近況は

「とてもお忙しい時期なのですね、つぼみさん。
くれぐれもお身体に気をつけて下さいね。」
ぜったいお返事はいりませんからと、ブロ友さんよりあったかなメールをいただいて、もしかしたらそんなふうに気にかけてくださっている方がいらっしゃるのかも、なんてついつい期待して?happy01、久々に更新のページを開いています。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 授業研究会を間近に控え、先週は連日、通常より2時間程度帰宅が遅れていた。
土曜日も朝から夕方まで勤務。日曜日は娘の高校の行事の手伝いもあって、多忙を極めていた。(ブログの書きかけの記事もあるんだけど、放置状態です。)
 授業の検討は夏からずっと続いているが、また実際に単元が始まってくると新たなあらわれも見えてくる。学習指導案というものに、目標や単元構想や、子供たちの様子などを詳述し、当日の指導過程も書き表していくわけだが、このおよそ5,6ページの内容はかなり濃い。わたしは、授業研究の担当として、全学年のそれらにすべて目を通していくことになる。
 指導案のできばえよりも授業での子供たちの姿こそが大切であるのは言うまでもないけれど、伝えたいことは指導案に表しておきたい。授業者の思いがそこにつまっているのだから。そう思うと、サーバーに提出された指導案の点検にも時間がかかる。
 研修のあゆみのプレゼンテーションも作成し、ストップウォッチ片手に原稿のチェック。打ち合わせのための説明書や名簿の作成や、研修室の整備などなど…。運動会の前日も、遅くまで授業の協議をしていたほどだった。
 もちろん、通常授業を進めながらの仕事であるので、かなりハードになっているというわけで、こうなってみると、今年担任をもたずに任命されたことはありがたいということになる。
 …という状況ではあるけれど、でも、貴重な体験もしている。
 それは、すべての学年の研修の様子に少しずつではあるけれどかかわらせていただくことで、いろんな教室のいろんな授業の、飾り気のないライヴをみることができるということだ。
 指導や助言の力はないけれど、一緒に考えたり、子供たちの意外な反応を味わったり、教科の本質を考えたりと、本当に勉強になる。デジカメをもっていってその様子を取材して、研修だよりで紹介していくことも愉しい。授業者の案にそった授業をして、みてもらうこともある。
 これまで、小さな学校が長かったため、多くの先生たちとつながれる感覚もとてもうれしい。
 今年は、初任者や若手の先生が何人かいる。聞かれたときには自分なりのコツのようなものを伝えるようにしてきたけれど、言葉だけでなくて、実際の授業を通して考えていける機会があることは、逆に自分自身を振り返ることにもなって、新鮮な気持ちになる。
 もちろん、教材研究の時間(授業のない時間)はすべてつぶれるけれど、それがまったく苦にならない、今の心境である。
 どの教室にも、子供の数と同じくらいの参観者が入る。素晴らしい授業とまではいかなくても、子供たちのいきいきとした姿が見られたらいいな、と思う。授業者の先生たち、がんばって!とエールを送りつつ、明日もしっかり仕事をするぞ、と誓う日々なのである。

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 ブロガーの皆様、御無沙汰していてごめんなさい。三連休にはゆっくりおじゃましますね!

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2008/09/06

囲む会・ある校長先生の魅力

 この春に御勇退された校長先生を囲む会が開かれたwine

 ・・・と書くと、

いかにもそぐわない表現だな、と思うほど、若くて面白くて気さくな先生(男性)。

約60名という、通常の倍以上の参加者数が、その絶大な人気を物語っている。

 3校で校長先生を務められたけれど、わたしが御一緒させていただいたのは最初の、つまり新任校長としてみえた学校での3年間だった。

校長先生だけれども、
誰に話しかけるときも、基本的には敬語。それでいて、ユーモアに富む。

校長先生だけれども、
飲み会はGパン姿で、歌うのはフォークソングnotes 本音トークで、自虐ネタも多彩。

校長先生だけれども、
いつも担任たちと一緒。困ったときには、親身に相談にのって助けてくれる。

 そんな先生だった。

 ちょうど当時はPCpcが入り始めた頃で、職員室の床は配線が入り乱れていた。埃になりがちな何本ものコードを束ねて、カバーをつけてデスクにすっきり取り付けてくれたときの美しさは、感動ものだった。

 古い校舎で天井が高く、蛍光灯が少なくて仕事をするにも暗い感じだった職員室を明るくするために、すべての蛍光灯のところにきれいにアルミホイルをはりつけてくれて、嘘のように明るさが増した時の驚きも鮮明であるflair

 子どものことでも、保護者とのことでも、担任たちはいつも校長先生を頼ることができた。活動のようすや、がんばっていることを、よく見ていてくれて、さりげない一言でそれを示し、励ましてくださった。

 「つぼみさんは、子どもといろいろやっていくことを、大変に思わないで自分の充実感にしていく人だからなあ。」「出張に出ると、旅費以上にモトをとって帰ってきますよね。」・・・そんなふうに言ってくださったことがある。
 その3年間も研修を担当していた。「動き出す学びをつくる」をテーマに実践をまとめていた当時の研修集録を見ると、はりきり具合が思い出されて懐かしくなる。

 囲む会では、2校目の学校での、こんなエピソードも披露された。

 新規採用で、アパートで一人暮らしだった男の先生が、インフルエンザにかかって休んでしまった。食欲もなく、ひとり寝ていたところに、スーパーの袋を提げた校長先生が現われ、台所で鍋焼きうどんをつくってくださったという。

「新採で、校長先生に、自分の部屋で御飯をつくってもらったというのは、日本でもたぶん僕一人だと思います!」という言葉に、拍手喝采だった。

 大きな学校でも、若い人たちをはじめ、誰のことも大切にしてくれて、みんなをうまく引き込んでくれるため、3校目の学校では還暦祝いも大いに盛り上がり、職員の結束も強固なものになったらしい。「親衛隊状態ですね~。happy01」なんていう言葉も聞かれるほど。

 久しぶりに集まったわたしたちも旧交をあたため、もと教務の先生(今は校長先生)が、またこのメンバーで集まろうよ、と言ってくださり、冬の再会を約束した。

 子どもにとっての担任と、担任にとっての学校長は、似ているのかもしれない。

 もちろん、人柄のみならず、学校教育に関する課題にも精通されている。

御勇退後も、エネルギッシュに教育研究の仕事を続けられている先生に、ずっと活躍してほしいと心から願う夜だった。

にほんブログ村 教育ブログへ  やっぱり人気が出るのは、「ひとごと」にはしていない、熱い人なんですね。某首相に教えてあげたいような^_^;。

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2008/06/17

理科の勉強は好きでしたか?

