2009/05/13

ミッフィーと「美術館へいく」

 ひろみママさんの記事を読んで、行ってみた~い!と思った企画展があった。Saitama_2

埼玉県立近代美術館の、「美術館に行こう!」。

ちょうど数ヶ月前から5月に東京にいく予定があったため(この記事は次に)、足を伸ばして、北浦和まで行くことにした。

 ・・・時間もあまりなかったし
   作品もそんなに多くはなかったけれど

 とっても楽しいひとときだったhappy02

上のリンクに詳しい説明があるけれど、(5月17日までしかないのかも?) 展覧会は三部構成。その第1部である「見てみよう」では、ブルーナの絵本「うさこちゃんびじゅつかんへいく」のお話にそって、作品が展示されている。

 最初は「ほんものそっくり」。うさこちゃん(今は・・・ミッフィー?)が「まあ、このりんご、ほんものそっくり。」という場面から、ほんものそっくりな絵の展示が始まる。

 「ジェリーにスプーンC」という油彩の作品の、ぷるるんとしたピンクのゼリーの美しさに、思わずしばらく立ちどまって、見とれてしまう。近くにいた小さな女の子もとってもうれしそうに見つめていた。

 「いきものいろいろ」ではハイヒールを使ったペンギンや、まるい金属をつなげてできた「ズイズイズッコロバシ」がとっても面白い。その発想に感嘆!

 あざやかな色彩が美しい「いろのぼうけん」も、アクリルの中に薔薇がある椅子「ミスブランチ」も、本当に、うさこちゃんと一緒に展覧会を楽しんでいる気持ちになってきた。

 絵本の最後のことばが良くて、Usako

「わたし がかに なるの!」 

うん、きっと、そんな気になりそう。

 第2部は「考えてみよう」。ブルーナの描くいろいろな世界が広がっていた。じっくり観る時間がなかったけれど、温かな作風が伝わってくる。

 こんなふうな美術館の楽しみ方って初めてだなあ、と思った。

 家に帰って、買って帰った絵本の読み聞かせをしてしまった。
「あ~~、そのゼリーの絵、みたかった~!」と娘が嘆いていた。

 教室の子どもたちも、図工が大好き。いつでも人気の教科である。

この前は、先輩の先生の実践にならって、三原色だけで自画像を塗った。色づくりに苦労しながらも熱中して、一生懸命で、そして・・・うれしそうな子どもたちだった。

 あ~、ここが近かったら、子どもたちに行っておいでよと言ってあげられるのに。本物の良さにふれながら、「鑑賞」を超えて、夢が広がっていくのではないだろうか。

 またいつかどこかで、違う美術館の作品を、ミッフィーちゃんと一緒に見てみたいな。幼い日の、新鮮な心で。

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2009/04/12

あの教室で このスタッフと!

1週間しか経っていないというのに、

前の記事の日のことがはるか昔?に思えるほど、
目が回るような学年始めの日々が続いていた。

新年度のスタートは、1昨年、今の学校に赴任した時と同じ教室。

あの時は、初めての学校で、初めての学年で、とても不安だったけれど、
1年間がおよそ見通せる分、今年は少しは気持ちに余裕がある。
(とはいえ、一年間の担任免除で、ちょっと鈍っている面はあるんですが^_^;)

30人の子供たちのことを、早く知っていきたい、と思うし、
おうちの皆さんとも、早く話をしてみたいな、と思いながら、学級通信をうつ。

№1が№20になる頃には・・・、そして№40になる頃には、とイメージをふくらませながら。

 去年の学年部の雰囲気がとても好きだったので
別れるのはつらいな~、と思っていたところ

なんと、ほぼ同じスタッフでまた1年間いけることになった。

すてきな「マドンナ」と(←歓迎会でそう紹介されたのheart01パワーあふれるヤングマン。
またこの2人と組めるなんて、・・・いいの??だったけれど、

「チームワークの良さを生かして、学年全体を伸ばしてほしい」
と仰せつかった。

はい、同僚性を生かして、がんばらせていただきます。sweat01

一昨年は、学年主任とはいえ、クラスのことしかまともにできなかったので、
今年はしっかり学年全体をみてやっていきたい。(と・・・決意を記しておこう。)

この担任3人に、ユーモアあふれ、人間性豊かな←本人曰く(^<^)教務主任が加わり、まさに「最強の学年部」。 (うそで~すbleah

 実り多い1年間にしていきたいと思っている。

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ちょうど真上の階は、去年までもっていた子たちの教室です。
とっても大きく、たくましく見える5年生を、担任3人で懐かしがっています。
2年後には、あんなふうに成長するんだなあと、あらためて感じながら。

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2009/02/22

二分の一成人式の記録として

 二分の一成人式。20歳の半分、10歳の式である。

「・・・ななつ、やっつ、ここのつ。」と「つ」のつく年齢を過ぎて、思春期の入口に立つこのときに、生まれてから10年間の自分の成長を見つめ直すとともに、支えてきてくれた家族をはじめとする周りの人々への感謝の思いを新たにしていく・・・。そして、20歳の成人式にむけて、自分の足でしっかり歩き始める。・・・そんなイメージの「式」。

 先週行ったこの式について、ちょっとオン&オフの要望もあり、まとめておきたいと思う。長くなりそう。ごめんなさい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

わたしがこれを行うのは2回目で、前回はもう10年近く前になる。その時にとても温かな気持ちでいっぱいになったので、ぜひまた4年生を担当したら行いたいと思っていた。

その時は単学級だったけれど、今回は3クラス。クラスごとに行う方法もあるけれど、やっぱり、これからをともに歩んでいく仲間みんなで、と思ったので、学年のスタッフと相談をしながら、プログラムを作り上げていった。

1月はじめのオリエンテーションを経て、子供たちの意見や希望をもとに四つのチーム(コース)を作った。劇のチーム、スライド上映のチーム、情報紹介のチーム、詩と音楽のチームに分かれて進めていくことになった。

何をしたいか、どんなふうにしたいか、担当とともにチームごとの思いで進めていく。時間も計り、順番も検討して、約1時間弱のプログラムが出来上がった。Card

この日のために、

子供たちはパソコンを使って自分の写真入りの感謝カードを作った。おうちの方への手紙も書いた。

そして保護者の皆さんにも

小さい頃のエピソードを寄せていただいたり、出生時の体重や身長、名前の由来などを教えていただいたりしたばかりでなく、

お子さんへの手紙を書いていただいた。

きっと、お忙しい中たいへんだったと思うけど、気持よく協力してくださった保護者の皆さん、ありがとうございます。

 当日、開式前の会場に、BGM「メモリ~ 2分の1成人式によせて」を流す。子供の人数分用意した席がどんどんうまっていって、開始時刻となった。

はじめの言葉に続いて、スライドショーが始まる。

 たくさんの写真をカメラで接写して作った思い出のアルバム。一枚一枚に、子供たちの歓声が上がる。ほんとに、ちっちゃくて、可愛くて。heart04愛情いっぱいのまなざしが、レンズの向こうにあるんだろうな。

つづいて、劇となった。できるようになったことや将来の夢soccerbaseballを楽しい寸劇にしていた。リズム良く、テンポ良く、動き良く、思わず爆笑。お笑いでも、けっこういけるかも?

そのあとは、報道ステーション。生まれた時のサイズをグラフ化したり、思い出や将来の夢をランキングで発表したり、工夫を凝らしている。幼稚園の時も、今も、夢の一番人気の憧れの職業はパティシエだそう。
名前の由来の発表にも、思わず、なるほど~、である。

ここでエピソード紹介が入る。紹介するのはスタッフであるわたしたち4名。愛らしく楽しいエピソードの数々に、笑顔が広がっていく。お母さんたちの文、最高!さすがです。

このあと、詩と音楽のプレゼントとなった。Okasan子供たちが選んだ詩の出典は、同じ年の子供たちの書いた、→写真の詩集たち。「おかあさんの手」にほろりとした後は、あの「いのちのバトン」。
そして、「まあるいいのち」の合奏にじんわりとなっていく。ハンドベルの響きがとってもすてき。同僚のセンス、さすがです!

そして、手紙交換の時間。座りきれないほどの保護者の皆さんでいっぱいになった室内で、手紙を交換し、封を開ける。読んでいるときの表情が・・・なんともいえなかった。

最後は全員合唱で、「遅すぎないうちに」という曲を歌った。一緒に口ずさみながら、弱い涙腺がつい・・・ぽろり。weep ほんとに、愛おしさでいっぱいになってしまう。これからも、がんばって生きていくんだよ!!

終わりの言葉は、感謝ということを思った、これから本当の成人式を立派に迎えられるように生きて行こう、と結ばれた。おうちの人の方を向いてお礼の挨拶をして、式が終わった。

 国語の力を意識してしっかりスピーチをする場合もあるし、立志式というイメージの場合もある。その担当スタッフの色合いも出ると思うけど、今の学年のスタッフは・・・、何となく楽しさやあったかさがどこか似ていて、こんな感じの式になった。・・・チーム力っていいな、と思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その後は、最後の学級懇談会だったので、わたしはおおかたの片づけをしてから職員室に戻っていた。ちょっと放心状態。しばらくするとお客様があると玄関に呼ばれた。

 一人のお母さんだった。初めて話すお母さんだった。

「今も懇談会で話して来たのですけど、とても良かったのでお礼を言いたくて。」

3番目のお子さんで、上の二人はもう大きいのだという。初めて二分の一成人式を見て、とっても感動したと言ってくださった。学年でやってくれたことも良かった、全部見ていなかった人にも見てほしいし、これからにも伝えていってほしい、とおっしゃった。

わざわざ伝えに寄ってくださったことが本当に嬉しくて思わず涙が出そうになった。

 学級懇談会を終えて降りてきた同僚たちからも、

「良かった、ってみんな言ってくれましたよ。懇談会、半分以上はその話でした。」
「手紙を書くのはとってもプレッシャーだったみたい。だけど、それで、今までを振り返れたって言ってくれました。」
「手作り感が良かったっていう声があったよ。」

うれしい報告が続いた。

 とっても・・・いい日だった。

4年生や、そのご家族にとっても、そんな日であってくれただろうか。
心の成人式として・・・思い出に残る一日になってくれたことを、祈っている。

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 やっぱりとても長くなってしまいました。お読みいただいて、ありがとうございました。

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2009/01/06

思い出はジブリと将棋と同窓会

 今日から、3学期が始まった。

 始業式、学活のあと、3時間目は算数。
3学級が4クラスに分かれる少人数指導の時間である。

いつもは席について待っている子どもたちが、みんなで前のドアのところにぎっしり集まって

「あけましておめでとうございま~~すsign03

と、と~っても明るい大きな声で迎えてくれた。

「おめでと~!元気だった?今年もよろしくね~!happy01
と言ってから、

・・・ほんとは和やかに冬休みの話でもしたいところだけど、

学力定着度調査が数日後に迫っているため、いきなりわり算の筆算の練習などをしっかり始めるしかなくて、・・・ちょっとむなしかった。gawk

 休業明けの、あのなんとも言えない、新鮮な再会はとっても好きで、子どもたちの話を聴いてから自分も思い出を話すのが楽しみなんだけど、今年はそれができなくてつまらないから、せめて記事にしておくことにしようかと思う。 Ghibli1_2

  ・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・   

 念願の、三鷹の森ジブリ美術館に行ってきた。
パンフレットには、「迷子になろうよ、いっしょに。」って書いてある。Ghibli2_4

 順路のない空間、映画が生まれる部屋、窓のあるミニ映画館、きれいな天井画に、不思議な螺旋階段、ぼよ~ん とし たネコバスや屋上のまもり神。周りに広がる、緑の森。

どこかわくわくする、あちこち歩き回ってみたくなる(←人が多すぎたけど)、不思議な魅力の美術館だった。

TVだけど去年の久石譲in武道館も良かった。 ジブリ作品はやっぱり好き。森の中にとけこむようにたたずむこの美術館のように、自然の中で息づいている感じがやすらぎを与えるのかな。

 風が強い日だった。木々のざわめきに耳を澄ませたとしたら、隠れた不思議がすうっと顔を出してきそうな昼下がりだった。

 ~~ ~~ ~~ ~~ ~~ ~~ ~~

 初めて、将棋をやってみた。

恥ずかしながら、はさみ将棋やまわり将棋くらいしかやったことがなかったけど、息子や父が将棋好きなので、お正月に教えてもらっShogiた。

なんとか駒の動かし方がわかったくらいで、まだゼンゼン先は読めないけれど、(→駒を立てて写真を撮るようではだめよね)

夢中になるという人の気持ちも
将棋をやっていると数学が冴えるという話も
なんとなくだけど、わかる気はした。

これからは、たま~に息子や父に相手をしてもらいながら、脳の活性化のために少しはたしなむことにしようと思う。(・・・教室の、「雨の日rainボックス」にも、いいかもね。)

~~Dosokai ~~ ~~ ~~ ~~ ~~ ~~
そしてなんと言っても、いちばん心に残ったのは、同窓会に招いていただいたことだった。

中学校に勤務していた最後の年に担任した1年生が、もう25歳になっている。

 12年ぶりの再会。

「全然かわんないですね!」「25歳の中でもホント違和感ないですよ~。」
などとみんなに次々に驚かれたこともかなりうれしすぎたけどbleah

 それぞれの人生を歩んでいる様子が、とってもすてきだった。

幼稚園の先生になったという子や、もう二児のお母さんだという子。
農協に勤めているという子もいれば、資格のために勉強中だという子。
ハウスメーカーで設計をやっている子とか、臨床検査技師をやっている子とか、鍼灸師の資格を取った子・・・。(25歳なのに「子」ですみません)

当時、少し登校渋滞だった子は今はお芝居に魅せられて活動していると溌剌と話していた。「わあ、すごい!覚えてる~?迎えに行ったりしたの。」「覚えてますよ!」さわやかな笑顔がうれしい。

 こうやって、みんなそれぞれ自分の人生を生きているんだ。

 中1の頃の幼さが残る表情が、今の大人びた顔に重なって
 ああ、本当に・・・感無量。すがすがしい喜びが広がっていくようだった。

 ありがとう、25歳のみなさん。

 今 目の前にいる子どもたちは、いったいどんな大人になっていくのだろう。
なんだか楽しみでたまらなくなってくる。

「いい一年にしようね。」 子どもたちに、思いをこめて呼びかけてみたいな。

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2008/12/13

花のき村のブラックシアター

Hananoki1 「ごんぎつね」を終えたので、新美南吉の物語を読ませたいと思って学校司書さんにお願いをしたら、「花のき村と盗人たち」のブラックシアターがあると教えてくださった。

図書ボランティアさんたちが作ってくださったもので、頼めばいつでも上演してくださると思う、というお話。わあ、ぜひ!・・・とお願いしたものの、・・・

 子どもたちで上演できないものかと思い立った。

 演劇が、好きである。

子どもたちが劇を演じることで育つものはいっぱいあると思う。

キャストとして、スタッフとして・・・表現力もそうだし、企画力やコミュニケーション能力や・・・。
リハーサルの時の緊迫感や高揚感。やがて一体感が絆となり、思い出となったときの輝き。

子どもたちとの劇の思い出を語り始めればきりがなくなってしまうほどだ。

でも、作り上げるまでの時間も必要なことなので、なかなか機会を作ることは難しい。

だから、このブラックシアターは、最適だと思った。

 お話は、こちちの通り。

盗人のかしらを主人公に、4人の盗人たちが登場する。地の文も情感豊かに読んでほしい。国語好きな男の子も多いクラスなので、出番もばっちり。

 学校司書の先生にお願いして、ブラックシアターについて説明をしていただく。体操着が白く光る真っ暗な教室(理科室)で、映し出される登場人物たち。

 わたしの朗読にあわせて司書さんが絵を動かしていく。暗闇に浮かび上がる幻想的な光景に、ひきこまれる子どもたち。

 初めて「蜘蛛の糸」のブラックシアターを見たときの不思議な感覚を思い出す。

 あと二つのクラスに見てもらおうと、さっそくキャスト、スタッフを決定し、練習を始めた。Hananoki3Hananoki2_3

パネルに 塗料で描いた不織布をはっていって、それを特殊な蛍光灯で照らすの。)

     昨日、リハーサルをした。

「かしら」らしさを出すために、練習しあう。
ちょっと早いよ、もっとゆっくり、など、アドバイスしあう。
雰囲気に合わせるために、もう一度キャストを入れ替える。

真っ暗にするために、脚立を使って暗幕をとめる。
水車をどう動かすか、どんなふうに出し入れするか、相談し合う。

それぞれのグループで、どんどん進んでいく子どもたちの活動ぶりが、とってもかっこいい。

 Hananoki0パネルをよく見てもらえるように、当日は、後ろに並んで読んでいくことにした。(右の写真は、懐中電灯を使って読んでいる子どもたち。)

 上演は来週の火曜日になっている。うまくいきますように。違うクラスの子たちから、いっぱい拍手をもらえたらいいな。

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牛をわたしていった子どもを盗人たちが捜し歩く月明かりの夜。
今夜は、今年最大の満月だそうなので、今日アップしました。

keiさん、「モチモチの木」のブラックシアターもすてきそうでしょ?