 2日間、理科の勉強をしてきた。

新学習指導要領では「理数教育の充実」がうたわれており、教職員の研修にも力が入れられている。

わたしはと言えば、理科は・・・苦手教科。

中学までは、数学が一番好きで得意だったのに、教員としての専門が国語なのも、・・・理科が一因なのである。coldsweats02

しかも、小学校教員として理科を担当したのは、なんと昨年が初めて。それまでは、中学年担任が1度しかなかったこともあり、理科は入っていただいていた。

「もっと専門的な知識がたくさんあれば、子どもたちにもいろいろなことを教えてあげられるのに、って、情けないんですよね・・・。」

と、理科が専門だという先輩の先生に言うと、

「そんなことないのよ。専門だと、かえってそれがじゃましちゃうこともあるの。子どもと一緒に感動しながらやっていけるって、いいわよ。」

と励ましていただいたけれど、・・・

本当に、今回の研修は、とっても愉しかった!!

2日間、化学、地学、物理、生物の各領域についての指導法を勉強していく。

Co2研修の報告はまた別に作成するのだけれど、なかなか面白かったことだけいくつか御紹介してみたい。(とっくに知っている、~という方、お許しくださいね!)

化学領域での、呼気の実験。呼気に含まれる二酸化炭素は約4%という知識はあったけれど、筋肉量が多くて代謝の良い人は、5~7%の場合もあるとかで、・・・自分としてはどちらかというと、温暖化防止側なのだとわかった。^_^;

呼吸と燃焼が同じことだという見方も、今までしたことはないものだった。

Kaseki_3地学では、研修の建物付近の「泥」を洗って有孔虫を観察した後、バスに乗って「化石のトンネル」と言われる場所を見学した。

土のように見えるけれど、さわるとざらざら感のある「砂」である。トンネルの上の部分には、小石や、貝などがたくさん埋まっている。そこは200万年前の、浅い海の底。

「みなさんは、200万年前の海底に立っています。」
建物のある場所は「沖」だったわけなので、海底を旅したことになる。
地層が雄弁に語る海と陸の歴史は、とても興味深いものだった。

Game

物理の分野では、1秒で1往復するふりこを作ったり(これは、ひもの長さが重要で、重さは関係しない)、

ゲーム形式で、球を放して、ガラスビーズの入ったファイルケースを動かす実験をしたりして、

Kenbikyo条件制御していく中であれこれ思考するのが面白い。

生物では電子顕微鏡でどんどん大きく見えていく対象に驚かされた。(右⇒の写真、なんだと思いますか?)

メダカやモンシロチョウの飼育のコツも教えていただき、
話には聞いていた、Uka冷蔵庫に入れておいたさなぎを、電灯の熱で羽化させるという実験も、見ることができた。

Shigaisen 本当に、短時間で次々に羽化してきて、びっくり。

さらにびっくりしたことは、昆虫には紫外線が見えているため、人間が見るのとはまったく違ってはっきりとオスとメスが見えているのだという。⇒こんなふうに。(紫外線を吸収するオスと、反射するメス。)

知らないことを知っていく、見ていく、考えていく。・・・本当に愉しいことだと、あらためて実感した二日間だった。

・・・といっても、理科を教える教員としては、まったく、まだまだなのだけれど・・・

この研修のための新幹線と宿泊の部屋で読んでいたのは「博士の愛した数式」(小川洋子)だった。

ベストセラーになっていた頃、娘が買って、夫も読んだのだけれど
わたしはまだ読んでいなかったので(つらくなってしまうのかと思って)、遅ればせながら手にとった。

本当に、数字の、数学の美しさを感じた。まさに、命があるように。

切なさに包まれつつも、博士のような人が教室に来てくれたらどんなにすてきだろうと感じながら、ルートとのやりとりを思い描いていた。

「理数教育の充実」なんていう言葉では伝えられない、魅力あふれる世界に、子どもたちをいざなっていけるように、至らないけどがんばっていきたいと思った二日間だった。shine

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あ、顕微鏡の答えは、「ハエの眼」なんですって! いったい何倍になっていたのでしょう?

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2008/06/01

心にとどく言葉の力・声の力

 本は好きなのだけれど

教育書の活用はあまりうまくなくて(能力の問題か(-_-;)?)

実際に見たり聞いたり経験したりしたことでないと、自分の中におさまっていかない。

 先週末、友達(以前の記事の、品川のスタバのお友達)が誘ってくれた研究会に出かけた。20数名の、「子どもらしさに学ぶ」合宿である。授業記録から、子どもの姿を読んでいく。

愛知から来てくださった、田島薫先生のお話が、心に残った。

 参会者によると、田島先生は、授業をみただけで、その学級のほとんどの子どもの様子を把握なさるという。授業を公開した人は、短時間であるのに子どものことを言い得ていることに驚くのだという。

 先生は、子どもそれぞれの、他とはちょっと違うあらわれ(個性的なエピソード)に目をつけ、そのあらわれの理由を予想して書き出していき、予想が違ったと思ったら修正していく、という作業を(科学的に)繰り返しているのだとおっしゃた。いわゆる優劣とは無縁の、その子自身を見つめる目を感じた。

 見るのはあくまで客観的に、指導は温かく・・・ そうおっしゃった。
(子どもが言ったり書いたりしたものを都合よく解釈するとあぶない。)

 その子の自立の姿をみてそれを援助する。
 つまづくところ、弱いところを思いつく場面を作る。

弱さを思いついた人がたくましく生きていける。盲点を考えられた人は幸せである。(おだててほめて、だけというのはあぶない。) 

聞きながら、教師というより、母親として聞いている自分も感じていた。
いえ、それ以前に、自分自身の生きてきた道をいつのまにか振り返っていた。

教育ということは、その子自身の強さも弱さも理解して進めていくことなのだと、あらためて思い、なにか初心にかえっていく心持ちになった。Mothers

  ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 本は好きなのだけれど、

 文学の素養は乏しい(-_-;)。

 先週、「大人のための読み語り」の時間に参加することができた。

「花楽響」の、原こゆきさん、Kie☆さんの朗読に、揺さぶられた。

 Kie☆さんは、会の主催者でもある高橋三朗氏の「父親参観日」を、朗読用の脚本に仕立て直して読んでくださった。一つひとつの言葉が豊かにふくらんで、紡ぎあげられて、心地よい音声になって心に運ばれてくる。

 時に、くすっと笑いながら・・・ 聞き惚れていた。

原こゆきさんの読んでくれたのは、浅田次郎の「雛の花」。情景があざやかに浮かび上がり、心情の機微が会場をつつみこむ。

 だんだんとこみあげてくるものがあって、・・・ぽろぽろと涙がこぼれた。
静かな感動にひたりきっていた。

 文学って、本当にいい!朗読ってなんてすてき!!