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2008/12/09

点字と点火 現代っ子事情?

 夜7:00近く、学期末の事務処理が続く職場で、携帯メールmailtoが届いた。

何度か記事にしている、全盲の歌手・大石亜矢子さんからだった。

「お手紙読ませていただきました。
 点字で書いてくれたんですね。
 うれしかった。
 みんな読めましたよ。
 ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。」
(御本人の承諾を得て引用)

学年部の職員はみんな残って仕事をしていたので、このメールにわあっTenji_2、と笑顔が広がった。

 先週、子どもたちが書いた大石さんへのお手紙を送ったのだ。

大石さんの歌への感動や、セロシアの可愛らしさ、一緒にコンサートを聴いた家族からの声、感謝など、子どもたちは一生懸命点字をうったのだけれど、はたして本当に読めるものか心配だったので、その旨、メールをしておいたのである。

 とっても・・・、ほっとした。coldsweats01

 実はこの頃、町を歩いていても、点字やブロックなどが気になる。

 もしわたしが小学生の頃に点字や手話にふれていたら、目の不自由な人や耳の不自由な人と友達になりたくなって探していたんじゃないだろうか、なんて思うことすらある。

わたしが小学生のころには、学校ではこうした活動はなかったから、そういう意味では、今はいいなあ、と思う。

 

昔の小学生は知らなかったことを学んでいる一方で
昔の小学生はできたのに今はできないこともたくさんあるわけだけど・・・

 たとえば、マッチ。

 理科で、アルコールランプを使い始めた。

マッチで火をつけるので、最初はマッチのすり方から勉強する。プリントも使って説明をしたあと、いざ、点火。impact

子どもたちの緊張度はピークに達し、命がけといった表情で火をつける子も。

「先生、わたし毎日家でマッチをつける練習してるの。」
という、マッチ売りの少女みたいな試みや、

「おじいちゃんちにマッチがあったけど、湿気ててつかなかった~。」
と、なんとも年代を感じさせる話や、

さらに、実験が不安で学校に来るのが気が重かったという子がいたとも聞いて、

現代っ子にとっての、「マッチ」の存在感の大きさをあらためて思うのである。

 我が家でこの話をしたら、「あたし、高校生になって初めて実験でマッチすった~。」という娘にびっくり。これまで、ずっと誰かにやってもらっていたらしい。ありがちかも。(ーー;)

 でも、せっかくマッチを使えるようになっても、今マッチって、使うときがないのがなんかさびしい。

高校や大学の頃は、喫茶店に行ってはマッチをもらってきてたんだけどな。

よくある、マッチ棒を使ったクイズなんていうのも、今の子にとっては本やテレビの中のものなんだろう。

・・・なんて、マッチが愛おしくなってきた。今度はちょっと、マッチ棒で遊んでみようかな。

点字にも。マッチにも。子どもたちに出会わせたいものっていっぱいあると思う。

一人の大人として、自分自身が、いろんな引き出しのある豊かな日々を送れるようにしたいって、今日はそんなふうにまとめておくことにしよう。

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2008/12/03

初任者への授業公開を通して

 全員が一度は 初任者に授業を公開する。
今日は、わたしの番だった。リクエストは国語。

「ごんぎつね」を公開することになった。2年前に安東小でみた、「ごんぎつね」。
やってみたいと思っていた教材である。が・・・

 以前にも書いたけれど、研修の関係で今年は担任をしていない。週に4時間だけの入り授業では、イメージする授業は とくに国語ではなかなか難しい、とも思う。

 でも・・・

その条件でできる授業なら、逆に初任者にとっては参考にしやすいのではないか、と思った。二人とも、センスは抜群である。

 最近よく思っていることは、「同僚性」ということの大切さ。

スーパーティーチャーはいらない、と何かの本に書いてあったけれど、別にいらないとは思わないけど、やっぱり学校として、できる限り全体の質を高めていく努力が大事なことだと思うし、それには研修の日常化が鍵だと思っている。

 初任者や若い人がいることは、とても貴重なことで、どうやって授業を進めていこうかと相談し合う中で、自分自身の指導を見つめ直したり、整理したりすることになって、ずいぶん勉強になる。

 自分は一生懸命やったとしても、負担が大きすぎたら参考にはならないだろうと思えば、いかに工夫するかを考えなくてはならない。マニュアル通りにいくものでもないけど、働きかけや支援の言葉なども少しは伝えていきたい。

 ふくらましていきながら、同時にそぎ落としていく、そんな感じ。

 今日の授業を通してわたしが伝えたかったことはどんなことであっただろう。

・文学作品を子どもたち自身が読み込んで表現に気づいていける力をつけたい。
・思いや考えを伝え合ったり、聞き合ったりすることの喜びを感じさせたい。
・ノートへの書き込みや、話し合いの後のまとめを通して必ず個々の理解を確かめたい。

 いずれもあたりまえのことなんだけど、・・・そういうことを、子どもたちの「具体」で見てもらった。安東小の板書の写真も見てもらった。二人はいろんな質問をしながら熱心に話を聞いてくれた。
 もう何年かすれば、わたしなんて追い越していくんだろうな。それを思うと、ちょっとわくわくする。

 折りしも、夫の職場では、経験数年目の若い先生の国語の授業研究があったそうだ。

 とっても気持ちが良かった、と言っていた。

 発言を生かしきれないところは少しはあったものの、子どもたちが、困ったところを出していって学習課題が自然に成立して、それに対して子どもたちが一生懸命考えて取り組んでいた。それに、お互いの話をとてもよく聞いていて、学習のルールがよく身についていた。学年としてよく取り組んでるのがわかる。高学年もうかうかしていられないと思ったよ、と。

 視察に行った、長良東小のことを思い出した。

ある参観者の人が、「ここが本当に凄いと思うのは、どこのクラスもみんな同じように育ってる、っていうことなんだよね。」と言っていた。「共通の学び方」というのが徹底しているのだ。元気で、時に体育会系という感じも受けるけど、まさに学習集団となっている。

 それでいて、型にはまっているのではなくてとっても明るいし、人なつっこい。

 「教師の個性がみなぎる 朝の会・帰りの会」も魅力的だ。

それらを基盤として個人テーマを追究しているので、深まり方も違うのだろう。掲示物も学習環境としてとても素晴らしいものであった。

 長良東の先生たちには遠く及ばないけれど、自分のできることはがんばってやっていきたい、とあらためて思った今日だった。同僚性を生かしながら、若い人に負けずに、少しでも、日々成長していくためにも・・・。

にほんブログ村 教育ブログへ 学期末のあわただしい中で、とりとめのない文章でごめんなさい。
    どうしても今日、書き記しておきたくて。 ブロガーの皆様、土日にはお邪魔しますね。

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2008/11/11

夢をもって…各務真奈美さん

   「夢をあきらめないで
    手段や方法を工夫すれば
    きっと叶えられる
    今は結果ではなく経過だ
    人生は夢の途中」

ホワイトボードにはられた言葉が、大きな説得力をもって迫ってくる。

介護福祉士・各務真奈美かがみまなみさんの講演。

アスペルガー症候群の息子さんと、ADHDをもつ息子さん。
さらに頼みの綱でもあったお嬢さんが、体育大会練習中の事故で、重度の麻痺になってしまう。

信じがたいほどの過酷な運命を、涙しながらも希望をもって切り拓いていく。

とっても明るくて前向きで、
何よりも、それぞれのお子さんたちの才能を信じて愛している姿、

一人ひとりが生きている意味をたしかに見出して
夢の実現を全力で応援している姿、

その思いと力を多くの人たちに伝えていこうとしている姿、

・・・会場はあったかい涙に包まれて、感動と勇気をもらえるひとときだった。

ひときわ眼をひく軽やかな動きで、踊ったりドラムを叩いたりするADHDの大二郎クンや

手を器具で固定させて達筆ぶりを披露する珠実ちゃんの笑顔。

披露されたDVDから、各務家の元気があふれだしてくる。

「夢は、口に出して伝えていくことが大事。
 そうすれば、きっと誰かがみていてくれて、助けてくれる。」

そう話す各務さんは、次の夢にむかって輝いていた。

がんばれ、各務家の皆さん。そして・・・ありがとう、各務家の皆さん。

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あ、応援の意味で一言だけ加えると、(同僚も言っていたのだけど)
最初どうしても文節ごとの話し癖 が耳についてしまうので、
誰か話し方のコーチをして、彼女の講演をよりすてきにしてあげて~。・・・と、祈りつつ、

応援しています、心から!!(^o^)/

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2008/10/07

授業研究会前の近況は

「とてもお忙しい時期なのですね、つぼみさん。
くれぐれもお身体に気をつけて下さいね。」
ぜったいお返事はいりませんからと、ブロ友さんよりあったかなメールをいただいて、もしかしたらそんなふうに気にかけてくださっている方がいらっしゃるのかも、なんてついつい期待して?happy01、久々に更新のページを開いています。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 授業研究会を間近に控え、先週は連日、通常より2時間程度帰宅が遅れていた。
土曜日も朝から夕方まで勤務。日曜日は娘の高校の行事の手伝いもあって、多忙を極めていた。(ブログの書きかけの記事もあるんだけど、放置状態です。)
 授業の検討は夏からずっと続いているが、また実際に単元が始まってくると新たなあらわれも見えてくる。学習指導案というものに、目標や単元構想や、子供たちの様子などを詳述し、当日の指導過程も書き表していくわけだが、このおよそ5,6ページの内容はかなり濃い。わたしは、授業研究の担当として、全学年のそれらにすべて目を通していくことになる。
 指導案のできばえよりも授業での子供たちの姿こそが大切であるのは言うまでもないけれど、伝えたいことは指導案に表しておきたい。授業者の思いがそこにつまっているのだから。そう思うと、サーバーに提出された指導案の点検にも時間がかかる。
 研修のあゆみのプレゼンテーションも作成し、ストップウォッチ片手に原稿のチェック。打ち合わせのための説明書や名簿の作成や、研修室の整備などなど…。運動会の前日も、遅くまで授業の協議をしていたほどだった。
 もちろん、通常授業を進めながらの仕事であるので、かなりハードになっているというわけで、こうなってみると、今年担任をもたずに任命されたことはありがたいということになる。
 …という状況ではあるけれど、でも、貴重な体験もしている。
 それは、すべての学年の研修の様子に少しずつではあるけれどかかわらせていただくことで、いろんな教室のいろんな授業の、飾り気のないライヴをみることができるということだ。
 指導や助言の力はないけれど、一緒に考えたり、子供たちの意外な反応を味わったり、教科の本質を考えたりと、本当に勉強になる。デジカメをもっていってその様子を取材して、研修だよりで紹介していくことも愉しい。授業者の案にそった授業をして、みてもらうこともある。
 これまで、小さな学校が長かったため、多くの先生たちとつながれる感覚もとてもうれしい。
 今年は、初任者や若手の先生が何人かいる。聞かれたときには自分なりのコツのようなものを伝えるようにしてきたけれど、言葉だけでなくて、実際の授業を通して考えていける機会があることは、逆に自分自身を振り返ることにもなって、新鮮な気持ちになる。
 もちろん、教材研究の時間(授業のない時間)はすべてつぶれるけれど、それがまったく苦にならない、今の心境である。
 どの教室にも、子供の数と同じくらいの参観者が入る。素晴らしい授業とまではいかなくても、子供たちのいきいきとした姿が見られたらいいな、と思う。授業者の先生たち、がんばって!とエールを送りつつ、明日もしっかり仕事をするぞ、と誓う日々なのである。

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 ブロガーの皆様、御無沙汰していてごめんなさい。三連休にはゆっくりおじゃましますね!

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2008/09/06

囲む会・ある校長先生の魅力

 この春に御勇退された校長先生を囲む会が開かれたwine

 ・・・と書くと、

いかにもそぐわない表現だな、と思うほど、若くて面白くて気さくな先生(男性)。

約60名という、通常の倍以上の参加者数が、その絶大な人気を物語っている。

 3校で校長先生を務められたけれど、わたしが御一緒させていただいたのは最初の、つまり新任校長としてみえた学校での3年間だった。

校長先生だけれども、
誰に話しかけるときも、基本的には敬語。それでいて、ユーモアに富む。

校長先生だけれども、
飲み会はGパン姿で、歌うのはフォークソングnotes 本音トークで、自虐ネタも多彩。

校長先生だけれども、
いつも担任たちと一緒。困ったときには、親身に相談にのって助けてくれる。

 そんな先生だった。

 ちょうど当時はPCpcが入り始めた頃で、職員室の床は配線が入り乱れていた。埃になりがちな何本ものコードを束ねて、カバーをつけてデスクにすっきり取り付けてくれたときの美しさは、感動ものだった。

 古い校舎で天井が高く、蛍光灯が少なくて仕事をするにも暗い感じだった職員室を明るくするために、すべての蛍光灯のところにきれいにアルミホイルをはりつけてくれて、嘘のように明るさが増した時の驚きも鮮明であるflair

 子どものことでも、保護者とのことでも、担任たちはいつも校長先生を頼ることができた。活動のようすや、がんばっていることを、よく見ていてくれて、さりげない一言でそれを示し、励ましてくださった。

 「つぼみさんは、子どもといろいろやっていくことを、大変に思わないで自分の充実感にしていく人だからなあ。」「出張に出ると、旅費以上にモトをとって帰ってきますよね。」・・・そんなふうに言ってくださったことがある。
 その3年間も研修を担当していた。「動き出す学びをつくる」をテーマに実践をまとめていた当時の研修集録を見ると、はりきり具合が思い出されて懐かしくなる。

 囲む会では、2校目の学校での、こんなエピソードも披露された。

 新規採用で、アパートで一人暮らしだった男の先生が、インフルエンザにかかって休んでしまった。食欲もなく、ひとり寝ていたところに、スーパーの袋を提げた校長先生が現われ、台所で鍋焼きうどんをつくってくださったという。

「新採で、校長先生に、自分の部屋で御飯をつくってもらったというのは、日本でもたぶん僕一人だと思います!」という言葉に、拍手喝采だった。

 大きな学校でも、若い人たちをはじめ、誰のことも大切にしてくれて、みんなをうまく引き込んでくれるため、3校目の学校では還暦祝いも大いに盛り上がり、職員の結束も強固なものになったらしい。「親衛隊状態ですね~。happy01」なんていう言葉も聞かれるほど。

 久しぶりに集まったわたしたちも旧交をあたため、もと教務の先生(今は校長先生)が、またこのメンバーで集まろうよ、と言ってくださり、冬の再会を約束した。

 子どもにとっての担任と、担任にとっての学校長は、似ているのかもしれない。

 もちろん、人柄のみならず、学校教育に関する課題にも精通されている。

御勇退後も、エネルギッシュに教育研究の仕事を続けられている先生に、ずっと活躍してほしいと心から願う夜だった。

にほんブログ村 教育ブログへ  やっぱり人気が出るのは、「ひとごと」にはしていない、熱い人なんですね。某首相に教えてあげたいような^_^;。

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2008/06/17

理科の勉強は好きでしたか?

 2日間、理科の勉強をしてきた。

新学習指導要領では「理数教育の充実」がうたわれており、教職員の研修にも力が入れられている。

わたしはと言えば、理科は・・・苦手教科。

中学までは、数学が一番好きで得意だったのに、教員としての専門が国語なのも、・・・理科が一因なのである。coldsweats02

しかも、小学校教員として理科を担当したのは、なんと昨年が初めて。それまでは、中学年担任が1度しかなかったこともあり、理科は入っていただいていた。

「もっと専門的な知識がたくさんあれば、子どもたちにもいろいろなことを教えてあげられるのに、って、情けないんですよね・・・。」

と、理科が専門だという先輩の先生に言うと、

「そんなことないのよ。専門だと、かえってそれがじゃましちゃうこともあるの。子どもと一緒に感動しながらやっていけるって、いいわよ。」

と励ましていただいたけれど、・・・

本当に、今回の研修は、とっても愉しかった!!