 朗読やりた~~い!

昨日は重松清ファンの友達に紹介された「ツバメ記念日」の中の何篇かを声に出して読んでみながら、自分で泣いていたわたしなのであった。タンジュン・・・(+_+)

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 教育の言葉、文学の言葉・・・  声には、力が、心がこもる。

その人を感じ、生命を感じ、思いを感じながら、大きな力をわけてもらえる。

 来週末も、思い切って新幹線に乗ろうと思う。
機会を生かして、いろんなことを吸収していける自分でいたいな。いつの日か、伝えられる自分になるためにも。

にほんブログ村 教育ブログへ あじさいの季節になりました。写真は、夫が選んだ義母への母の日の贈り物。この日の「読み語り」には義母も参加していました。(以前記事にしたのですが。)
 お義母さんの朗読も、きいてみた~い!

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2008/05/12

「作家の時間」ワークショップで

「作家の時間」 「書く」ことが好きになる教え方・学び方【実践編】。

本の帯には
子どもたちが本物の「作家」になれる!書くことが大好きになる画期的な学び方
という紹介文。

このワークショップを体験したくて(主催のいわせんさんのブログをごらんください)

伊豆箱根鉄道に乗り、三島から新幹線で品川に出て、山手線で池袋に行き、西武池袋線の急行に揺られること40分。埼玉の狭山市まで 出かけてきた。

題材集め、下書き、修正(カンファランス)、校正、清書、出版と進む作家の時間のサイクルを、楽しくわかりやすい説明とともに体感していくことができた。どんな流れかというと

 進行の都合上、この日はテーマが提示された。(本当は書きたいことを書く)

まずは朝からのできごとを、どんどん「作家ノート」普通のノートだけどに書き出していく。

わたしの場合はSakka
  朝食の品目や、ブログのコメント、本のネット予約、朝御飯づくり、洗濯、服選び、寒さ、新幹線、新書・・・そんなことを箇条書きに書き連ねた。

書き出したところで、グループの人たちとおしゃべり。その中で、自然に題材がしぼられていく。

次に、「作家ノート」に下書きをし、グループで付箋をつけながら回し読み。
質問あり、賞賛あり、他からの刺激ありの修正の時間となる。

そして好きな用紙を選んで清書をし、また読んでいただき、付箋をもらうのである。

 これが・・・ 予想以上に、楽しかった。

題材について、あれこれ話すことも、作品にラブレターをもらえることも、他の人の作品を読むことができることも、すべてが。

 きちんとした意義や価値については、この本や実践を積んでいらっしゃる方にお任せするとして

とにかく、この感覚を子どもたちに味わわせたいという思いでいっぱいになった。

書くことを通して、どんなに豊かなかかわり合いが生まれ、
どんなに大きな自信や意欲につながることか、考えるとわくわくした。

 ただ、今年は研修の関係で学級をもっていないので、方法は限られるのだけれど。

 「作家の椅子」に座る勇気がなかったことをとっても後悔しているので
ここでそのときの作品を「出版」してみたいと思う。 お付き合いくださいね^_^;。

    ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 

   おしゃれな靴音      つぼみ(伊豆在住)

 伊豆の新緑はとても美しいけれど、時に都会の空気にふれてみたくなる。

 三島駅の新幹線の乗り場は、ひと月前とすっかり変わって新しくなっていた。お土産コーナーもととのっていて、ここで買っても良かったんだな、と、バッグの中のいちごジャムの瓶にちらりと目をやってから辺りをひと回りする。はきなれない靴の足音はちょっとうれしくて、日常とは違った時間を運んできてくれる。

 ゆったりとした新幹線の席に座って、少しだけ背もたれを動かして、缶珈琲を片手に新書を読むと、なんとなく都会のキャリアウーマンになったような、そんな気分。以前、やはり小学校に勤めている友達が、
「ストレスがたまっちゃってね、学校帰りに新幹線に乗って、品川のスタバで珈琲飲んで帰ってきたの。」
と言ったときにはびっくりしたけれど、ちょっとわかる気がするな、と思う。

 読んでいた新書に、こんなフレーズがあった。
「生命とは、代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。」
自分自身のその姿は可視できないけれど、今日の、今の自分の「代謝」は、はっきりと実感することができる。

 ヒールの音を知的に響かせて、一日街の風に吹かれ、時を愉しむことにしよう。

     ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 失礼しました!!

 同じグループで勉強させていただいた、keiさんkazさん、kondoさんたちの付箋のコメントが、とっても嬉しかった。

 スタッフの皆さんや、参加者の皆さんのように、熱意をもって、そして子どもたちの力を信じて、日々がんばっていきたいと思った一日だった。

にほんブログ村 教育ブログへ帰りには、keiさんを誘って、nanacoさんたちとお会いできました。
みんな本当に勉強しているんだなあと、いっぱい刺激をもらいましたよ。

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2008/04/15

ドクターのアメリカおみやげ話

 シアトルに行くのにairplaneたった3泊はもったいないと思うけれど

時差ボケにもならないし、向こうでレンタカーrvcarを借りて二日間はゆっくり過ごせるからちょうど良いのだという。

息子と娘がお世話になっている矯正歯科の先生のお話。

本場のアメリカで、歯列矯正をしていたこともあり
矯正の低料金の実現や、日本ではまだ珍しい「見えない矯正」、新しい歯を作る「インプラント」など いろいろな「革命」をなさっていらっしゃるのだがAmerica

いつも笑顔で大らかな、ゆったりした感じの先生で、子どもたちも、とっても可愛がっていただいている。

今回、頼まれて少しWebページを編集したところ、
お礼にと、お土産を買ってきてくださった。

かえって申し訳ないのだけれど、すてきな異国のものは素直に嬉しくて、娘も早速、全米でヒット中だというCDを聴いていた。

滞在中の食生活のことや、10年で二倍の価格sign03になった不動産のことなど
いろいろと興味深い話題も多かった中、

 先生の知人のご家族の話が、とても印象に残った。

知人の方の息子さんは、腕の、肘から下がないのだという。

だから、日本に帰ることができなくなった。

日本に帰れば「不具者」になってしまって、普通の生活はなかなかできない。
でもアメリカなら、(偏見もなく)ごく普通に仕事も生活もできる。
事実、彼は仕事を成功させ、結婚もして、豊かに暮らしているそうだ。

先生自身、アメリカで生活しているときに
「ここは僕たちの国じゃなくて、みんなの国なんだよ。」
と言われて嬉しかったということや、

みんなが誰かのために何かをしてあげる、守ってあげるということを
生きがいにしているのだ、といった話をしてくださった。

 どんな国にも良いところとそうでないところはあるから
 一面だけを見てものを言うのは好ましくはないとは思いつつも、

そういう感覚って、どうしたら育っていくのだろう、と思う。

多民族国家であるための良さだとしたら、日本では難しいのだろうか。
そんなはずはないのだろう。ただ普通に、親しくなっていけたのなら・・・

今年の後半は、総合的な学習で「福祉」を扱う。
心のバリアフリーを、純粋な子供たちと一緒に考えてみたい。

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アメリカには、カラフルな歯列矯正もあるのだそうです。楽しそう。
息子に、歯科医はどうかと勧めてくれたけど、
文系でまったく無理でした~
でも、イチローが好きだし、シアトルには行きたいだろうな。wink

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2008/04/09

新年度のエネルギーの中で 

新年度が動き出した。

今年は、秋に行われる市内の授業研究会の会場校に当たっている。

各学年の公開授業に対し、幼稚園から中学校までの、多数の教員の参観が予定され、秋まではいろいろと忙しいことが予想される。

 そのため、昨年度の研修部会では、

今年度の研修担当(いわゆる研究主任)は、学級担任を兼ねないほうが良いだろうという話が出ていた。

たしかにそうだと思ってはいたが・・・

 自分がその立場になってしまった。

娘がお腹にいたとき以来、16年?ぶりに学級をもたないこととなったのである。

 発表されたときには、責任を感じる一方で、結構がっくりきてしまったのだが、
幸い、持ち上がりの学年部所属となり、ちょっとほっとした。

 以前、懇談会の後に、
「単年度でなく、長い目で子供たちの成長をみてくれる先生がいたら良いのに。」
とおっしゃった保護者の方がいらしたので、
自分がそれに応えられた気がして嬉しかったし、

 学年部に初任者がいる関係で、国語・算数・理科・社会・総合などを担当できることになったことも良かった。

 そんなわけで、
・・・このところ一番頑張っていたのは各種教室や教材室的な場所の整備。
気になっていた場所の使い勝手を向上させられたので、満足度はやや高めwink

 

 そして今日は、全体研修の初回だった。

 実質的な授業開きの日でもあったので、疲労困憊の中の会議だったけれど
研修テーマについて、各学年の方向性や思いが打ち出されて、新チームの勢いを感じるひとときとなった。

 歓迎会のときも感じたのだけれど、
若手の充実のせいか、力量のあるベテラン勢の転退任を補ってあまりあるエネルギーが満ちている感じがする。

 Sidare_sakura勉強して頑張らないと、と気持ちも新たに・・・4月がスタートした。

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写真は、学年始休業の昼休みに 同僚に連れて行ってもらったしだれ桜。大きく、クリックしてくださいね。

 はげしい春の嵐で遠距離通学の厳しさを早速実感することになった娘や

2年次からの新しいキャンパスで、めいっぱいの履修登録をして悲鳴を上げて頑張っている息子に負けないように、

母も精一杯努力をしていきたいと思っております。shine

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2008/02/16

一年間の旅を「学習発表会」に

連休明けから風邪気味になってしまって、
帰宅して薬を飲んで早めに寝る、という状態だった一週間。
習慣化してきているWiiFitをやる気力すらなく、だらりとして、
職場にもマスク出勤で、・・・・情けなかった。

それでも出勤すると元気になってくるのがこの仕事の面白いところで
気を張っているとも言えるかもしれないけど、
はりきっている子どもたちの笑顔は、良い栄養剤となる。

来週に今年度最後の参観会を控え、
ありがちだけれど、教室でできるちょっとした「発表会」を行うことにした。
(一年間の学習を振り返って、それをチームごとに紹介する感じ。)

たとえば、

磁石の性質を利用して、「うかぶ磁石」や「磁石の散歩」など披露するチーム、
マット運動での前転、側転、後転の学習を生かしてのショーを考えたチーム、
漢字スピーチを生かして、動物や魚fishの漢字を教える「はかせ」チーム、

算数の学習をクイズにしたり、社会科の市内見学をベスト3仕立てにしたり・・・。
詩の音読や、歌notes、合奏もありの45分間となる。

中間発表での、自然にわく拍手や喚声、感嘆の声などが、温かくて楽しかった。

  ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

長い間、単学級で過ごしてきたこれまでと比べれば、
今年は単元や活動で特筆するような実践もないのだれど

でも、昨年度までの研修を生かしての、「学習集団」や「学び合い」を意識して過ごしてきたつもりではある。考えをよく伝え合い、聴き合うようになった。

 いろいろなブログで実践を公開されている先生方などに比べれば授業力はまだまだだから、
 
「雰囲気づくり」に努めてきた、くらいの方が適切な表現かもしれないが。

先日、来年度の研修テーマについての会議のあと、
わたしのクラスの音楽を担当している同僚が、こんなことを言いにきてくれた。

 「練習中に、子どもたちから、すごいね、できたね、じょうずだね、っていうほめる言葉がたくさん出るの。だれかがツリーチャイムを鳴らしただけでも、わあって、拍手が出たりして。みんなが安心していろんなことを言える雰囲気があるから、自己肯定感が生まれてて、ちょっと不安定だった子も、一緒にとってもがんばれてる。授業には学級作りが大事だなあって、すごく思う。」

 ずっと自分がめざしてきた姿を、専科の授業の立場から感じてくれたことがとても嬉しくて、お礼を言った。 
 (ちょっと自慢げかな~~。ごめんなさい。単に「ノリ」がいいだけかも?coldsweats01