2日間、化学、地学、物理、生物の各領域についての指導法を勉強していく。

Co2研修の報告はまた別に作成するのだけれど、なかなか面白かったことだけいくつか御紹介してみたい。(とっくに知っている、~という方、お許しくださいね!)

化学領域での、呼気の実験。呼気に含まれる二酸化炭素は約4%という知識はあったけれど、筋肉量が多くて代謝の良い人は、5~7%の場合もあるとかで、・・・自分としてはどちらかというと、温暖化防止側なのだとわかった。^_^;

呼吸と燃焼が同じことだという見方も、今までしたことはないものだった。

Kaseki_3地学では、研修の建物付近の「泥」を洗って有孔虫を観察した後、バスに乗って「化石のトンネル」と言われる場所を見学した。

土のように見えるけれど、さわるとざらざら感のある「砂」である。トンネルの上の部分には、小石や、貝などがたくさん埋まっている。そこは200万年前の、浅い海の底。

「みなさんは、200万年前の海底に立っています。」
建物のある場所は「沖」だったわけなので、海底を旅したことになる。
地層が雄弁に語る海と陸の歴史は、とても興味深いものだった。

Game

物理の分野では、1秒で1往復するふりこを作ったり(これは、ひもの長さが重要で、重さは関係しない)、

ゲーム形式で、球を放して、ガラスビーズの入ったファイルケースを動かす実験をしたりして、

Kenbikyo条件制御していく中であれこれ思考するのが面白い。

生物では電子顕微鏡でどんどん大きく見えていく対象に驚かされた。(右⇒の写真、なんだと思いますか?)

メダカやモンシロチョウの飼育のコツも教えていただき、
話には聞いていた、Uka冷蔵庫に入れておいたさなぎを、電灯の熱で羽化させるという実験も、見ることができた。

Shigaisen 本当に、短時間で次々に羽化してきて、びっくり。

さらにびっくりしたことは、昆虫には紫外線が見えているため、人間が見るのとはまったく違ってはっきりとオスとメスが見えているのだという。⇒こんなふうに。(紫外線を吸収するオスと、反射するメス。)

知らないことを知っていく、見ていく、考えていく。・・・本当に愉しいことだと、あらためて実感した二日間だった。

・・・といっても、理科を教える教員としては、まったく、まだまだなのだけれど・・・

この研修のための新幹線と宿泊の部屋で読んでいたのは「博士の愛した数式」(小川洋子)だった。

ベストセラーになっていた頃、娘が買って、夫も読んだのだけれど
わたしはまだ読んでいなかったので(つらくなってしまうのかと思って)、遅ればせながら手にとった。

本当に、数字の、数学の美しさを感じた。まさに、命があるように。

切なさに包まれつつも、博士のような人が教室に来てくれたらどんなにすてきだろうと感じながら、ルートとのやりとりを思い描いていた。

「理数教育の充実」なんていう言葉では伝えられない、魅力あふれる世界に、子どもたちをいざなっていけるように、至らないけどがんばっていきたいと思った二日間だった。shine

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あ、顕微鏡の答えは、「ハエの眼」なんですって! いったい何倍になっていたのでしょう?

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2008/06/01

心にとどく言葉の力・声の力

 本は好きなのだけれど

教育書の活用はあまりうまくなくて(能力の問題か(-_-;)?)

実際に見たり聞いたり経験したりしたことでないと、自分の中におさまっていかない。

 先週末、友達(以前の記事の、品川のスタバのお友達)が誘ってくれた研究会に出かけた。20数名の、「子どもらしさに学ぶ」合宿である。授業記録から、子どもの姿を読んでいく。

愛知から来てくださった、田島薫先生のお話が、心に残った。

 参会者によると、田島先生は、授業をみただけで、その学級のほとんどの子どもの様子を把握なさるという。授業を公開した人は、短時間であるのに子どものことを言い得ていることに驚くのだという。

 先生は、子どもそれぞれの、他とはちょっと違うあらわれ(個性的なエピソード)に目をつけ、そのあらわれの理由を予想して書き出していき、予想が違ったと思ったら修正していく、という作業を(科学的に)繰り返しているのだとおっしゃた。いわゆる優劣とは無縁の、その子自身を見つめる目を感じた。

 見るのはあくまで客観的に、指導は温かく・・・ そうおっしゃった。
(子どもが言ったり書いたりしたものを都合よく解釈するとあぶない。)

 その子の自立の姿をみてそれを援助する。
 つまづくところ、弱いところを思いつく場面を作る。

弱さを思いついた人がたくましく生きていける。盲点を考えられた人は幸せである。(おだててほめて、だけというのはあぶない。) 

聞きながら、教師というより、母親として聞いている自分も感じていた。
いえ、それ以前に、自分自身の生きてきた道をいつのまにか振り返っていた。

教育ということは、その子自身の強さも弱さも理解して進めていくことなのだと、あらためて思い、なにか初心にかえっていく心持ちになった。Mothers

  ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 本は好きなのだけれど、

 文学の素養は乏しい(-_-;)。

 先週、「大人のための読み語り」の時間に参加することができた。

「花楽響」の、原こゆきさん、Kie☆さんの朗読に、揺さぶられた。

 Kie☆さんは、会の主催者でもある高橋三朗氏の「父親参観日」を、朗読用の脚本に仕立て直して読んでくださった。一つひとつの言葉が豊かにふくらんで、紡ぎあげられて、心地よい音声になって心に運ばれてくる。

 時に、くすっと笑いながら・・・ 聞き惚れていた。

原こゆきさんの読んでくれたのは、浅田次郎の「雛の花」。情景があざやかに浮かび上がり、心情の機微が会場をつつみこむ。

 だんだんとこみあげてくるものがあって、・・・ぽろぽろと涙がこぼれた。
静かな感動にひたりきっていた。

 文学って、本当にいい!朗読ってなんてすてき!!

 朗読やりた~~い!

昨日は重松清ファンの友達に紹介された「ツバメ記念日」の中の何篇かを声に出して読んでみながら、自分で泣いていたわたしなのであった。タンジュン・・・(+_+)

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 教育の言葉、文学の言葉・・・  声には、力が、心がこもる。

その人を感じ、生命を感じ、思いを感じながら、大きな力をわけてもらえる。

 来週末も、思い切って新幹線に乗ろうと思う。
機会を生かして、いろんなことを吸収していける自分でいたいな。いつの日か、伝えられる自分になるためにも。

にほんブログ村 教育ブログへ あじさいの季節になりました。写真は、夫が選んだ義母への母の日の贈り物。この日の「読み語り」には義母も参加していました。(以前記事にしたのですが。)
 お義母さんの朗読も、きいてみた~い!

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2008/05/12

「作家の時間」ワークショップで

「作家の時間」 「書く」ことが好きになる教え方・学び方【実践編】。

本の帯には
子どもたちが本物の「作家」になれる!書くことが大好きになる画期的な学び方
という紹介文。

このワークショップを体験したくて(主催のいわせんさんのブログをごらんください)

伊豆箱根鉄道に乗り、三島から新幹線で品川に出て、山手線で池袋に行き、西武池袋線の急行に揺られること40分。埼玉の狭山市まで 出かけてきた。

題材集め、下書き、修正(カンファランス)、校正、清書、出版と進む作家の時間のサイクルを、楽しくわかりやすい説明とともに体感していくことができた。どんな流れかというと

 進行の都合上、この日はテーマが提示された。(本当は書きたいことを書く)

まずは朝からのできごとを、どんどん「作家ノート」普通のノートだけどに書き出していく。

わたしの場合はSakka
  朝食の品目や、ブログのコメント、本のネット予約、朝御飯づくり、洗濯、服選び、寒さ、新幹線、新書・・・そんなことを箇条書きに書き連ねた。

書き出したところで、グループの人たちとおしゃべり。その中で、自然に題材がしぼられていく。

次に、「作家ノート」に下書きをし、グループで付箋をつけながら回し読み。
質問あり、賞賛あり、他からの刺激ありの修正の時間となる。

そして好きな用紙を選んで清書をし、また読んでいただき、付箋をもらうのである。

 これが・・・ 予想以上に、楽しかった。

題材について、あれこれ話すことも、作品にラブレターをもらえることも、他の人の作品を読むことができることも、すべてが。

 きちんとした意義や価値については、この本や実践を積んでいらっしゃる方にお任せするとして

とにかく、この感覚を子どもたちに味わわせたいという思いでいっぱいになった。

書くことを通して、どんなに豊かなかかわり合いが生まれ、
どんなに大きな自信や意欲につながることか、考えるとわくわくした。

 ただ、今年は研修の関係で学級をもっていないので、方法は限られるのだけれど。

 「作家の椅子」に座る勇気がなかったことをとっても後悔しているので
ここでそのときの作品を「出版」してみたいと思う。 お付き合いくださいね^_^;。

    ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 

   おしゃれな靴音      つぼみ(伊豆在住)

 伊豆の新緑はとても美しいけれど、時に都会の空気にふれてみたくなる。

 三島駅の新幹線の乗り場は、ひと月前とすっかり変わって新しくなっていた。お土産コーナーもととのっていて、ここで買っても良かったんだな、と、バッグの中のいちごジャムの瓶にちらりと目をやってから辺りをひと回りする。はきなれない靴の足音はちょっとうれしくて、日常とは違った時間を運んできてくれる。

 ゆったりとした新幹線の席に座って、少しだけ背もたれを動かして、缶珈琲を片手に新書を読むと、なんとなく都会のキャリアウーマンになったような、そんな気分。以前、やはり小学校に勤めている友達が、
「ストレスがたまっちゃってね、学校帰りに新幹線に乗って、品川のスタバで珈琲飲んで帰ってきたの。」
と言ったときにはびっくりしたけれど、ちょっとわかる気がするな、と思う。

 読んでいた新書に、こんなフレーズがあった。
「生命とは、代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。」
自分自身のその姿は可視できないけれど、今日の、今の自分の「代謝」は、はっきりと実感することができる。

 ヒールの音を知的に響かせて、一日街の風に吹かれ、時を愉しむことにしよう。

     ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 失礼しました!!

 同じグループで勉強させていただいた、keiさんkazさん、kondoさんたちの付箋のコメントが、とっても嬉しかった。

 スタッフの皆さんや、参加者の皆さんのように、熱意をもって、そして子どもたちの力を信じて、日々がんばっていきたいと思った一日だった。

にほんブログ村 教育ブログへ帰りには、keiさんを誘って、nanacoさんたちとお会いできました。
みんな本当に勉強しているんだなあと、いっぱい刺激をもらいましたよ。

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2008/04/15

ドクターのアメリカおみやげ話

 シアトルに行くのにairplaneたった3泊はもったいないと思うけれど

時差ボケにもならないし、向こうでレンタカーrvcarを借りて二日間はゆっくり過ごせるからちょうど良いのだという。

息子と娘がお世話になっている矯正歯科の先生のお話。

本場のアメリカで、歯列矯正をしていたこともあり
矯正の低料金の実現や、日本ではまだ珍しい「見えない矯正」、新しい歯を作る「インプラント」など いろいろな「革命」をなさっていらっしゃるのだがAmerica

いつも笑顔で大らかな、ゆったりした感じの先生で、子どもたちも、とっても可愛がっていただいている。

今回、頼まれて少しWebページを編集したところ、
お礼にと、お土産を買ってきてくださった。

かえって申し訳ないのだけれど、すてきな異国のものは素直に嬉しくて、娘も早速、全米でヒット中だというCDを聴いていた。

滞在中の食生活のことや、10年で二倍の価格sign03になった不動産のことなど
いろいろと興味深い話題も多かった中、

 先生の知人のご家族の話が、とても印象に残った。

知人の方の息子さんは、腕の、肘から下がないのだという。

だから、日本に帰ることができなくなった。

日本に帰れば「不具者」になってしまって、普通の生活はなかなかできない。
でもアメリカなら、(偏見もなく)ごく普通に仕事も生活もできる。
事実、彼は仕事を成功させ、結婚もして、豊かに暮らしているそうだ。

先生自身、アメリカで生活しているときに
「ここは僕たちの国じゃなくて、みんなの国なんだよ。」
と言われて嬉しかったということや、

みんなが誰かのために何かをしてあげる、守ってあげるということを
生きがいにしているのだ、といった話をしてくださった。

 どんな国にも良いところとそうでないところはあるから
 一面だけを見てものを言うのは好ましくはないとは思いつつも、

そういう感覚って、どうしたら育っていくのだろう、と思う。

多民族国家であるための良さだとしたら、日本では難しいのだろうか。
そんなはずはないのだろう。ただ普通に、親しくなっていけたのなら・・・

今年の後半は、総合的な学習で「福祉」を扱う。
心のバリアフリーを、純粋な子供たちと一緒に考えてみたい。

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アメリカには、カラフルな歯列矯正もあるのだそうです。楽しそう。
息子に、歯科医はどうかと勧めてくれたけど、
文系でまったく無理でした~
でも、イチローが好きだし、シアトルには行きたいだろうな。wink

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2008/04/09

新年度のエネルギーの中で 

新年度が動き出した。

今年は、秋に行われる市内の授業研究会の会場校に当たっている。

各学年の公開授業に対し、幼稚園から中学校までの、多数の教員の参観が予定され、秋まではいろいろと忙しいことが予想される。

 そのため、昨年度の研修部会では、

今年度の研修担当(いわゆる研究主任)は、学級担任を兼ねないほうが良いだろうという話が出ていた。

たしかにそうだと思ってはいたが・・・

 自分がその立場になってしまった。

娘がお腹にいたとき以来、16年?ぶりに学級をもたないこととなったのである。

 発表されたときには、責任を感じる一方で、結構がっくりきてしまったのだが、
幸い、持ち上がりの学年部所属となり、ちょっとほっとした。

 以前、懇談会の後に、
「単年度でなく、長い目で子供たちの成長をみてくれる先生がいたら良いのに。」
とおっしゃった保護者の方がいらしたので、
自分がそれに応えられた気がして嬉しかったし、

 学年部に初任者がいる関係で、国語・算数・理科・社会・総合などを担当できることになったことも良かった。

 そんなわけで、
・・・このところ一番頑張っていたのは各種教室や教材室的な場所の整備。
気になっていた場所の使い勝手を向上させられたので、満足度はやや高めwink

 

 そして今日は、全体研修の初回だった。

 実質的な授業開きの日でもあったので、疲労困憊の中の会議だったけれど
研修テーマについて、各学年の方向性や思いが打ち出されて、新チームの勢いを感じるひとときとなった。

 歓迎会のときも感じたのだけれど、
若手の充実のせいか、力量のあるベテラン勢の転退任を補ってあまりあるエネルギーが満ちている感じがする。

 Sidare_sakura勉強して頑張らないと、と気持ちも新たに・・・4月がスタートした。

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写真は、学年始休業の昼休みに 同僚に連れて行ってもらったしだれ桜。大きく、クリックしてくださいね。

 はげしい春の嵐で遠距離通学の厳しさを早速実感することになった娘や

2年次からの新しいキャンパスで、めいっぱいの履修登録をして悲鳴を上げて頑張っている息子に負けないように、

母も精一杯努力をしていきたいと思っております。shine

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2008/02/16

一年間の旅を「学習発表会」に

連休明けから風邪気味になってしまって、
帰宅して薬を飲んで早めに寝る、という状態だった一週間。
習慣化してきているWiiFitをやる気力すらなく、だらりとして、
職場にもマスク出勤で、・・・・情けなかった。

それでも出勤すると元気になってくるのがこの仕事の面白いところで
気を張っているとも言えるかもしれないけど、
はりきっている子どもたちの笑顔は、良い栄養剤となる。

来週に今年度最後の参観会を控え、
ありがちだけれど、教室でできるちょっとした「発表会」を行うことにした。
(一年間の学習を振り返って、それをチームごとに紹介する感じ。)

たとえば、

磁石の性質を利用して、「うかぶ磁石」や「磁石の散歩」など披露するチーム、
マット運動での前転、側転、後転の学習を生かしてのショーを考えたチーム、
漢字スピーチを生かして、動物や魚fishの漢字を教える「はかせ」チーム、