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

今月の初めの土曜日に、元同僚から連絡をもらって、
こっそり前任校の学習発表会に出かけた。

小さな学校の、小さな体育館での、ちょっと学芸会風の学習発表会。
保護者たちが、地域が、みんなで子どもたちを温かく見守っているほのぼのとした空気が懐しかった。

昨年担任した子たちの学習発表はとっても上手で工夫されていたし、声も体育館に響き渡っていた。一生懸命な姿が本当に愛おしくて、不覚にも、涙がぽろり。

 あの子たちとの別れが辛かった去年の3月。

また今年、今のクラスの子たちとの別れが一ヵ月後と迫り、早くも、時に切ない気持ちになっている。

この1年間、縁あって過ごした仲間たちとの思い出になるように、
保護者の方が子どもたちの育ちを感じてくださる場となるように、
そして何より、自分の言葉でしっかり学びを伝えられるように、

そんな欲張りな願いをこめての、ミニ学習発表会。

どうか全員、元気でそろいますように。heart01

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2008/01/08

「ずっとやくそく」 温かな語らい

 3学期が始まった7日の月曜日。

朝7:00から、交通安全の街頭指導に立つため、いつもより早く家を出た。

車で学区の商店街あたりに入っていくと
何人ものお母さんの背中が見えた。

集まって話しているのではなくて、
ところどころで、子供たちが登校していく姿を後ろから見守っていたのだった。

寒い朝、じっと立って。

わたし自身は、いつも仕事に追われていて、子供の登校する姿を見送ったことはほとんどない。でも、というか、だから、というか、冬休み明けのこの新春の朝の光景は、とっても印象に残った。

そして、気持ちがひきしまっていくのを感じた。

 Yakusoku・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 冬休みに、keiさんの記事にあったずっとやくそく」(黒柳徹子・鎌田實、著)を読んでいた。今の自分の気持ちの中にある、大切にしたいことがすべて網羅されているような気がした。

 いわさきちひろの優しい絵とともに、10章に分けられた章立ての言葉は

みらい、あこがれ、だきしめるおとな、かぞく、
いっしょ、いのち、げんき、ごはん、やくそく。

子育てのヒントになる本、人間にとって何が大事なのかわかる本、生きるってすばらしいと感じられるような本・・・ 鎌田さんはそんなふうに紹介している。

 貧しい国の子供たちのことや生い立ちを語りながらの対談や、それぞれのひとりごとで進んでいくのだけれど、ところどころに、はっとさせられる言葉がちりばめられている。(以下抜粋)

 子どもっておとなを信じてる、だから私たちおとなは、子どもをうらぎってはいけない。(みらい)

 若い人たちが自分探しとか、一生の仕事をさがすとかいうけれど、見つけようと思ってできることではないんじゃないかな。
 結局みんな、なかなか自分が思ったようにはならなくて、いつのまにか何か大きな力、それが何かはわからないけれども、力が働いて、ある一つの道にその人を押し込んでいくんじゃないかしら。 (あこがれ)

 学校もそうだし、親もそう。話を聞いてもらえれば、子どもはずいぶんすくわれる。(おとな)

 いい家族を作るためにはお互いがちょっと歩み寄ったり、心を配ったり、ときには時間をたっぷりかけたりしながら、育てていく必要があるように思います。(かぞく)

 いつも私の発想は、なんでも一緒にできなければ、つまらないということ。(いっしょ)

 毎日家族で楽しくごはんが食べられる、これは本当に幸せなことなんだなと思います。(ごはん)

 書き出していくと、まだまだたくさん紹介していきたくなる。こんなふうに文章を並べていくと、もしかしたらちょっと堅苦しく響いてしまうかもしれないけれど、お二人の、楽しくやわらかな語り口がとっても心地よく、対談を聴いているように読むことができる。

 親として、教職にあるものとして、心にとめておきたい、温かな語らいの中のたいせつなこと・・・。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 今日は新学期の二日目。

冬の窓辺の暖かな陽だまりに、子どもたちの笑顔がまぶしかった。
新年を迎え、意欲満々ではりきっている表情が愛おしかった。

 そして、・・・その教室の中にいられる自分の幸せを、こっそり、かみしめていた。

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2007/11/29

持久走シーズンの迷走?思考

 今月半ばに、とある検定を受けに行った息子が、
東京国際女子マラソンのレースに遭遇、野口みずき選手、コスゲイ選手、渋井陽子選手らが走るのを見ることができたと喜んでいた。

そういえば、もう20年以上前に、たしかタンザニアのイカンガー選手が、
皇居付近で練習しているのを見たと、当時高校生だったが言っていた。

 ものすごい速さだったそうである。

42,195キロを、一般人の短距離みたいに走り抜ける。
まさに、どんだけ~~!と言いたくなってしまう。
  追記・流行語大賞によると、正式には「どんだけぇ~」で、意味も微妙に違うみたい。(^_^;)
 

 11月も終わる。たぶん多くの学校が・・・持久走シーズンではないだろうか。

勤務校でも、来月上旬の記録会にむけ、毎朝全校で7分間走を行っている。

教員はそれぞれに、走ったり、タイムを示したり、応援をしたり、健康観察をしたり、といろいろだけれど、体育の授業は担当していないこともあり、この時間わたしは一緒に走ることにしている。

といっても、
子供たちの外側をチンタラ走っている程度なのでいばれたものではないが
子供たちの走るスピードを感じられるし
終わったときに、一緒に、赤い顔してはあはあできるのが良いと思っている。
(いえ、決してダイエット目的ではなくて・・・(^_^;)。)

 しかしながら、この持久走。

自分との戦い、練習の過程に意味がある、健康的なすばらしい行事ではあるが、
苦手意識のある子はつらいだろうな、と思ってしまう。

練習のときは良いけれど、
本番では、トップにゴールする子の倍近くの長い時間走っていなくてはならないのだ。

「がんばれ~!」と温かい声援も、嬉しい気持ちには、なりにくいかもしれない。

 ふと考えた。

持久走記録会、たとえば10分激走?して、
どれだけの距離を走れたかで記録にする、というのはどうだろう。

自分が走っていても「ラスト1分で~す!」などと言われると、俄然ハッスルしてしまう。
みんながそうなって、勢いよく走り出すのもなかなか壮観である。
どこまで行けるか、という方がやる気も出て、楽しいのではないか。

ここまで考えて、・・・それを実施するとしたら、など考え始めたが
「やめ~~!」の合図で止まり、そこで足踏みしながら記録を確定する光景を想像したら、なんだか間が抜けて滑稽な感じになってしまって、そこで挫折した(-_-;)。