算数の学習をクイズにしたり、社会科の市内見学をベスト3仕立てにしたり・・・。
詩の音読や、歌notes、合奏もありの45分間となる。

中間発表での、自然にわく拍手や喚声、感嘆の声などが、温かくて楽しかった。

  ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

長い間、単学級で過ごしてきたこれまでと比べれば、
今年は単元や活動で特筆するような実践もないのだれど

でも、昨年度までの研修を生かしての、「学習集団」や「学び合い」を意識して過ごしてきたつもりではある。考えをよく伝え合い、聴き合うようになった。

 いろいろなブログで実践を公開されている先生方などに比べれば授業力はまだまだだから、
 
「雰囲気づくり」に努めてきた、くらいの方が適切な表現かもしれないが。

先日、来年度の研修テーマについての会議のあと、
わたしのクラスの音楽を担当している同僚が、こんなことを言いにきてくれた。

 「練習中に、子どもたちから、すごいね、できたね、じょうずだね、っていうほめる言葉がたくさん出るの。だれかがツリーチャイムを鳴らしただけでも、わあって、拍手が出たりして。みんなが安心していろんなことを言える雰囲気があるから、自己肯定感が生まれてて、ちょっと不安定だった子も、一緒にとってもがんばれてる。授業には学級作りが大事だなあって、すごく思う。」

 ずっと自分がめざしてきた姿を、専科の授業の立場から感じてくれたことがとても嬉しくて、お礼を言った。 
 (ちょっと自慢げかな~~。ごめんなさい。単に「ノリ」がいいだけかも?coldsweats01

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

今月の初めの土曜日に、元同僚から連絡をもらって、
こっそり前任校の学習発表会に出かけた。

小さな学校の、小さな体育館での、ちょっと学芸会風の学習発表会。
保護者たちが、地域が、みんなで子どもたちを温かく見守っているほのぼのとした空気が懐しかった。

昨年担任した子たちの学習発表はとっても上手で工夫されていたし、声も体育館に響き渡っていた。一生懸命な姿が本当に愛おしくて、不覚にも、涙がぽろり。

 あの子たちとの別れが辛かった去年の3月。

また今年、今のクラスの子たちとの別れが一ヵ月後と迫り、早くも、時に切ない気持ちになっている。

この1年間、縁あって過ごした仲間たちとの思い出になるように、
保護者の方が子どもたちの育ちを感じてくださる場となるように、
そして何より、自分の言葉でしっかり学びを伝えられるように、

そんな欲張りな願いをこめての、ミニ学習発表会。

どうか全員、元気でそろいますように。heart01

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2008/01/08

「ずっとやくそく」 温かな語らい

 3学期が始まった7日の月曜日。

朝7:00から、交通安全の街頭指導に立つため、いつもより早く家を出た。

車で学区の商店街あたりに入っていくと
何人ものお母さんの背中が見えた。

集まって話しているのではなくて、
ところどころで、子供たちが登校していく姿を後ろから見守っていたのだった。

寒い朝、じっと立って。

わたし自身は、いつも仕事に追われていて、子供の登校する姿を見送ったことはほとんどない。でも、というか、だから、というか、冬休み明けのこの新春の朝の光景は、とっても印象に残った。

そして、気持ちがひきしまっていくのを感じた。

 Yakusoku・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 冬休みに、keiさんの記事にあったずっとやくそく」(黒柳徹子・鎌田實、著)を読んでいた。今の自分の気持ちの中にある、大切にしたいことがすべて網羅されているような気がした。

 いわさきちひろの優しい絵とともに、10章に分けられた章立ての言葉は

みらい、あこがれ、だきしめるおとな、かぞく、
いっしょ、いのち、げんき、ごはん、やくそく。

子育てのヒントになる本、人間にとって何が大事なのかわかる本、生きるってすばらしいと感じられるような本・・・ 鎌田さんはそんなふうに紹介している。

 貧しい国の子供たちのことや生い立ちを語りながらの対談や、それぞれのひとりごとで進んでいくのだけれど、ところどころに、はっとさせられる言葉がちりばめられている。(以下抜粋)

 子どもっておとなを信じてる、だから私たちおとなは、子どもをうらぎってはいけない。(みらい)

 若い人たちが自分探しとか、一生の仕事をさがすとかいうけれど、見つけようと思ってできることではないんじゃないかな。
 結局みんな、なかなか自分が思ったようにはならなくて、いつのまにか何か大きな力、それが何かはわからないけれども、力が働いて、ある一つの道にその人を押し込んでいくんじゃないかしら。 (あこがれ)

 学校もそうだし、親もそう。話を聞いてもらえれば、子どもはずいぶんすくわれる。(おとな)

 いい家族を作るためにはお互いがちょっと歩み寄ったり、心を配ったり、ときには時間をたっぷりかけたりしながら、育てていく必要があるように思います。(かぞく)

 いつも私の発想は、なんでも一緒にできなければ、つまらないということ。(いっしょ)

 毎日家族で楽しくごはんが食べられる、これは本当に幸せなことなんだなと思います。(ごはん)

 書き出していくと、まだまだたくさん紹介していきたくなる。こんなふうに文章を並べていくと、もしかしたらちょっと堅苦しく響いてしまうかもしれないけれど、お二人の、楽しくやわらかな語り口がとっても心地よく、対談を聴いているように読むことができる。

 親として、教職にあるものとして、心にとめておきたい、温かな語らいの中のたいせつなこと・・・。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 今日は新学期の二日目。

冬の窓辺の暖かな陽だまりに、子どもたちの笑顔がまぶしかった。
新年を迎え、意欲満々ではりきっている表情が愛おしかった。

 そして、・・・その教室の中にいられる自分の幸せを、こっそり、かみしめていた。

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2007/11/29

持久走シーズンの迷走?思考

 今月半ばに、とある検定を受けに行った息子が、
東京国際女子マラソンのレースに遭遇、野口みずき選手、コスゲイ選手、渋井陽子選手らが走るのを見ることができたと喜んでいた。

そういえば、もう20年以上前に、たしかタンザニアのイカンガー選手が、
皇居付近で練習しているのを見たと、当時高校生だったが言っていた。

 ものすごい速さだったそうである。

42,195キロを、一般人の短距離みたいに走り抜ける。
まさに、どんだけ~~!と言いたくなってしまう。
  追記・流行語大賞によると、正式には「どんだけぇ~」で、意味も微妙に違うみたい。(^_^;)
 

 11月も終わる。たぶん多くの学校が・・・持久走シーズンではないだろうか。

勤務校でも、来月上旬の記録会にむけ、毎朝全校で7分間走を行っている。

教員はそれぞれに、走ったり、タイムを示したり、応援をしたり、健康観察をしたり、といろいろだけれど、体育の授業は担当していないこともあり、この時間わたしは一緒に走ることにしている。

といっても、
子供たちの外側をチンタラ走っている程度なのでいばれたものではないが
子供たちの走るスピードを感じられるし
終わったときに、一緒に、赤い顔してはあはあできるのが良いと思っている。
(いえ、決してダイエット目的ではなくて・・・(^_^;)。)

 しかしながら、この持久走。

自分との戦い、練習の過程に意味がある、健康的なすばらしい行事ではあるが、
苦手意識のある子はつらいだろうな、と思ってしまう。

練習のときは良いけれど、
本番では、トップにゴールする子の倍近くの長い時間走っていなくてはならないのだ。

「がんばれ~!」と温かい声援も、嬉しい気持ちには、なりにくいかもしれない。

 ふと考えた。

持久走記録会、たとえば10分激走?して、
どれだけの距離を走れたかで記録にする、というのはどうだろう。

自分が走っていても「ラスト1分で~す!」などと言われると、俄然ハッスルしてしまう。
みんながそうなって、勢いよく走り出すのもなかなか壮観である。
どこまで行けるか、という方がやる気も出て、楽しいのではないか。

ここまで考えて、・・・それを実施するとしたら、など考え始めたが
「やめ~~!」の合図で止まり、そこで足踏みしながら記録を確定する光景を想像したら、なんだか間が抜けて滑稽な感じになってしまって、そこで挫折した(-_-;)。

計算にしてもテストにしても、
得意なほど早く終わることを考えれば、
持久走がそうであっても理不尽ではないのだろうと、しかたなく納得してみる。

 以前、新体力テストにシャトルランが導入された頃、
あれは体力以上に精神力に左右されるのでは、などと話題になった時に

「だいたい、持久走って、苦しくて早く終わりたいから頑張って走るんですよ。
それをシャトルランに当てはめたら、早く終わらせるっていうことになるでしょ?」

と、ついわたしが口走ってしまったとき、
「なるほど~!」と、しきりに感心していた上司もいれば

「あの・・・、失礼だけどもしかして、走るのあんまり好きじゃないでしょ?」
と笑って指摘なさった、走るのが好きな先輩もいらっしゃった。

 そうなんです(+_+)。特に長距離。 
 中学生のときのマラソン大会は、ほぼ真ん中か、それよりやや後ろ。歩くのは好きなのですが。

びゅんびゅん走っていく子を見ると、ほんとにうっとりしてしまうけど
早く走れなくても頑張っている子に心を寄り添わせながら、一生懸命、励ましていかなくちゃ、と思っている。

 でも本当は・・・ 走ることが好きになれたら一番いいんだろうな。

 息子は低学年の頃、マラソンはとても苦手だったけど、いつの間にか走ることが好きになっていた。あれはどうしてだったのだろう。今度、聞いてみたいと思う。
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2007/11/22

「漢字スピーチ」で親近感?

 軽自動車からコンパクトカーに買い換えたのはもう5年位前なんだけど
どれにしようかいろいろ迷って、子供たちと何台も試乗した。

マーチ、フィット、コルト、デュエット、ファンカーゴ、イスト、ヴィッツ、スイフト、etc。

必然的にそのあたりのクラスの車情報に異様に詳しくなり、道路を走っていると

「あ、マーチ!」
「フィットだ!」
「コルト~!」

などなど、すれ違う車の名前をついついみんなで連呼してしまったものだった。

車種に疎い娘までもがいまだにそのあたりの車には反応し、パッソとかノートとかあれこれ関心を示しているのを見ると、

知識というものは興味関心の高まりに大きくつながるなあ
と改めて深く感じるのである。

 ・・・なんて、つい自分の実感の一番強かったところから書いてしまったのだけれど・・・

 今日の話題は、朝の漢字スピーチ

お母さんたちと話していると、漢字が覚えられなくて、と話題になることは多い。
新出漢字の学習は張り切ってやっているけれど、なかなか定着しにくい子もいる。

 でもね・・・漢字って、けっこう面白いでしょ?

なにかもっと、漢字への親しみを深める方法はないかなあ、と思っていたときに
うるとらまるさんの記事にあった、
「舟には窓がない。船には八つ窓がある。」
という意見にいたく感動し、子供の発想の楽しさを取り入れていけたら、と考えていた。

ちょうど読書月間に合わせた本の紹介のスピーチが一回りするところだったので
次から漢字スピーチにすることを予告し、何字か例示した後、始まったばかり。今まで習った字は扱わない。何年生で習う字でもいい、というアバウトな範囲設定。

走力を誇る★クンは 「息」という字を紹介した。

「自分のと、をがったいさせると、息になります!」

う~ん、なるほど。自分の心って、息につながるよね。どきどきしてるとはあはあしたり。

Syuku_2 そして、
きょうの☆さんのスピーチには、思わずみんなから「すご~い!」の声があがった。

左の絵の通り(それぞれ、拡大してね。)
「宿では、屋根の下に人が百人もいる、って覚えてみたら良いと思います。」
と話してくれたのである。

 Syuku2_5
なるほどね~~!!

思わず、☆さんにブログで紹介させてもらっていい?と頼んでしまった。

「漢字スピーチ」、まだ始まったばかりだけれど、だんだんと、漢字と仲良しになってくれたらいいな、と願っている。

これからどんな字が登場するかも、とってもたのしみ。(*^_^*)
(ちなみに氏名の上にあるのは、図書館司書さん手作りの、子供たちお気に入りのしおりです)

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 ちなみに我が家では、息子は漢検準1級、娘は2級で、
今となっては、わたしが一番漢字が書けないのですが・・・。
パソコンやってると、ホント書けなくなりますよね・・・。(-_-;)

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2007/11/16

学校に行くということを考えて

Cimg1269ラピアッツァという、イタリアンのお店でのディナー。
息子はフルコースを頼み、わたしは前菜の盛り合わせにアイスコーヒーをオーダーした。

 前回の記事からの続きで・・・土曜日のこと。

 友達と一緒に高田馬場に出て遅いランチをとった後、少し渋谷loftに寄ってから、息子の住む街の駅で待ち合わせたのだ。

 先月の終わりに帰省したときもちょっと話していたけれど、なんとなく、意気込みが重荷に変わって、気持ちや生活にも負の影響が出て、焦燥感や自己嫌悪感の中にいる、・・・そんな感じの息子だった。

 高校までの、あらゆる意味で恵まれた学校生活を考えれば、・・・自分の力を出せる場のない毎日は、きっと張り合いもないのだろう。
 「都会はいやだよ。」と、ぽろっともらした言葉が、胸に響いた。

 これまでと同じように、落ち込む時期があってもまたやがて自分の力で持ち直していくのだろうし、どんなことも今後の糧になるのだろうから、親があれこれ心配することはないのだと自分に言い聞かせてはみても・・・、自宅通学ならせめて生活のリズムくらいは整うだろうにと、ついため息が出てしまうのだった。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 実はこの日は、keiさんの学校の公開日だった。前日の早朝にブログの記事を見て、急遽連絡を入れて、行かせていただくことにしてしまった。

公開された道徳の資料は、
「なぜ子供は学校に行かねばならないのか」
出典・大江健三郎「自分の木」の下で

 障害をもった息子がなぜ学校に行かなくてはならないのかという筆者の問いに、息子である光さん自身が出した答え。
 それは、友達とともに過ごす年月の中で、人の役に立つということ、「音楽」という、社会につながる言葉を見つけたことにあらわされていた。

 家庭で芽生えた音楽への関心を、より確かなものにした学校での生活。
 卒業の日に、もう明日から学校はない、と聞かされて、「不思議だなあ。」と言いながら微笑していたという場面が、とても印象的で、心にしみるようだった。

 教室の後ろで、この資料を手にしたとき受けた感銘を、どう言葉にしたら良いのかわからなかったから、授業で6年生が思いを充分に発言できなかったのもわかる気がして、
でも、それでもこの資料に出会わせたいというkeiさんの学習材へのこだわりが、まぶしく感じられた。きっと、子供たちの心の中に残っていくことだろう。

 筆者は、あらゆる学習は、自分をしっかり理解し、他の人たちとつながっていく言葉であり、それを習うためにいつの世の中でも学校へ行くのだ、と結んでいる。

 「なぜ学校に行かねばならないのか」・・・この問いの答えはまた、人それぞれに異なるものでもあるのだろう。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 家に帰ってから、夫と話し、二日ほどした夜に、夫が息子に電話をかけた。

日曜日にあった、ソフトボールの県大会のこと(夫の)などを話しながら
「おまえ、学校、ちゃんと行ってるのか?」
と、穏やかに夫は問い、「がんばれよ。」と柔らかく笑っていた。

少し離れた部屋で、そのやりとりを聞きながら、電話の向こうの息子の顔を思い浮かべた。そして父親としての夫の生き方や息子への愛を、静かに、感じていた。

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2007/11/03

心を写して~「表現」の可能性

今週は、学校訪問があり、何とはなしに気ぜわしかったけれど

「もう今週終わり~?早すぎる~。」
と言っていた子供たち同様、週末を手放しで喜べない、フクザツな気分。
「先生、むかしは土曜日も学校ってあったんでしょ?」
という一言に、思わず「むかし」を懐かしんだ。

今月は総合的な学習の発表会があるので
活動を振り返りながら、グループごとのまとめに取り組んでいる。

それを国語とも関連させ、詩の創作を行なった。

春から夏にかけて苦労して育てたスイカや、冬にはたくあんになる予定の大根、
スイカを育てたときのカラスとの闘いや、休み時間に作っていた案山子。
いろんなことが題材になって、子供たちの発想がどんどんふくらんでいった。

工藤直子さんの「のはらうた」みたい。

「ぼく、かかしです」なんていう題名で、見事な五連の詩を作った子、
カラスになりきった詩を、満足げに友達に披露している子、
何篇も暗唱した金子みすずさんの詩のリズムを自然に生かして書いている子。

ちょっとびっくりの、生き生きしたできばえだった。

ピアノや歌唱にすばらしい力を持つ、生活支援員の方が
「なんだか、メロディー♪をつけて歌にしたくなっちゃう!」
と言ってくださっていた。高学年だったら、そこまでいけるのかもしれない。
わたしにはとてもできないので、ぜひ歌にしてあげて~!!と、お願いをした。

思いを表現していくって、いろんな可能性が広がっていくことだな、と感じる。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

先日記事にした、
「子供は天才!in伊豆 心の眼で撮る」写真展に、家族で出かけてきた。

新聞やテレビやラジオにまで取り上げられ、反響の大きさに戸惑うほどだという彼女は、地元のFM放送へのゲスト出演のため会場には不在だったけれど、ご主人がいらっしゃって、いろいろお話をうかがうこともできた。

自分が大好きなものを
 音で撮る。
  気配で撮る。

視覚が不自由なぶん、より他の感覚が研ぎ澄まされているのだろうとは思うけれど、被写体への想いが、写真を通して強く伝わってくる。

愛する家族の体温や、夕暮れの風の匂いや、鳥たちの羽音。

この子たちにカメラを持たせた菅洋志さんの素晴らしさをあらためて思った。

カメラというものが、この子たちの表現の可能性を、どれだけ広げたことか。
自由に操ることのできる、言葉さえもはるかに超えて。

人の可能性の、豊かな広がりを思う「文化の日」となった。

Totoro_2 にほんブログ村 教育ブログへ

右の写真は、クラスの子からのバースデープレゼント。
知り合いの方が作ってくださったものだそうだけど、あまりに可愛くて。
メロンのタネも、トトロの耳になれるのね。(拡大してね)

Cakes_3こちらは、夫の買って来てくれたケーキ。

息子の分も、亡き義父の分もあったけど、
またもや、わたしと娘がいただいてしまいました。

ウエイト減の「可能性」をあきらめたわけではないのですけどね。^_^;

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2007/10/08

「おじいちゃんの笑顔」にこめて

 夫と義母と3人で、親戚のおじさんのお見舞いに出かけた。

米寿の高齢に加え、一時期は肺炎も起こしたと聞いてずいぶん心配したけれど
まだ点滴生活ではあるものの、声だけはすっかり元気そうで一安心。

「寝てるもんだから腰が痛くてなあ。」
と言いながら、看護師さんに手荒くされるのだと訴える。

「まったくありゃあ、暴力団だよ。」

いつもの口の悪さに一層磨きがかかり、わたしたちは思わず失笑。(^○^)
「だめだよ、ちゃんとありがたく、感謝しなくちゃ。」
とみんなで言い聞かせつつ、

「ここの看護婦さんはみんなたいしたもんだ。本当によくやってくれるよ。」
と、同じ病院に入院して亡くなった義父の横顔を思い出す。

でも、「なにくそ!」と思うくらいの方が生命力はみなぎるのかもしれないかな。
看護師の皆様、お世話かけます、ごめんなさいね、と挨拶しながら退室した。

毎夕遠くからお見舞いに通っているお嫁さんも、ほんと頑張ってて立派である。
おじさん、早く良くなるといいな。また毒舌を聞かせてもらわないと。

 最近・・・

近くのお年寄りに暴言を吐いた子がいる、とか
おじいちゃんおばあちゃんへの言葉遣いがひどくて、とか

そんな話をいろいろ聞いていたので、クラスでも道徳で扱いたいと思っていた。

指導案を作らなくてはならなかったこともあり、資料を探したんだけれど
学年のせいか、お年寄りに席をゆずる、困っていたおばあさんの荷物をもってあげる、といった展開が多く、なかなかイメージに合う資料がない。

家族としてお年寄りの思いに気づき、その「親しみ」がさりげなく周りのお年寄りにも広がっていくようにできたら、と思うのだけれど・・・。

結局、・・・資料を自分で作ってみた。題名は「おじいちゃんの笑顔」。

 追記  おじいちゃんを疎んじたり、知らん顔したりしていた男の子が
  一人で行ったお見舞いをきっかけに、おじいちゃんとの話が楽しくなっていく、という内容です。

夫や娘にも読んでもらい、「いいじゃん。」なんて言われたので、気を良くして、いいことにした。(ここに載せて批評していただきたいけど・・・恥ずかしいのでやめときます。^_^;)

Cimg0956わたし自身は「祖父」という存在を知らずにきてしまったけれど
思いやりや、優しさじゃなくてもいいから、子供たちにはお年寄りとの思い出をいっぱい作って育ってほしいな、なんて思っている。

 写真は、敬老の日のランチ。
 実家には天然水のセットのギフトで。

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あ、そういえば
病院などで、お年寄りの方に、ちっちゃい子に対するように話しかけていることがあるでしょう?
実はわたしとしては、ちょっと・・・違和感があるんだけどな・・・。どうですか?

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2007/10/05

「ファシリテーター」とは何か

「授業改善ファシリテーター研修」という講義・演習に参加した。

8月のkeiさんの記事にあった「授業リフレクション」という研修が興味深くて、ぜひ経験してみたいと思っていたところに、

「授業分析の手法(授業リフレクション)を学ぶことを通して、授業改善を推進していくファシリテーターとしての役割を理解する」という目的の研修の案内が来たので、勉強させていただくことにした。

ファシリテーターの講義に入る前のミニ演習が面白い。

 Aランチ ビーフカレー、サラダ、りんご
 Bランチ ハンバーグ、目玉焼き、オレンジ、サラダ、ライス
 Cランチ とんかつ、キャベツ、ライス、漬物、ぶどう

この中から、グループ5人が同じものを食べるとしたら何にするか話し合う、というもの。価格は600円という設定。(もちろん、現実ではありませんけど・・・。)

初対面の5人があれこれ話し合い、結果的に・・・、我がグループはAランチに決定した。この話し合いを進めていく中で、自然に中心的な存在になっていった人がファシリテーターとしてイメージされる。

ちなみにファシリテーターfacilitatorとは、「中立的な立場でチームの会議プロセスを管理し、チームワークを引き出し、そのチーム成果が最大となるように支援する」人のことだそう。(「協働促進者」が日本語訳らしいけど、いまいちかな??)

ファシリテーターは、「言動」や「意味」や「感情」を推察しながら傾聴する。
雰囲気やルール、グループ構成や机の配置などにも気を配る。
気づきを促しつつ納得点をさぐる観察を続け、全員の合意による決定につなげる。

これは、学校に限らず、企業などでは早くから推進されていた手法で、個人を活性化し、意欲を高めるというもの。考えようによっては、人間同士のあらゆるコミュニケーションの場で必要なことだろうと思われる。

その考えを生かした授業リフレクションということで、

ビデオによる授業分析は、教師と子供の「良さ」と「疑問」を書き出していくという方法で進んでいった。

外観的な批評でなく、
授業した教師が自ら内省し意義や問題点に気づいていくことを重視する。そのために授業者に問いかけたり、多様な視点を提供したりする。

それぞれの授業観があるので、やわらかな問いかけはなかなか難しくもあるが、
問いかけや対話によって「未知の窓」を縮小していく試みは新鮮に感じられた。

今日学んだことを、応用できるいろいろな場面で生かしていきたいと思った。

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今日はかなり硬派??になってしまいましたが・・・。
往復5時間は遠すぎ。室内は暑すぎ・・・。研修は愉しかったけど、どっと疲れました~。

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2007/09/28

見えない心を伝え合うために

 「人の心の中は見えないし
  いくら考えてもわからないものだから・・・。」

もう3年以上前になると思うけど、まだ小学生だった娘が口にした言葉が、ふと浮かんでくる時がある。

以前、中学校に勤めていた。
思春期の少女達の感情は敏感で傷つきやすくて、しばしばもつれることもあった。
誰かに悪く言われて涙したり悩んだり、苦しんだり。

相談にきた子の思いを聞く。
相手の子と一緒に話をすることにする。
わたしはただ、二人の間に座る。

相談に来た子が自分の気持ちを話す。
相手の子が自分の気持ちを話す。
わたしは言葉をつなぎつつ、そうだったんだね、とうなずきながら聞く。

ただそれだけで、二人の心が通じ合って、泣き笑いの顔になって、帰っていく。

 ・・・そんなことが何度かあった。

小学生の心はもっと成長の途中で、なかなか友達の心までをおもんばかることは難しい。
機が熟しつつあると思うとき、心の声をクラスの友達に伝える場を作ってみる。

時に、話す子は、思いとともに涙があふれ
聞いている子供たちは驚きながらその言葉を受け止める。

そんなふうに思っていたんだ、苦しかったんだ、と初めて知って
・・・やわらかな優しい顔になる。

ちょっとずつ、言葉が変わり、関わり方が変わっていく

今日も、そんな場面があった。そんな時間を共有した子供たちが、愛おしかった。

・・・・でも、

わたし自身は優しい子供ではなかった。気が強かったし、わがままだったと思う。

大人になっていくにつれ、いえ、母となり、仕事を続けていくにつれ、そういう自分に気づくようになっていた。その時に思ったことが
「もっと小さいうちに、人の思いに気づきたかった。」ということだった。気づかせてほしかった、教えてほしかった、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。

心の基盤をしっかり育てるのは家庭の役目だと思うけれど
人との関わりから教えていくのは学校なのだろう。

大切に思っていることは
机上で終わらず、実感する、ということ。 感じる、ということ。
そうでないと、心には刻み込まれない気がするから。

「心の教育」なんて、大上段に構えるつもりはなくて、ただ担任として、お互いの「見えない心」「考えてもわからない心」を通わせる手助けをしてあげたいと思う。温かい気持ちで。

そこから学んでいく力が子供たちにはあると、信じているから。

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なんだかつい力んでしまいました。ちょっとまだ、余韻かもしれません・・・。ごめんなさいね。

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2007/08/11

右脳教育?感性豊かな夏休み

「学校の先生はボケ易い。これは事実です。」

と衝撃的に?始まった、先日の講演会。講師は早期認知症研究所の金子満雄氏である。概要はここがわかりやすいかも。
演題は「右脳教育の重要性ー人生における感性の意義」。

バイオリンを片手に、右脳マッサージと称した「千曲川」の演奏がオープニング。スライドを映しながらの、やや毒舌気味の講演であったが、なかなか面白かった。

教員には真面目で仕事は忠実にこなす人が多いが、感性が不足している。勉強・仕事・論理的思考などに関する左脳は強いが、音楽にも絵画にも関心を示さず、スポーツやゲームにも関心を示さず、ユーモアも冗談も言えず、友達もできにくい。・・・とのこと。

教員をそういう類型でとらえてほしくないし、自分はちがうぞ~(ーー;)、とも思うんだけど、でも他業種に比べるとそういうタイプの人の割合が高いと言われれば、そうかもな~、とは思う。

ここで質問。

 「今の季節に咲いている花の名前を七つあげられますか?」

あげられない人は、ちょっと危ないんだそう。あと、トランプの遊び方を20種類くらいは知っているか、とか。戦争、7ならべ、ババ抜きしか知らないのは人間未満だそう。(~_~;) (ま、たとえば、ですけどね)

 そういう細かい点についてはともかくとして、・・・右脳がつかさどるものは、

音楽・絵画などの芸術活動、ゲーム・スポーツ、詩歌や俳句、交友、

そして意欲の中枢でもあるのだそうだ。

 振り返ると転任後のこの1学期、確かにこういうものと無縁だったという気がふとして、妙に納得してしまった。このところ、夕方に娘や息子とバドミントンを愉しんでいるんだけど、とっても気持ちが良いし、この講演の始まるまでの昼の時間にも、元同僚と話していたら不思議なほど気持ちが晴れ晴れした。なんとなく冴えない日々が続いていたので、リフレッシュできたと感じたけれど、それって、右脳の働きでもあるのかも、・・・なんて、素人考え。

 ボケ防止に、音読計算、塗り絵、などいろいろ言われて、それももちろん有効だと立証されているわけだけど、でも、人間として、笑顔で心豊かに生きようとすることが、一番たいせつなんだろうな、と感じた。

 花をもっと見つめて、暑くても体を動かして、歌を歌って聴いて、いつもは会えない友人・知人とお話をして・・・ と夏休み後半のめあて?を設定。(左脳も使いますけどね。(^.^))

 ちょっと思い出したこと。

息子が小学校2年生のときの先生は、俳句が好きだったので
夏休みには、写真の横に俳句を添えて、夏の思い出アルバムを作った。

ちょっと千代紙なども切ってみて。

Poem_2  娘が3年生のときは、20篇の詩集を作った。

画用紙を中表にして重ねていって、本の形にして、外側に布をはった。表紙をめくったところには一枚、少し内側に水色の紙をはって、その次に目次。

 「やった~」「ピアノ発表会」「かわいいチビがえる」
「ゼリー作り」「スピード雲」「しらかばの皮」「ふんわりかき氷」・・・こんな題名が続く。ちなみに「やった~」は25メートル泳げたときのことです。

 懐かしくて、思わず微笑んでしまう。

最後の詩は「おじいちゃんありがとう」。
6年前のこの夏休みが、義父の新盆だったのだ。

 人間らしい感性。・・・

夏休みは、子供たちにもすてきなチャンス。    にほんブログ村 教育ブログへ
        豊かなお盆休みになりますように。(*^_^*)

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2007/07/13

「ほめるためにおこる」意識

季節はずれだけど・・・

 校門であいさつをしていたら、Aくんがポケットに手をつっこんで歩いていた。危ないから手を出して歩くようにと叱った。 
 その後数日してまたAくんを見かけた。・・・今度は手をきちんと出して歩いていたんだ。
「Aくん、今日はちゃんと手を出して歩いているね!!」と、ほめたんだよ。

 ・・・そんな話から

 ほめるためにおこる。そんな気持ちをもっと持つことが大事なんじゃないかな。

 これは、夫が以前、敬愛していた上司から聞いたという話である。

 ほめるためにおこる。

この言葉がとても印象に残っていて、時折、心で反芻する。
怒る、よりも 叱る と言うほうがフィットはするんだけど、いちおう原典?のまま^^;)

叱ったままでなく、叱った後をしっかり見届けることの大切さ。

育てるということの、厳しさと温かさー愛ーを表す言葉だと思う。

現在、学期末で、成績関連の仕事が「超」忙しい時期を過ごしている。保護者の方々との面談も控え、4月に出会ったときからの、一人ひとりの成長をあらためて見つめ直す。

 叱ったこと、教えたこと、願ってきたこと・・・

担任の思いをしっかり受け止めて、がんばりを見せてくれた子供たちの、素直な明るさと前向きさを感じながら、自分の指導を振り返る。

叱りっぱなしになっていたことも、努力を十分にほめてあげられなかったことも頭に浮かんでしまう・・・。言葉でそれをしっかり伝えて、良い締めくくりをしたい。

「保護者面談」だけど、ぜひお子さんもご一緒に、とお願いしているのは、そんな気持ちもあるし、それにやっぱり、要約されないナマの言葉でその子を応援したいから。

 台風が心配だけど、仕事、がんばりますね!どうぞよろしく。→ にほんブログ村 教育ブログへ 
 あ~~停電しませんように・・・。

P.S 「お父さん」「お母さん」の皆さん、「ほめるためにおこって」います?
    わたしは親としてはその意識がちょっと足りないのですが。(^_^;)

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2007/06/09

ネット社会を生きる-情報モラル

  3年前に、韓国から送られてきたニューイヤー・カード。Cimg0119_1

 ・

ソウルに行ったのは、ワールドカップで盛り上がった2002年の夏だった。
美味しいものも食べたいけれど、韓国と日本とのことについて、もし誰か現地の人に話を聞くことができたら・・・。そんな気持ちでネットでいろいろ調べていたら、Mさんという女性と知り合うことができた。

 交換留学生として韓国に行き、今は韓国の幼稚園に勤めるというMさん。(日本の方です) メールのやり取りを通して、宿泊先のソウルプラザホテルでの対面が実現した。

 明るく気さくで元気な方で、彼女からみた韓国の様子をいろいろ話してくれたうえ、明洞や東大門も案内してもらった。とても楽しく、かつためになって、子どもたちも大喜び。旅行から帰ってから作った娘のパンフレットや息子の作文を郵送したら、そのお返しに送ってくれたのが上の写真のカードだったのだ。鮮やかさが韓国らしい、すてきなカード。

   ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 先日、「情報モラル研修という研修に参加した。

「ネット社会」に関して、教育現場としてどのような情報教育を進めていったら良いかについて、講演やグループワークを通していろいろと考えていく研修で、とても実際的で充実したものとなった。

危険がいっぱいの「ネットの闇」を考え、子どもたちにその危険性を教えていく必要性を強く感じる一方で・・・

ネットの良さを知り、じょうずに活用しながら生活を豊かにしていってほしいな、とも考えていた。

 韓国でのMさんとの出会いをはじめ、ブログを開いてからは、ブログでつながり、オフラインでお会いできた方も何人もいる。

 hirarinさんkeiさんカワセンさん、そしてこの日の研修では、「いつでもいっぱいいっぱい」のうるとらまるさんともたくさんお話をすることができた。

 本当に、とても心強いつながり。
また、ブロガーの皆さんとのやりとりも、いつも励まされるし、教えられることも多い。

 包丁が例えに出されたけれど、危険だからと使わないのではなくて、危険性をきっちり教えて、活用できるようにすることが大切なのだと思う。

 だけど・・・(-_-;)
きれいごとではすまないことも多々あるから

やっぱりそれには、保護者の方との連携が欠かせない、とあらためて思う。

 「ネット社会の歩き方」は 学校用サイトだけど、学習ユニットはおうちの方にもおすすめかも。 情報モラル、しっかり身につけていかないとね。

 教員の方でも、危険なサイトやヘンなサイトを知っといた方が良いという話も出たけど・・・
そういうところに なかなか行けないんだよあ・・・。(ーー;) →
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2007/06/04