計算にしてもテストにしても、
得意なほど早く終わることを考えれば、
持久走がそうであっても理不尽ではないのだろうと、しかたなく納得してみる。

 以前、新体力テストにシャトルランが導入された頃、
あれは体力以上に精神力に左右されるのでは、などと話題になった時に

「だいたい、持久走って、苦しくて早く終わりたいから頑張って走るんですよ。
それをシャトルランに当てはめたら、早く終わらせるっていうことになるでしょ?」

と、ついわたしが口走ってしまったとき、
「なるほど~!」と、しきりに感心していた上司もいれば

「あの・・・、失礼だけどもしかして、走るのあんまり好きじゃないでしょ?」
と笑って指摘なさった、走るのが好きな先輩もいらっしゃった。

 そうなんです(+_+)。特に長距離。 
 中学生のときのマラソン大会は、ほぼ真ん中か、それよりやや後ろ。歩くのは好きなのですが。

びゅんびゅん走っていく子を見ると、ほんとにうっとりしてしまうけど
早く走れなくても頑張っている子に心を寄り添わせながら、一生懸命、励ましていかなくちゃ、と思っている。

 でも本当は・・・ 走ることが好きになれたら一番いいんだろうな。

 息子は低学年の頃、マラソンはとても苦手だったけど、いつの間にか走ることが好きになっていた。あれはどうしてだったのだろう。今度、聞いてみたいと思う。
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2007/11/22

「漢字スピーチ」で親近感?

 軽自動車からコンパクトカーに買い換えたのはもう5年位前なんだけど
どれにしようかいろいろ迷って、子供たちと何台も試乗した。

マーチ、フィット、コルト、デュエット、ファンカーゴ、イスト、ヴィッツ、スイフト、etc。

必然的にそのあたりのクラスの車情報に異様に詳しくなり、道路を走っていると

「あ、マーチ!」
「フィットだ!」
「コルト~!」

などなど、すれ違う車の名前をついついみんなで連呼してしまったものだった。

車種に疎い娘までもがいまだにそのあたりの車には反応し、パッソとかノートとかあれこれ関心を示しているのを見ると、

知識というものは興味関心の高まりに大きくつながるなあ
と改めて深く感じるのである。

 ・・・なんて、つい自分の実感の一番強かったところから書いてしまったのだけれど・・・

 今日の話題は、朝の漢字スピーチ

お母さんたちと話していると、漢字が覚えられなくて、と話題になることは多い。
新出漢字の学習は張り切ってやっているけれど、なかなか定着しにくい子もいる。

 でもね・・・漢字って、けっこう面白いでしょ?

なにかもっと、漢字への親しみを深める方法はないかなあ、と思っていたときに
うるとらまるさんの記事にあった、
「舟には窓がない。船には八つ窓がある。」
という意見にいたく感動し、子供の発想の楽しさを取り入れていけたら、と考えていた。

ちょうど読書月間に合わせた本の紹介のスピーチが一回りするところだったので
次から漢字スピーチにすることを予告し、何字か例示した後、始まったばかり。今まで習った字は扱わない。何年生で習う字でもいい、というアバウトな範囲設定。

走力を誇る★クンは 「息」という字を紹介した。

「自分のと、をがったいさせると、息になります!」

う~ん、なるほど。自分の心って、息につながるよね。どきどきしてるとはあはあしたり。

Syuku_2 そして、
きょうの☆さんのスピーチには、思わずみんなから「すご~い!」の声があがった。

左の絵の通り(それぞれ、拡大してね。)
「宿では、屋根の下に人が百人もいる、って覚えてみたら良いと思います。」
と話してくれたのである。

 Syuku2_5
なるほどね~~!!

思わず、☆さんにブログで紹介させてもらっていい?と頼んでしまった。

「漢字スピーチ」、まだ始まったばかりだけれど、だんだんと、漢字と仲良しになってくれたらいいな、と願っている。

これからどんな字が登場するかも、とってもたのしみ。(*^_^*)
(ちなみに氏名の上にあるのは、図書館司書さん手作りの、子供たちお気に入りのしおりです)

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 ちなみに我が家では、息子は漢検準1級、娘は2級で、
今となっては、わたしが一番漢字が書けないのですが・・・。
パソコンやってると、ホント書けなくなりますよね・・・。(-_-;)

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2007/11/16

学校に行くということを考えて

Cimg1269ラピアッツァという、イタリアンのお店でのディナー。
息子はフルコースを頼み、わたしは前菜の盛り合わせにアイスコーヒーをオーダーした。

 前回の記事からの続きで・・・土曜日のこと。

 友達と一緒に高田馬場に出て遅いランチをとった後、少し渋谷loftに寄ってから、息子の住む街の駅で待ち合わせたのだ。

 先月の終わりに帰省したときもちょっと話していたけれど、なんとなく、意気込みが重荷に変わって、気持ちや生活にも負の影響が出て、焦燥感や自己嫌悪感の中にいる、・・・そんな感じの息子だった。

 高校までの、あらゆる意味で恵まれた学校生活を考えれば、・・・自分の力を出せる場のない毎日は、きっと張り合いもないのだろう。
 「都会はいやだよ。」と、ぽろっともらした言葉が、胸に響いた。

 これまでと同じように、落ち込む時期があってもまたやがて自分の力で持ち直していくのだろうし、どんなことも今後の糧になるのだろうから、親があれこれ心配することはないのだと自分に言い聞かせてはみても・・・、自宅通学ならせめて生活のリズムくらいは整うだろうにと、ついため息が出てしまうのだった。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 実はこの日は、keiさんの学校の公開日だった。前日の早朝にブログの記事を見て、急遽連絡を入れて、行かせていただくことにしてしまった。

公開された道徳の資料は、
「なぜ子供は学校に行かねばならないのか」
出典・大江健三郎「自分の木」の下で

 障害をもった息子がなぜ学校に行かなくてはならないのかという筆者の問いに、息子である光さん自身が出した答え。
 それは、友達とともに過ごす年月の中で、人の役に立つということ、「音楽」という、社会につながる言葉を見つけたことにあらわされていた。

 家庭で芽生えた音楽への関心を、より確かなものにした学校での生活。
 卒業の日に、もう明日から学校はない、と聞かされて、「不思議だなあ。」と言いながら微笑していたという場面が、とても印象的で、心にしみるようだった。

 教室の後ろで、この資料を手にしたとき受けた感銘を、どう言葉にしたら良いのかわからなかったから、授業で6年生が思いを充分に発言できなかったのもわかる気がして、
でも、それでもこの資料に出会わせたいというkeiさんの学習材へのこだわりが、まぶしく感じられた。きっと、子供たちの心の中に残っていくことだろう。

 筆者は、あらゆる学習は、自分をしっかり理解し、他の人たちとつながっていく言葉であり、それを習うためにいつの世の中でも学校へ行くのだ、と結んでいる。

 「なぜ学校に行かねばならないのか」・・・この問いの答えはまた、人それぞれに異なるものでもあるのだろう。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 家に帰ってから、夫と話し、二日ほどした夜に、夫が息子に電話をかけた。

日曜日にあった、ソフトボールの県大会のこと(夫の)などを話しながら
「おまえ、学校、ちゃんと行ってるのか?」
と、穏やかに夫は問い、「がんばれよ。」と柔らかく笑っていた。

少し離れた部屋で、そのやりとりを聞きながら、電話の向こうの息子の顔を思い浮かべた。そして父親としての夫の生き方や息子への愛を、静かに、感じていた。

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2007/11/03

心を写して~「表現」の可能性

今週は、学校訪問があり、何とはなしに気ぜわしかったけれど

「もう今週終わり~?早すぎる~。」
と言っていた子供たち同様、週末を手放しで喜べない、フクザツな気分。
「先生、むかしは土曜日も学校ってあったんでしょ?」
という一言に、思わず「むかし」を懐かしんだ。

今月は総合的な学習の発表会があるので
活動を振り返りながら、グループごとのまとめに取り組んでいる。

それを国語とも関連させ、詩の創作を行なった。

春から夏にかけて苦労して育てたスイカや、冬にはたくあんになる予定の大根、
スイカを育てたときのカラスとの闘いや、休み時間に作っていた案山子。
いろんなことが題材になって、子供たちの発想がどんどんふくらんでいった。

工藤直子さんの「のはらうた」みたい。

「ぼく、かかしです」なんていう題名で、見事な五連の詩を作った子、
カラスになりきった詩を、満足げに友達に披露している子、
何篇も暗唱した金子みすずさんの詩のリズムを自然に生かして書いている子。

ちょっとびっくりの、生き生きしたできばえだった。

ピアノや歌唱にすばらしい力を持つ、生活支援員の方が
「なんだか、メロディー♪をつけて歌にしたくなっちゃう!」
と言ってくださっていた。高学年だったら、そこまでいけるのかもしれない。
わたしにはとてもできないので、ぜひ歌にしてあげて~!!と、お願いをした。

思いを表現していくって、いろんな可能性が広がっていくことだな、と感じる。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

先日記事にした、
「子供は天才!in伊豆 心の眼で撮る」写真展に、家族で出かけてきた。

新聞やテレビやラジオにまで取り上げられ、反響の大きさに戸惑うほどだという彼女は、地元のFM放送へのゲスト出演のため会場には不在だったけれど、ご主人がいらっしゃって、いろいろお話をうかがうこともできた。

自分が大好きなものを
 音で撮る。
  気配で撮る。

視覚が不自由なぶん、より他の感覚が研ぎ澄まされているのだろうとは思うけれど、被写体への想いが、写真を通して強く伝わってくる。

愛する家族の体温や、夕暮れの風の匂いや、鳥たちの羽音。

この子たちにカメラを持たせた菅洋志さんの素晴らしさをあらためて思った。

カメラというものが、この子たちの表現の可能性を、どれだけ広げたことか。
自由に操ることのできる、言葉さえもはるかに超えて。

人の可能性の、豊かな広がりを思う「文化の日」となった。

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右の写真は、クラスの子からのバースデープレゼント。
知り合いの方が作ってくださったものだそうだけど、あまりに可愛くて。
メロンのタネも、トトロの耳になれるのね。(拡大してね)

Cakes_3こちらは、夫の買って来てくれたケーキ。

息子の分も、亡き義父の分もあったけど、
またもや、わたしと娘がいただいてしまいました。

ウエイト減の「可能性」をあきらめたわけではないのですけどね。^_^;

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2007/10/08

「おじいちゃんの笑顔」にこめて

 夫と義母と3人で、親戚のおじさんのお見舞いに出かけた。

米寿の高齢に加え、一時期は肺炎も起こしたと聞いてずいぶん心配したけれど
まだ点滴生活ではあるものの、声だけはすっかり元気そうで一安心。

「寝てるもんだから腰が痛くてなあ。」
と言いながら、看護師さんに手荒くされるのだと訴える。

「まったくありゃあ、暴力団だよ。」

いつもの口の悪さに一層磨きがかかり、わたしたちは思わず失笑。(^○^)
「だめだよ、ちゃんとありがたく、感謝しなくちゃ。」
とみんなで言い聞かせつつ、

「ここの看護婦さんはみんなたいしたもんだ。本当によくやってくれるよ。」
と、同じ病院に入院して亡くなった義父の横顔を思い出す。

でも、「なにくそ!」と思うくらいの方が生命力はみなぎるのかもしれないかな。
看護師の皆様、お世話かけます、ごめんなさいね、と挨拶しながら退室した。

毎夕遠くからお見舞いに通っているお嫁さんも、ほんと頑張ってて立派である。
おじさん、早く良くなるといいな。また毒舌を聞かせてもらわないと。

 最近・・・

近くのお年寄りに暴言を吐いた子がいる、とか
おじいちゃんおばあちゃんへの言葉遣いがひどくて、とか

そんな話をいろいろ聞いていたので、クラスでも道徳で扱いたいと思っていた。

指導案を作らなくてはならなかったこともあり、資料を探したんだけれど
学年のせいか、お年寄りに席をゆずる、困っていたおばあさんの荷物をもってあげる、といった展開が多く、なかなかイメージに合う資料がない。

家族としてお年寄りの思いに気づき、その「親しみ」がさりげなく周りのお年寄りにも広がっていくようにできたら、と思うのだけれど・・・。

結局、・・・資料を自分で作ってみた。題名は「おじいちゃんの笑顔」。

 追記  おじいちゃんを疎んじたり、知らん顔したりしていた男の子が
  一人で行ったお見舞いをきっかけに、おじいちゃんとの話が楽しくなっていく、という内容です。

夫や娘にも読んでもらい、「いいじゃん。」なんて言われたので、気を良くして、いいことにした。(ここに載せて批評していただきたいけど・・・恥ずかしいのでやめときます。^_^;)

Cimg0956わたし自身は「祖父」という存在を知らずにきてしまったけれど
思いやりや、優しさじゃなくてもいいから、子供たちにはお年寄りとの思い出をいっぱい作って育ってほしいな、なんて思っている。

 写真は、敬老の日のランチ。
 実家には天然水のセットのギフトで。

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あ、そういえば
病院などで、お年寄りの方に、ちっちゃい子に対するように話しかけていることがあるでしょう?
実はわたしとしては、ちょっと・・・違和感があるんだけどな・・・。どうですか?