植物に学ぶ人間の子育て

Hosenkaホウセンカの子葉はとっても小さいけれど

地中には長い根を伸ばしている。

芽が出る、ということは
そういうことなんだな、と思う。

学校の畑が気になる毎日。
支援員の先生も、とくにスイカ畑をいつも気にしてくれている。

「今さらながら、うちの畑をよく見たりしてね。畑を見る目が変わったわ。」、と。

「スイカの苗は、あんまり甘やかしちゃだめなんだって。ちょっとは厳しい状況にしないとよく育たないんだって。」

 思わず、一緒に、

「人間も同じだよね。」 と口にする。

 親は、子どもの喜びはもちろん、悲しみも苦しみも倍感じてしまうけれど
でも、だからといって、子どもを守りすぎてはだめなんだと思う。
 つらくても、苦しくても、それを乗り越えさせていかなくては、子どもは育たないし、強く生きていけない。

 頭ではそう思っていても、なかなかそういう親にはなりきれないのだけれど・・・。

  ・・・・・・・・

 行事にすべての力をそそいでいたためか、
受験生だった大好きな兄が家を離れてしまったためか、

 ・・・最近、学業も部活も、以前に比べると、かなり不調の娘。
その様子を映すような、雑然とした部屋。

ついに、わたしが叱る状況となった。

 3年になってから、何だかうまくいかないと、泣きながら話す娘のいろいろな言葉を聞きながら、会話はしていても、どこか娘を忘れて生活していた自分に気づく。

 息子の大学受験や引越し。わたし自身の転勤と、多忙な毎日。娘は、明るいし、しっかりしているし、と、つい安心してしまっていたのだろう。

「スイカは、声をかけると甘く大きく育つんだって。でもそれは、毎日気にかけて見ていてあげることで、様子の変化に気づくとか、そういうことかもしれないね。」

 甘やかすことはいけない。

でも、いつも温かく見ていてあげることを忘れてはいけない。

 子どもが、しっかりと根をはり、多くのことを吸収して、強くたくましく生きていくために、親のほうも、まだまだ自分を育てていかないと、と思う。

 植物や自然の中には学ぶことが多いな・・・、と、そんな気持ちの、ちょっとほろ苦い一日の終わり。今日は・・・何とか、早く帰ってくることにしよう。

       みなさんは どうですか。にほんブログ村 教育ブログへ 

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2007/03/31

離任・・・ 一歩一歩にありがとう

  離任式の会場に入り、そこに並んでいる1年生たちの姿を見とたん
胸がいっぱいになって涙が浮かんできてしまった。

 礼をして、前に並べられた椅子に着席し、そこで目の前にいる子どもたちの、いつもとはちょっと違う神妙な顔を見て

式開始早々、ハンカチの出番となってしまった。

 早すぎ。(・.・;)

 児童代表の言葉と、花かごをいただいて、転任者のあいさつになる。

それぞれの年の学級目標をふり返り、それぞれの学年への思いを話しつつ、
今、わたしの心にある「目標」を伝える。

「一歩一歩に ありがとう」

1日1日を精一杯過ごして、週末には1週間をじっくり振り返って学級だよりを書く。
学級だよりが約45号になり、1年間が終わる。
1年間を大切に積み重ねて、そして、この学校での日々を終える。

 元気でかわいい子どもたち、あたたかい保護者の方々、職場の上司・同僚、
そして家族に支えられて・・・。

 本当に、ありがとうございました。

 子どもたちやおうちの方からのお手紙や、たくさんのお花を見ながら、
またぽろぽろと涙がこぼれてしまう。

 泣きすぎ。(ToT)

 3月が終わる。

4月からの新しい教室で、新しい一歩を、しっかり踏み出していきたい。

Hanataba_1

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2007/01/28

長良東小学校 「学ぶ集団」

Dscf1801s 岐阜市にある長良東小学校に伺った。

秋に学校長が視察に行ったときに、意欲溢れる元気な子どもたちの姿に感動したことが きっかけである。

研究主題は  「自ら求めみがき合って高まる学習の創造」

5年生の社会科の授業を参観させていただいた。単元は「わたしたちの生活と情報」。この時間は、前日の新聞社見学での学習をもとに考えを深めるものだった。

Dscf1807s 資料を使いながら自分の考えを伝える子どもたち。
話している間にも「~~だったよね?」と友達に確認をする。聞いている側も、話す子をじっと見つめて、「うん。」と、友達の意見に温かく耳を傾ける。そして、自分の思いや考えをしっかり伝えていく。

 Dscf1809ss 疑問を投げかける子もいる。みんなでそのことについて意見を出し合う。ある子は以前の単元の掲示物を使って、疑問に対する自分の考えを述べていく。
 そして、この時間に先生がつかませたいと願っていた内容が、子どもたちの中に、確かに理解されていく。

 給食も一緒に食べさせていただいたけれど、まさに、授業のときのままの子どもたちだった。わたしとの会話、やりとり、広がり、そして、もっとたくさん話してしまいたくなるような温かさ。うれしくなる。

 社会科としての教材研究や構想のすばらしさはもちろんのこと、後の懇談での担任の先生の言葉で心に残ったのは、

 聞くことって、こんなにいいものなんだ、話すことって、こんなに楽しいものなんだ、という実感を、子どもたちに持たせたい、という言葉だった。

長良東小学校では「学ぶ集団づくり」に力を入れる4月の一週間を「黄金の一週間」と呼び、とても大切にしているのだという。

Dscf1835s  笑顔で迎えてくださった、森田正男校長先生。
    (掲載許可ありがとうございました!)

 たくさん語ってくださった示唆に富んだ多くの言葉。子どもたちへの温かな視線。そして何より、教育への熱い想いが、子どもたちの姿を通して、また、何人もの先生方の姿を通して伝わってくる、とても感動的な一日だった。

 いっぱいもらった資料を、そして意欲を、大切に 自分の中で育てていきたい。     

 

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2007/01/17

たまには手書きで文字を書く

1月半ばになると、なぜか思い出すのが
中学3年を担任していたときの、調査書の清書である。
B4だっただろうか、大きな用紙に、成績とともに、ぎっしり所見を記入する。何度も推敲した文を、なるべく美しい字で、と、ひたすら書き込んでいく。

肩は凝り固まり、腕は今にも攣りそうに?なり、何度も肩を回しながら、合格を祈りつつ、念と気合をいれて清書したことを思い出す。・・・あれは、卒論の比ではなかった。

あの頃、もうワープロは使い始めていたけれど、まだ手書きで書くことも多かった。

その中学校に勤務していたとき、国語がご専門の校長先生に、なんと・・・
ひらがなの間違いを指摘されてしまった。その字とは 

Dscf17843_1 である。

まちがえているところわかりますか
「こんなひらがなはないよ~。」と言われたけど、何が違うんだろ??思っていたわたし。

Dscf17842_1正しくは・・・
「ね」や「れ」もそんなんだけど
きちんとたて画にかかっていなくてはいけないのである。

知ってました?・・・知ってますよね。(^^ゞ
 ひそかに見ていると、けっこう↑のような字を書いている大人も多いんだけど(^_^;)

そういえばがあなかんむりだと知ったのも、教員採用試験の問題集をやっていたときだった・・・。(>_<)

書き順も、なかなか難しい。 「飛」「必」の筆順は有名だけど、あれ?どういう書き順なんだろう?なんて、字によっては迷うときもある。先日、うるとらまるさんの記事で紹介されていたサイトが、我が家としてはけっこう感動的だったので、皆様にもご紹介。「漢字の正しい書き順」。お好きな字で やってみてね。Dscf1783_1

小正月といえば、・・・どんど焼き。
御火を立て、書初めを投げ入れる。
高く舞い上がると、字がうまくなるという。・・・右は娘の作品。

実は、このどんど焼きという行事を知ったのも教員になってからでした。
東京の方では、あんまり、ないですよね?

パソコンを打っているだけでは脳は働かないらしく、手書きはとっても大切らしい・・。
 たまには、文字を正しく美しく、そして正しい書き順でしっかり書くようにしなくちゃ、なんて考えながらも、今日もパソコンであれこれ推敲している、脳が衰える一方の・・・わたしなのです。         <(_ _)>にほんブログ村 教育ブログへ

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2007/01/11

受験は 水もの 縁起もの!?

 さすがに・・・、いよいよ 受験シーズンになってきたようだ。

 受験料の納付(一校35,000円!センター出しっぱなしというのが平均的には18,000円)、証明写真、願書の記入と送付など、慣れない事務仕事?に、悪戦苦闘中の息子である。

 親としては、費用を工面することや、健康面での配慮くらいしか出番はないが、
やはりそれでも、スーパーなどに行くと、ちょっと気になる縁起ものグッズ

  Dscf1770_1 Dscf1762_1Dscf1769_1

うカレ!

ゴーカック 

合格の具材(クリックして拡大してね)

キットカット」や「ウカール」などだけでなく、いろいろあるものだと思わず感心してしまう。めったに買わない品々をつい買っちゃったけど、結局食べるのは息子以外の家族の誰かになるので、ご利益?のほどは・・、・よくわかりません(^_^;)。

 受験というと忘れられないのが、・・・高校入試である。

 学校群制度の時代、隣の学区の都立高校を受験したわたし。当時は、一番好きで得意だったのは数学だったのに、雰囲気に呑まれ、最初のほうのなんでもない問題から解けなくなり、頭が真っ白になってしまった。慌ててくると落ち着いて考えるということができなくなり、極度の焦りの中で、満足に解答できぬまま終了の時間になってしまった・・・。

 当時の都立入試は 国数英の3教科。数学のあとがお弁当である。

 違う学区のため友達もいなくて、お弁当ものどを通らず、となりの学校のグラウンドを泣きながら見つめていたあの日の光景を、今もまざまざと思い出す。

 幸い、次の時間に涙を浮かべながらやった英語ができたことや、内申点があったことで、なんとかぎりぎり合格できたものの、・・・忘れられない悪夢である。

 試験は水もの。

 心の底から・・・、実感。

(あのときの 後にも先にも、あがったことなどほとんどないわたしですので・・・。)

世の受験生の皆様が、自分の実力を出し切れるよう、お祈りしたい。

息子の受験が我が家の話題のメインではあるものの、実は娘も明日に学力調査を控えている。息子が中学の時はそれも重大なテストだったのに、幸か不幸か、現在娘への関心はやや低め。

そんな娘に・・・↓(^◇^)

Dscf1766 「苦手なのは英数国より、社会と理科なんだよね~。」

たしかに、知識少なすぎだけど
(わたしと同じタイプ・・・)

エースコックしゃりしゃり麺とか 売り出せばいいのにな~。」。

娘よ、ひらめきのセンスはなかなかだけど、地道に勉強しなさいね~(ーー;)。

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2006/12/27

冬休み 研修でリフレッシュ!?

冬休みに入って一日めの25日。・・・日直だった。

二日目の26日。お休みをとって東京へ。

なんと・・・

 筑波大学付属小学校国語部の先生方による「国語授業づくりセミナー」(記念すべき第1回!)に参加させていただいた。いのうえ。さん情報である。

公開授業にシンポジウム、その後昼食をはさんで「三学期からの授業に役立つミニ講座」が行われた。心に残った三つのことをちょっとだけ紹介します。  あ、研修だよりにはきちんとまとめますよ。(^_^;)

① 桂先生が主張する「フリートーク」の課題、「ごんぎつね」の二つの文。

ごんをうってしまった兵十の、
「ごん、おまいだったのか、いつもくりをくれたのは。」
という言葉のあとの文である。

教科書でおなじみなのは
「ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました」

最初の、南吉本の原文ではこうだったそうだ。
「ごんぎつね(権狐)は、ぐったりなったままうれしくなりました。」

味わい、余韻がかなり違っている。現在、日本のすべての子どもたちが学ぶという「ごんぎつね」のラストシーン。教科書に掲載の改作文は、鈴木三重吉によるものだそうだ。この改作が、「ごんぎつね」を名作たらしめたのかもしれない、なんて・・・感じた。

② 青木先生の、「読解力を育てるノート指導」

  自分自身もやってみていることなんだけれど、新たにすっきりまとめていただいた感じでうれしかった。中でも、緊張したのが 「大造じいさんとガン」への書き込み。

 最初は、自分で線をひいて吹き出しをつける。
そのあと、今度は「先生」の立場で、それに赤を入れる。

 次に、別の場面で、大造じいさんになったつもりで日記を書く。
となりに座っている参会者に、付箋紙によるコメントをいただく。

 ドキドキだけど、とても新鮮。研修にも取り入れられそうな気がした。

③ 二瓶先生の 「語り」のススメ

  演劇教育や音読、朗読などにはとても興味があるわたしとしては、以前からこの「語り」を聞いてみたいと思っていた。

 語るには、読解が必要。そして、目の力が必要。
ビデオで、何人ものお子さんたちのすばらしい「語り」を紹介してくださったあと、

かわいい2年生の男の子二人が、なんとステージでライヴ出演。

二瓶先生作の「明日、また、きっと。」と 菊田まりこさんのあの「いつでも会える」を語ってくれた。とっても、心にしみてくるようにすてきだった。

 3学期、やりた~~~い!!

・・・・と、へんな言い方だけど、とても気持ちの良かったセミナーでした。
 ↑皆さんの 知っている物語も あるでしょう?お子さんの音読、などでも?(*^_^*)

 さらに茗荷谷から池袋に出て、keiさん とオフ会(お茶とお食事)。初対面だけど、5時間以上(^◇^)。本当にすばらしい実践を積まれているkeiさんのお話、研究冊子に、ひたすら感心、感動、(あと、けっこう笑い)のあっという間のひとときでした。

冬休みに入ったばっかりだけど、3学期もがんばるぞ~!その前に大掃除か(-_-;)

_____________________

冬休みも ちょっと がんばりましたよ! どうぞ よろしく。<m(__)m> → にほんブログ村 教育ブログへ

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2006/12/15

少しずつ積み重ねる教育実践

今週は、どっぷり、という感じで 研修モードだった。

筑波大付属小でご活躍の、算数の山本良和先生を招聘しての授業研究会。
示範授業から、かかわりを大切にして授業を行うことの大切さ、そして徹底した教材研究、子どもから学ぶ授業、といった点について、たくさんの勉強をさせていただいた。

自分なりに咀嚼しつつ、自分なりの取り入れ方を考える。
子どもたちが、いろいろ考えて、伝え合って、みんなでわかっていけるように。

今週は、みんなで「もやっと」が「すっきり!」になった国語の授業があって、そういうときは子どもたちと大喜びしながら、板書の画像とともに、学級通信でもお伝えする。 研修だよりで紹介するときもある。

 今日も、授業観や校内研修に関する講演を聴いてきた。

今日のメインは・・・実は・・・表彰式。平成10年度以降の、おもに13年、15年、17年の6年生での実践をまとめた論文を応募した。(より良く生きようとする力、といった内容で、Dscf1680_1地域連携やキャリア教育の分野・・・です。)

 今回応募したのは、応募総数も少なめのマイナーな賞なので、思いもよらない結果をいただくことができた。もちろん、尊敬する才色兼備の学校長の指導をいただいて。積み重ねた実践をまとめるだけでもとても自分の勉強になるが、それを評価していただくと、本当に励みになる。

 今日は、亡き義父のお誕生日だった日だった。

仏壇に賞状と論文集と賞金をおいて手を合わせたら、生前言ってくれていた
「つぼみは、がんばり屋だからなあ。」という懐かしい声が聞こえてきたような気がして、涙が浮かんでしまった。

 学期末の仕事も大詰め。週末も、がんばりますよ、お義父さん。

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本業もしっかりやっております、と、今日はちょっとP.R。(#^.^#) どうか、よろしく。↓
                                           
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2006/11/19

安東小学校で思う…教育の姿

静岡市に、安東小学校という公立の小学校がある。

Sdscf1519「ひとりひとりを生かす授業研究」をテーマに、40年にわたって取り組んでいる、県内でも有名な学校である。本当に、遅ればせながらなのだけれど、先日、第40回の研究会に行ってきた。

聞いてはいたものの、授業を自分たちでつくっていく姿に圧倒される。
子どもたちが、発言をつなぎながら考えを出し、学び合っていく。
教師の出番は、選び抜かれた幾つかの場面にすぎない。
(授業の様子は、今回ご一緒させていただいた新潟のhirarinさんや、こうした授業実践を日々重ねている所沢のkeiさんの記事をぜひごらんください。)

研究会の最後は、40年の間、安東小の研究を支えてこられた、上田薫先生(86歳)の講演だった。演題は「沈勇もて躍動し地に深くしみて四十年。 
            ※ 沈勇 の意味は落ち着いていて勇気のある・こと(さま)。

わたしが、この講演で最も印象に残った言葉は、

度量のある子。 ・・・という言葉だった。  
                  ※ 度量 とは心のひろがり。人の言動を受け入れる寛容な性質。

安東小の子どもたちの様子。・・・授業をどんどんすすめていく。周りのようすを見ながら、発言をコントロールしていく。ひとことひとことの間(ま)を大切にして話す。友達の発言を受け入れつつ、考えを深めていく。友達を理解し、場をつくる。

思いやり、洞察力、安心感のある授業。

こうした様子に、子どもたちの「度量」を感じるのだと。度量のある子は、歯止めが利く。持ちこたえることができるのだとも。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

教育は今、混沌としている。どうすることが良いのか、目ざす姿をどう思い描くのか。

 不易と流行という言葉があるが、40年間の、一人ひとりを大切にした安東の授業の姿に、そのこたえを見る思いがした。

子どもたちの、かかわる力の弱さ。学習への追究意欲の薄さ。自ら学ぼうとする気持ちの低さ。学力の二極化、仲間へ思いやりの欠如。・・・山積みになっている今日的な教育課題を改善していけるのは、こうした授業ではないのかと思わされた。

 上田薫先生は、こうもおっしゃった。

 人間はみなひとりぼっちなんだ、っていう、寂しさを知らないとだめなのだと。寂しさや悲しさが大事で、それを知って初めて、人を理解できるのだと。

 教育の現場で働く者として、そして親として、安東小の光景を忘れずにいたい。

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2006/11/15

親が子どもを育てるということ

  日曜日の夜。

夫は地区の用事で出かけ、娘は書道の試験に行っていて、義母、息子、わたしの3人の夕食だった。

夫は、地区の仕事で、最近、気苦労が多かった。年配の皆さまのいろいろなご意見もあって、結構夫がたいへんそうだったので、そんな話を義母にしていた。

義母は、にこやかに聞きながら、こう言った。

「若いときはねえ・・・
いろいろ、もまれたり、たたかれたりするんだよね。
そうやって、人生のわたり方を覚えていくんだよ。」

義母が隠居に戻ってから、息子と、
「お義母さんにとっては、四十歳すぎても、やっぱり息子なんだね~。」
「ぼくも、四十になっても、何か言われてそうだなあ。」 ←わたしに(^<^)
なんて、話をしてた。

「可愛い子には旅をさせよ」という諺もあるけれど、わたしが思い出す、数年前の出来事がある。

低学年を担任していたときのことだった。

プールがあったのだけれど、Tくんが、プールのしたくを忘れてきてしまった。しかたがないので、プールは見学である。

 プールや、そのあとの授業も終わり、職員室に行くと、なんと、Tくんのプールセットが届けられているではないか。職員(上司)が受け取ったのだけれど、その直後に来客があり、応対をしていて、そのままになってしまっていたらしい。気づいた上司も、本当に申し訳ないと、反省しきりである。忙しい中わざわざ届けていただいたのに、どうお詫びをしようかと、取り急ぎ、電話をいれることにした。

もう、Tくんも家に着いている頃だった。最初に上司が丁寧に話をしたあと、わたしが電話を変わった。控えめな感じの、若いお母さんである。

そのあとの、Tくんのお母さんの言葉を、わたしは忘れることはないだろう。

「いいんですよ、気にしないでください。わたしは、たぶん先生は、忘れ物をしちゃだめなんだよ、っていうことを、Tに教えたいんだろうな、って思ったので、Tにもそう話したところだったんですよ。」

教師として、本当に身がひきしまる思いだった。こうしたお母さんの信頼に応えられる教師でいなくては、と、心から思った。

そしてまた、親としてのわが身を反省せずにはいられなかった。

子どもたちが、いろいろな出来事に遭遇したときに、それをどう生かすのか。どう生かせば、子どもの経験になり、子どもを強くしていけるのか。親として、子どもに共感するあまり、時に甘くなり、子どもを弱くしてはいなかったかと。

 ライオンの子育ては有名な話で、子どもをしっかり育てたければ、親にも覚悟がいる。親としての苦しさもある。でも・・・どういう人間に育てたいか、それを見失ってはいけないのだし、それが・・・本当の愛なのだろう。

 義母の言葉、Tくんのお母さんの言葉。・・・心の奥深く、刻みこまれている。

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2006/10/31

家庭と学校の温かなつながり

20年以上、教職をやっていて、自分の心の中に刻まれている、嬉しかった言葉の多くは・・・

保護者の方々(以下、ごめんなさい、「保護者」と書きます)からのものである。

大学を卒業してまもなく赴いた離島の小学校
頼りなかっただろうわたしに、保護者は、とても温かかった。

夕暮れ時、玉石の道を帰るわたしに
「先生、子どもたち、輝いちゃってるね!」と声をかけてくれたお母さん。
嬉しくて、部屋に帰って、一人でしばらく泣いていたっけ・・・。

中学校の生徒たちには、思春期特有の、さまざまな悩みが渦巻いていた。
友達関係がうまくいかなくて悩む生徒や、
自信がもてずにいる生徒や、良からぬ方面に興味が湧いてしまう生徒や・・・。

わたしもまだ若くて、経験も乏しかったし、子育てだって、始めたばかりだった。
でもいつも、学級通信や、教育相談や、学校行事などの場面で、保護者が、多くの声を寄せてくださった。日々、それらがどんなに励みになったかわからない。

卒業のとき、離任のとき、保護者がくださった手紙を、今でもたまに読み返しては、感動しつつ、気持ちを新たにしている。わたしは、保護者に育てられてきたんだなあ、と思う。

「さか上がりができるようになりました!」って、ビデオをメールで送ってくれたお父さんもいた。
「娘は、この一年で本当に変わりました。」って言ってくれたお父さん、お母さんもいた。
「今は、○○○になってがんばってます・・・。」なんて、町で、手紙で、近況を教えてくれるお母さんもいる。

子どもが、何かをできるようになる喜び、変わっていく喜び、そしてそれぞれの道を歩いていく喜び。・・・担任として、そうした喜びを共有できるのは、保護者をおいてほかにいないのだ。

 さまざまなニュースで、学校の責任問題が言われている。

 マスコミ批判をするつもりはないし、学校としての正しいあり方は問われていかなければならないと思うけれども、・・・でも、学校と家庭(保護者)を引き離さないでほしい、と思わずにはいられない。

 子どもたちの心の問題は、学校だけで解決できるものではない。家庭での愛に支えられ、地域でのかかわりに育てられ、そして、学校という集団の中で学んでいく。子どもたち、一人ひとりをたくましく育てていくために・・・決して、敵対してしまうことなく、言葉をたくさん交し合って、つながっていきたいと、心から願う。

   Dscf1360_1今日は、○○回目の誕生日でした。・・・ちょっと人生を振り返ったので、つい、力んでしまいました。(^_^;)

 夫が、ブローニュの森のケーキを買ってきてくれた。
 のどかな伊豆の真ん中で教員をしていられるから、こんなに温かな保護者に恵まれ、がんばっていけるのかもしれない。都市部では、なかなかそうはいかないんだろうな。 ・・・赤い糸に、感謝しつつ、これからも、がんばっていきたい、と思っている。

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2006/10/22

合唱コンクール 感動の絆

「合唱コンクールまでの残り一ヶ月で、クラスで100回歌うって決めたの。だからわたしDscf1251 は、伴奏を300回練習するんだ。」

途中、中間テストもあったはずだけど(-_-;)、連日ピアノを弾いたり歌を歌ったりと、合唱コンクール一色の娘であった。(写真は6枚の紙。練習を一回やったらテープを数字の上にはっていく、というものだそうです)

こうした行事の常か、ちゃんとやってくれない男子がいる、どうも声が出ないパートがある、今日はみんなで話し合いをした、などの悩みを言ったり、そうかと思えば、今日の音楽の時間は最高だった、3年生の男子が来てくれてとっても良かった、と感動したりするなど、一喜一憂を繰り返していた。

そんな娘に先日、1枚の学級通信を見せた。わたしが中学校3年生の担任をしていたときの、合唱コンクール後の学級通信。娘がまだ3歳の頃のことだ。

「十字架(クルス)の島」という大曲に挑んだ。

選曲のときから、毎日のたくさんの練習、指揮者・伴奏者と一体になった合唱、男子の豊かな声量、響くソプラノ。ドラマチックなこの歌を歌い上げていく生徒たちとともに、わたし自身も夢中だった。学年優勝確実とも言われた。でも、当日、山場で・・・気持ちが走りすぎたのか、わずかにずれてしまった。迫力ある歌声とダイナミックな指揮に観客からは盛大な拍手が湧き上がったけれど、・・・学年優勝は果たせなかった。

そのあとの学活で、泣きながらもう一度歌った「十字架の島」。学級通信には、「忘れられない激動の一日」のタイトルのもと、その翌日の生徒たちの日記がたくさん載っている。読みながら、娘の目も、涙でいっぱいになっていた。

Dscf1248 きのうは、娘の合唱コンクールの本番の日だった。(写真は、有志合唱)

300回目の伴奏は、一つ和音を失敗して、少し不本意だったようだけれど、クラスは見事に学年優勝を手にすることができた。満面の笑みをたたえ、満足そうに帰宅した娘。おめでとう!と言いながら、実は夫とわたしは、男声の声量豊かな隣のクラスの方が優勢かと感じていたので、ちょっと意外でもあり、・・・あの日の記憶が重なった。でも、優勝したクラスも、そうでなかったクラスも、きっと感動の絆で結ばれているのだろう。

すばらしかった3年生の合唱の話などをしながら、娘が紹介してくれたサイト。山の愛唱歌集」いろいろな合唱曲の歌詞はもちろん、伴奏も聴くことができる。

今回娘たちが歌ったのは「旅立ちの時」「信じる」。やはり中2のときに、息子が伴奏したのは「時の旅人」。このときも学年優勝をしたっけ。 みなさんの思い出の曲・「推奨曲」は何ですか。)

「十字架の島」も聴いてみた。ダイナミックな伴奏に娘は「弾いてみた~い!でも、歌は難しそうだね・・・。」・・・ 音楽に合わせて久々に歌いながら、熱唱する生徒たちの顔が鮮明に浮かんできて、また・・・涙が出そうになった。

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2006/10/13

中学生 あいさつの伝統から

娘の通う中学校は、坂をのぼった小高い所にある。

娘が骨折をしていた間、車で送迎をしていたのだが、驚きべきことに、車が通ると、生徒たちは皆、しっかり立ち止まって会釈をしてくれる。

朝は、坂を上っていく生徒たちが、放課後は部活動を終えた生徒たちが、車の音を聞いて、次々に体をむけてあいさつをしてくれるその光景には、本当に・・・感動を覚える。

いろいろな問題が多い中学生という年代、そして今日の世相・・・、そんなことを思うとき、全校生徒でこうしたことができているすばらしさを思う。

この、坂でのあいさつの習慣のことが、先日、我が家で話題になった。

わたしが驚いたのは、夫の言葉であった。

「そういえば、俺たちが生徒会やってたころも、坂でのあいさつのことで話し合いをしたなあ。よく出来ていないとか、問題になって。」

夫が生徒会の執行部だったのは、当然のことながら30年近く前である。

なんという長い歴史。まさに、伝統として受け継がれてきているのだ。

いくら田舎の中学生だとはいえ、学校の指導だけで、このような行為が続くものではない。先輩たちの姿が次々にうけつがれていったことで、親子二代にわたっての、誇るべき伝統として輝いているのだろう。

合唱コンクールを来週に控え、伴奏の練習に余念がない娘。昨日は、全校での中間発表会だったという。
「ほんとに、3年生の合唱がすごいんだよ~!」
部活動でも、生徒会でも、いつも先輩たちが大好きで、憧れている娘を見ていると、ちょっとうらやましいような気もするほどだ。

去年、6年生を担任していたとき、学級通信のタイトルは「憧憬」だった。憧れの存在になろう、・・・そんな気持ちをこめて。自分を高め、後輩を育てるために。

年長の者が、大人が、「お手本」を示せて、「憧れの存在」になれれば、きっとより良い社会になっていくんだろうな、と思う。とっても微力だけれど、親として、教育にかかわる一人として、しっかり生きていかなくちゃ、と気持ちをちょっとひきしめた。

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2006/09/27

新鮮な発見 エンカウンター

先週、都留文科大学の河村茂雄教授を、校内研修にお招きすることができた。Kawamura

  先日買ったプレジデントファミリーにも、顔写真つきの記事が載っていたけど、今、売れっ子の先生である。(写真は許可していただいたけど、一応小さめに)
 心理学の立場から分析していく、現代の子どもの精神構造や、集団の姿、さらに自己理解や受容。なるほどと聴き入り、ぐいぐい引き込まれていくような講演だった。話のうまさも抜群である。またあらためて紹介したいけど、興味のある方はこちらで。

 講演の後、エンカウンターのエクササイズをしてくださった。エンカウンターとは「出会い、心と心のふれあい、ホンネの交流」といった意味で、河村先生の提唱するのは、構成的グループエンカウンターというもの。自己肯定感を高め、対人関係能力の向上をめざす、など、理念は奥深い。こちらに資料がありました。

 が、エクササイズはとっても楽しかった。

①まず、なるべく知らない者同士のペアをつくる。
②最初に自己紹介をし合う。内容は・・・出身地、子どものころ好きだった漫画、タレント、歌、食べ物・・・など。(時間があれば質問も可)
③お互いに紹介しあったら、今度は前後のペアで4人組を作り、今聞いたことをもとに、他己紹介をする。
④グループの様子がわかったところで、今度は、4人の、子どものころの共通点を3分以内にできるだけ多く見つけ出す。ひとり「記憶係」を決めて発表。
⑤今度は参加者全員で9マスに区切られたワークシートにそれぞれ「プチ苦労」を書き込んでいく。同じ内容をあげた人がいれば、○をつけていって、ビンゴができるというゲーム形式。

 どんな感じだったかというと・・・

わたしは好きな歌手に山口百恵をあげたけど、相手のKさんは20年、ショーケンひとすじ!」テンプターズはわかんないけど、ショーケンはわかる。さらに子どもの頃から、くさやが好きだったというから・・・\(◎o◎)/!

ちょっと世代の異なる4人の共通点も、制限時間との勝負で盛り上がる。
「子どものころ、ドリフターズを見てた!」「ラーメンが好きだった!」「あんまり勉強しなかった!」(^_^;)・・・ナドナド

プチ苦労」もけっこう笑えた。「指導案」「時間がない」「健康管理」から、「もの忘れ」「となりの同僚」etc。 すぐにビンゴになったわたし(^_-)-☆

    ーちょっと追記・ ↑ ブロガーの皆様なら、なんて答えますか??(^o^)ー

他校からの参加者も含めた会場が、明るい和やかなムードに包まれていった。一人一人の違いを新たに発見し、その良さを知る。そして、他者との共通点を感じ、親しみを増していく。エンカウンターには、集団作りの基礎が盛り込まれている。

ペアのKさん(中学校教諭)が、質問した。
「できれば、保護者会で取り入れたいけれど、どんな方法が良いでしょう?」

河村先生。 「自己紹介などは同じ内容でもいいですし、お母さんたちの場合なら、子育ての悩みビンゴなどもいいでしょうね!」

なるほど。いいかも。(^^)v

新たな面が見えて、豊かになっていく人間関係。とっても魅力を感じたエンカウンターだった。

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2006/08/30

外国に紹介する「日本」って?