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2007/10/05

「ファシリテーター」とは何か

「授業改善ファシリテーター研修」という講義・演習に参加した。

8月のkeiさんの記事にあった「授業リフレクション」という研修が興味深くて、ぜひ経験してみたいと思っていたところに、

「授業分析の手法(授業リフレクション)を学ぶことを通して、授業改善を推進していくファシリテーターとしての役割を理解する」という目的の研修の案内が来たので、勉強させていただくことにした。

ファシリテーターの講義に入る前のミニ演習が面白い。

 Aランチ ビーフカレー、サラダ、りんご
 Bランチ ハンバーグ、目玉焼き、オレンジ、サラダ、ライス
 Cランチ とんかつ、キャベツ、ライス、漬物、ぶどう

この中から、グループ5人が同じものを食べるとしたら何にするか話し合う、というもの。価格は600円という設定。(もちろん、現実ではありませんけど・・・。)

初対面の5人があれこれ話し合い、結果的に・・・、我がグループはAランチに決定した。この話し合いを進めていく中で、自然に中心的な存在になっていった人がファシリテーターとしてイメージされる。

ちなみにファシリテーターfacilitatorとは、「中立的な立場でチームの会議プロセスを管理し、チームワークを引き出し、そのチーム成果が最大となるように支援する」人のことだそう。(「協働促進者」が日本語訳らしいけど、いまいちかな??)

ファシリテーターは、「言動」や「意味」や「感情」を推察しながら傾聴する。
雰囲気やルール、グループ構成や机の配置などにも気を配る。
気づきを促しつつ納得点をさぐる観察を続け、全員の合意による決定につなげる。

これは、学校に限らず、企業などでは早くから推進されていた手法で、個人を活性化し、意欲を高めるというもの。考えようによっては、人間同士のあらゆるコミュニケーションの場で必要なことだろうと思われる。

その考えを生かした授業リフレクションということで、

ビデオによる授業分析は、教師と子供の「良さ」と「疑問」を書き出していくという方法で進んでいった。

外観的な批評でなく、
授業した教師が自ら内省し意義や問題点に気づいていくことを重視する。そのために授業者に問いかけたり、多様な視点を提供したりする。

それぞれの授業観があるので、やわらかな問いかけはなかなか難しくもあるが、
問いかけや対話によって「未知の窓」を縮小していく試みは新鮮に感じられた。

今日学んだことを、応用できるいろいろな場面で生かしていきたいと思った。

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今日はかなり硬派??になってしまいましたが・・・。
往復5時間は遠すぎ。室内は暑すぎ・・・。研修は愉しかったけど、どっと疲れました~。

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2007/09/28

見えない心を伝え合うために

 「人の心の中は見えないし
  いくら考えてもわからないものだから・・・。」

もう3年以上前になると思うけど、まだ小学生だった娘が口にした言葉が、ふと浮かんでくる時がある。

以前、中学校に勤めていた。
思春期の少女達の感情は敏感で傷つきやすくて、しばしばもつれることもあった。
誰かに悪く言われて涙したり悩んだり、苦しんだり。

相談にきた子の思いを聞く。
相手の子と一緒に話をすることにする。
わたしはただ、二人の間に座る。

相談に来た子が自分の気持ちを話す。
相手の子が自分の気持ちを話す。
わたしは言葉をつなぎつつ、そうだったんだね、とうなずきながら聞く。

ただそれだけで、二人の心が通じ合って、泣き笑いの顔になって、帰っていく。

 ・・・そんなことが何度かあった。

小学生の心はもっと成長の途中で、なかなか友達の心までをおもんばかることは難しい。
機が熟しつつあると思うとき、心の声をクラスの友達に伝える場を作ってみる。

時に、話す子は、思いとともに涙があふれ
聞いている子供たちは驚きながらその言葉を受け止める。

そんなふうに思っていたんだ、苦しかったんだ、と初めて知って
・・・やわらかな優しい顔になる。

ちょっとずつ、言葉が変わり、関わり方が変わっていく

今日も、そんな場面があった。そんな時間を共有した子供たちが、愛おしかった。

・・・・でも、

わたし自身は優しい子供ではなかった。気が強かったし、わがままだったと思う。

大人になっていくにつれ、いえ、母となり、仕事を続けていくにつれ、そういう自分に気づくようになっていた。その時に思ったことが
「もっと小さいうちに、人の思いに気づきたかった。」ということだった。気づかせてほしかった、教えてほしかった、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。

心の基盤をしっかり育てるのは家庭の役目だと思うけれど
人との関わりから教えていくのは学校なのだろう。

大切に思っていることは
机上で終わらず、実感する、ということ。 感じる、ということ。
そうでないと、心には刻み込まれない気がするから。

「心の教育」なんて、大上段に構えるつもりはなくて、ただ担任として、お互いの「見えない心」「考えてもわからない心」を通わせる手助けをしてあげたいと思う。温かい気持ちで。

そこから学んでいく力が子供たちにはあると、信じているから。

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なんだかつい力んでしまいました。ちょっとまだ、余韻かもしれません・・・。ごめんなさいね。

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2007/08/11

右脳教育?感性豊かな夏休み

「学校の先生はボケ易い。これは事実です。」

と衝撃的に?始まった、先日の講演会。講師は早期認知症研究所の金子満雄氏である。概要はここがわかりやすいかも。
演題は「右脳教育の重要性ー人生における感性の意義」。

バイオリンを片手に、右脳マッサージと称した「千曲川」の演奏がオープニング。スライドを映しながらの、やや毒舌気味の講演であったが、なかなか面白かった。

教員には真面目で仕事は忠実にこなす人が多いが、感性が不足している。勉強・仕事・論理的思考などに関する左脳は強いが、音楽にも絵画にも関心を示さず、スポーツやゲームにも関心を示さず、ユーモアも冗談も言えず、友達もできにくい。・・・とのこと。

教員をそういう類型でとらえてほしくないし、自分はちがうぞ~(ーー;)、とも思うんだけど、でも他業種に比べるとそういうタイプの人の割合が高いと言われれば、そうかもな~、とは思う。

ここで質問。

 「今の季節に咲いている花の名前を七つあげられますか?」

あげられない人は、ちょっと危ないんだそう。あと、トランプの遊び方を20種類くらいは知っているか、とか。戦争、7ならべ、ババ抜きしか知らないのは人間未満だそう。(~_~;) (ま、たとえば、ですけどね)

 そ