  知人が、秋に、海外視察に行くことになった。Map_1訪問先は、オランダとベルギーだそうである。

「現地の学校に行くので、紙芝居をしたいのだけれど、日本を代表するお話って何がいいと思います?」

「日本を代表するお話って??え?たとえば、桃太郎とか、そういうこと?」

「やっぱり、桃太郎?って出ますよね~。」

 派遣される一行の中でいろいろ考えて分担し、知人は紙芝居を用意することになったのだという。

 一緒にいた同僚が、サムライ、ゲイシャ、の世界だと思われても困りますけどね~、と笑った。たしかに(^_^;)。日本のイメージは、その辺がなかなか根強いようだし。日本では桃太郎をサムライに結びつけることはないだろうけど、いでたちは武士そのものか~。う~む。

 二番手に出て来たのはかぐや姫。日本最古の物語文学でもあるし、おもしろいけど、ちょっとS・F的なのかなあ?

  ヨーロッパの子供たちに(学年はまだわからないようですが)、日本を代表するお話として伝えるとしたら、みなさん、何が良いと思いますか??

 紙芝居だとかさばるから、エプロンシアターにしてみたら??なんて言ったら、「あ、いいですね~!」と、日頃からその手のことがとっても得意な知人の表情が、きらきらっと輝いた。やりそう。

 その他にも、お土産を持って行きたいけど、ということで、いろいろ話に花が咲いた。けん玉、お手玉、折り紙もいいよね、あと、こまとか??けっこう100円ショップでもあるし、なんて話しながら、今の日本の子供たちがどれだけこうしたもので遊べるのかなあ、なんて気もしてきた。ポケモンやドラえもんは日本のものとして海外でも人気らしいけれど・・・。 どんなお土産が喜ばれるのかなあ。

 帰宅後、いきさつを話して、まずは娘に、「日本を代表するお話って、なんだと思う?」と聞いたら、「え?なに?たとえば、桃太郎とか??」

 その後、娘が息子に聞いたら、「桃太郎とか、かぐや姫みたいなの??」

さらに、夫が帰宅後、聞いたら、「ん?桃太郎とかそういうの?」

 桃太郎、強し。\(◎o◎)/!

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2006/08/23

パナソニックRiSuPiaを体感!

前回の記事より続き、第2位は・・・

パナソニックRiSuPia(リスーピア)。

 ここ10年で6年生を担任する機会が4度あった。規模が小さい学校が続いたので、修学旅行の1日目はそれぞれいろいろなコースを組んでグループ活動を行うことができる。必然的に、東京のいろいろな施設にかなり詳しくなる。

九段下の科学技術館や、両国の江戸東京博物館、上野の国立科学博物館などは定番だけれど、ほかにも記憶に残る施設をあげてみると・・・日本科学未来館本所防災館ユニセフハウス水の科学館警視庁交通官制センター下町風俗資料館NHKスタジオパーク・・・etc。

そんなわけで(今年は修学旅行には関係ないにも関わらず)、最近興味をもっているのが、来月オープンのキッザニア(豊洲)と、今回行ったリスーピアであった。

リスーピアのキャッチフレーズは 「理数の魅力、体感ミュージアム」
Risupia新聞やテレビなどの紹介によれば、理数離れを食い止める一助として、Panasonicさんががんばった施設だということである。パナソニックセンターの、主に3階のフロア。ちなみに、小中学生の入場料は無料です。

 まず、リスーピアに入る前に、1階のフロアで、キッズスクールに飛び入り参加。その日は「水が教える大気圧」がテーマで、大気圧について、実験で示しつつ、わかりやすく教えてくれた。空気の圧す力を抜いていくと、水が20数度でも沸騰するようすなどを目の当たりに実感できて、とっても楽しかった。

 そしていよいよリスーピアに入場。一番やってみたかったのは、テレビで見た素数ホッケー。素数でない数字をはじき返すホッケーで、その他にも、ちょっと考えながら楽しめるコーナー(展示)がいっぱいだった。タングラムや、πのお話も面白かったし、娘はレンズ波紋のコーナーを気に入っていた。文系の我が家ではあるが、何をかくそう?、わたしは中学校時代までは数学が一番得意だった。理科はだめなんだけど、数学はけっこう好き。ターゲットは小3から中3というから、ちょうど良いことになり、面白かった。

 出口でカードをもらえて、帰宅後はそのIDとパスワードでログインして、ネットで二度も三度も楽しめる。職場で紹介したら、同僚がすっかりはまっていた。(早速教材化を試みましたよ!)

・・・って、いったいどういうの?と興味をもった方はこちらを見てください。動画でも説明してます。

 科学の不思議を感じられる施設はいろいろあるけど、何かが確かにわかるようになる感覚が心地よいのではないかと思う。主体的な愉しみ方ができるというのが良い。

 中2でたぶん文系の娘もかなりはまってしまったので、第2位!ということで。

 1位はもう、決まってしまいましたが・・・・いろいろ仕事を終わらせてから、明日以降アップしますね。

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2006/08/03

笑顔と言葉~本の読み聞かせ

キーワードは 笑顔言葉

だから、気持ちにゆとりをもって生活しなくちゃね。・・・

昨日出席した読み聞かせの講座で(一応、司書教諭ももっております)、朗読アドバイザーの先生が言っていた言葉です。たまたま、その前日に、越智啓子さんの本を読んで「笑顔」のたいせつさ(愛のエネルギー)を考えていたところだったから、パワーの源が共通してることを感じて、面白かった。

笑顔でする絵本の読み聞かせだいすきです!

子供たちが大好きな、「カラスのパン屋さん」。朝元気のない子に読んであげたら、とっても笑顔になった「11ぴきのねこ」。そういえば、「ぞうのババール」も子供たちには大人気。(リンクはる時間がなくてごめんなさい。あとではる予定・・・??)

いろんな絵本のことが浮かんできてしまう。「あらしのよるに」がでたころ、初めて読んだときの子どもたちの「え~、次どうなるの~~!?」って反応も、と~っても楽しかった。

この日の先生は、「花咲き山」や「ちいちゃんのかげおくり」「蜘蛛の糸」など、いろいろな本の読み聞かせを少しずつ、してくださった。最後に、一番感動した、BGMにのせて読んでくださった「葉っぱのフレディ」。もちろん、知っている話なのに・・・涙が出そうになってしまって、そのあと、なんとも言えない感情で心がいっぱいになっていった。

おすすめ図書にはもちろん入っているけど、子どもたちにも、声で、言葉で聞かせたい!同僚とも、2学期、ぜったい読もうね~!!って約束をした。

当然、帰り道に、図書館に立ち寄った。山猫編集長さんのブログにあった「それはすばらしいなつのあるひ」をまずは読んで、それからあらためて「葉っぱのフレディ」を借りて・・・。すっかり本の世界にひたっていた。

実は・・・小学校を卒業する時に書いた将来の夢は童話作家(#^.^#)なんです。

創造力も想像力も足りず、とても無理だったけど、幼い頃の夢って生涯を通じて自分の生活を豊かにしてくれる、って思うときがある。

笑顔で、たくさんの言葉を、子どもたちに届けていきたいな!

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2006/07/19

ツバメの巣立ちに想う

2006_0715july0003  週末に、ツバメの巣から一羽のひなが落ちてしまった と2006_0715july0001心配そうに黄色い帽子の女の子が見守っていた。

親ツバメに、こっちにもいるよ、えさをあげてね、と 一生懸命話しかけながら・・・

心ぼそそうにしている、一羽のひな鳥。なかなかえさをもらえない。
とても・・・気にかかる光景だった。

翌日は、真夏日だった。

花の水やりが気になって出勤すると、ツバメたちが巣立ちの練習をしていた。

2006_0717july0002_2   2006_0717july0007_1目の前にある木に、飛ぼうとしている。

羽を一生懸命にはばたかせて・・・。

はばたきをみんなで見つめ、見守っている。そして、順番で・・・また飛ぶ。

ツバメの巣はよく見るけれど、巣立ちの練習を見たのは初めてだった。何回も何回も挑戦する姿に、がんばれ、と応援しながらなんだか胸がいっぱいになってしまった。

 校庭のむこうでは、幼稚園の夕涼み会

 それぞれの世界の・・・ それぞれの子育て。

 夏休みが間近である。娘が小1になってからは、毎年、家族旅行の計画が楽しみだった。ここ数年は、日程を合わせるのも難しくて国内旅行。でも、さすがに息子が高校3年ということで、今年は今のところプランを立てていない。

 (受験生といっても、とりあえず部活が終わったというくらいで あまり緊迫感もなく、予備校に行くでもなく・・・大丈夫なの??・・・なんだけど。)

 でも・・・確実に、巣立ちの日は近づいている。

 考えるとさみしくなってしまって、・・・ツバメを見習わなくちゃと、思ってしまう。

 日曜日に行ってみたら、もう、巣には一羽のひなもいなかった。 あの、落ちてしまったひな鳥の姿もない。きっとみんな、新しい世界にはばたいていったのだろう。

 学び舎からの巣立ち・・・。たくさんのはばたきを、愛情深く 見守っていきたい。

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2006/06/25

土曜の中学校公開日

昨日の土曜日は、娘の中学校の学校公開日だった。
午前中には授業が4コマ、午後には部活動交流が行われた。

この中学校には、三つの小学校から入学する。
そのうち一つは、娘の出身校。別の一つはわたしの勤務校。

娘は中2。
17年度に担任した6年生が中1。
15年度に担任した6年生が中3。

つまり、今年は、すべての学年を参観する楽しみがある、生涯に一度のラッキー年なのである。(・・・って、おおげさ??)

3年生の音楽は合唱だった。
気づいてくれた子たちが、にこにこしながら小さく手を振ってくれる。
大人びた、深い歌声に、感動。
歌声を聞くだけで、涙腺を刺激されてしまう、(川島教授によると)脳が老化しているわたし。

1年生の体育にも行った。
「マット運動ばっちりだよ~」と、前日に学校に来た卒業生が言っていたので、楽しみに見に行ったけれど、もう発表の順番が終わってしまっていた (+o+)
体育館のすみで、もと保護者のお母さんたちと、あれこれ近況を話す。
テストが終わったところなので、やはりその辺の話題が多い。

もちろん、2年生の授業にも行った。しばらく見てから廊下に出ると、となりのクラスのお母さんたちに出会う。近所の方だが、会うのもひさびさで、また、しばしあれこれ話していた。(小さい声です。)

そこでちょっと、職場でも以前話題になり、また、何かの記事でも見かけた問題が頭をよぎる。

カンタンに言えば・・・授業参観日に、保護者の私語が多い・・・というもの。

さすがに、教室の中では黙っていたからちょっと意味が違うんだけど、学校でお母さんたち同士話したくなっちゃう気持ちはよくわかる。

何のために来たのか、子供の授業を見るためでしょ、っていうのも確かなんだけど・・・。

学校として、よく、保護者同士の連携を、と言うけれど、
幼稚園のお迎えの時期をすぎると、なかなか顔を合わせる機会もない。
懇談会はあるけれど、そこで何か言うにはけっこう勇気がいる。
場所を変えてあらためてお話をするほどのことでもないし・・・。

結果、参観日の立ち話、ということにもなる。かなり貴重な機会といえよう。

どういう日程や方法を組んだら、この機会を生かせるのかなあ、なんて考えていた。

前に何度か、親子懇談会を試みたこともある。いろんな問題も共有できて、けっこう良かった。参加型授業もいい。クラスや学年を超えてやる方法はあるかなあ。

子供に関わる多くの人たちが、親しくなっていくこと。これはゼッタイとても大切なことだと思う。

午後は、部活参観だった。

ここはやはり夫の出番。またもや前衛のレフトに入っている。
あのさ~、女子バレー部だよ~、勧められたからって、遠慮しとけば~~(^_^;)

2006_0624june0009かなり力は加減していた様子ではあるが、けっこういいプレーがあって、「お父さん、かっこいいね~!」と何人もの友達に言われた娘は、まんざらでもないようすだった。これでまた、日々、部活の話にも花が咲くのであろう。

それにしても、息子といい、夫といい、なぜこうもTシャツにこだわるのか。このTシャツを、わざわざ午前中にスポーツのシラトリに買いにいった夫。いったい、次は、いつ着るの~~??

 先生たち、おうちの皆さん、生徒のみなさん、暑い一日でしたね、お疲れさま。
でも、こういう楽しい一日がもてる、すてきな中学校で、・・・幸せです!(*^_^*)。

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2006/06/17

ひそやかな楽しみ

 先週の日曜日は、地区の男子バレー大会だった。
チームでは最年長、しかもバレー部の経験もない夫が前衛のレフト、という状態に反映されるように、かなり厳しい選手事情。(経験もないのに、出なくてはならない地区事情。選手の皆さん、お疲れ様です) しかも、相手のチームは、優勝候補だという。

娘と一緒に応援に行った体育館。夫たちのチームはすでにコートに入っていた。

 ふと見ると、なんと夫の真向かい、つまり前衛のライトにいるのは、かつて中1で担任したKくんだった。当時、彼の迫力あるアタックで、中体連ではかなり素晴らしい成績をおさめた。(少食のわたしは、中学生並みの給食が食べ切れなくて、よく食べてもらったっけ。)わたしは、転任後も応援に行ったものである。

 いったい、どっち応援するの~~(+o+)??

 複雑な想いながら、とりあえず?は夫を応援。娘の応援もあり、夫もかなりの?活躍ではあったが、当然のことながらチーム力の差で、惨敗。・・・これはまあ、当然のなりゆきです。

 試合後、ロビーに出てきたKくんと、お母さんと、ほんとうに久々の再会となった。背も伸びた彼は、階段で一段上に立っていたわたしに、「もう一段上がった方がいいですよ~。」  お母さんは「旦那さん、わか~い!」 以前と変わらず、盛り上がってしまった。

 その後は、夫と娘と一緒に、Kくんチームを応援。セッターも担任した子だったので、応援にも熱が入る。またもやストレート勝ち。すばらしかった。夫たちが惨敗したにもかかわらず、と~~~っても嬉しい、感動の一日になった。(*^_^*) 

 担任した子たちの活躍をみるのは、この仕事のひそやかな楽しみである。
 ひそやかな、というのは、「教え子なんだよ~。」という言い方は不遜な感じがするし、子供は担任を通り過ぎて、どんどん大きくなっていくものだと思うから、陰ながら応援してるよ、っていう感じ、かな。

 よく、家庭と学校の連携とかいうけど、教員にとって、本当に子供の成長の喜びをわかちあえるのは、保護者をおいてほかにはない、と思っている。だから心を一つにして、その子を育てていきたいし、ずっと成長を見守っていきたい。(面談のときに、三人の机を△状に置くのも、わたしなりのちょっとしたこだわりです。)

 たまたまこの何日か後、中3で担任したYさんのお母さんと再会し、しばらく話し込んだ。当時から福祉関係の仕事をめざしていた彼女は、看護士さんを経て、福祉の仕事に就く予定だという。しっかり生きている彼女に拍手を送りたいし、たくさんの苦労を支え続けてきた明るいお母さんもすばらしいと思う。

 ・・・バレーの試合のあと、ネットのかたづけのとき、夫が初対面になるKくんに話しかけたそうだ。「気持ちよく打ってたな~(^o^)」 いやあ、それほどでも、という感じで笑うKくんに、夫は、「うちのも、喜んでたよ。」と伝えたという。・・・なんだかわかんないけど、夫のその、さりげない心遣いにじわ~っときて、胸がいっぱいになって涙が出そうになってしまった。

 微力だけれど、これからも、精一杯しごとをしていきたいなって・・・思っている。

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2006/06/11

じゃんけんグーの経験則

昨日、PTA関係の講演会から帰宅した夫がいきなり、

「じゃんけん、グー!」   (・・?

わたしの出したグーを見て、一言。「やっぱりな~(^◇^)」
なんなんだ、いったい?

・・・・やってみてください。みなさん。じゃんけん、グー!・・・

このときのグーに握った手の形がポイントなんだそうです。2006_0611june0004_1

2006_0611june0005

  

2006_0611june0006 親指に注目。

外?
中?
横?

どうですか?

講演してくださった千葉大学の明石先生によると

 外の人は、社交的で、社会参加をするタイプ。
 中の人は、上品な良妻賢母型。
 その中間の横?の人は、知的で頭が柔らかい。
こんな感じに分類されるそうなんです。

講演記録が公開されているWebページがあったので、正確にはそちらをごらんください。ぜひ!

「やっぱり!」と言われたわたしはというと、外側でした~。
でもね~、お話してるのは好きだけど、ふすまは足では開けないぞ~~!
親指を中に入れてグーをするのなんて、霊柩車を見たときぐらいだし・・・(-_-;)

「経験則」とか「家風」っていうキーワードにはとっても興味津々。

いろんな人とじゃんけんグーをしてみたいけど、職場じゃ結果が明らか過ぎるだろうな。

 追記・上記の議事録によると、男性の方は95%が外側だそうです。なんで??

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2006/04/23

常識力検定って?

わたしは、知識にあんまり・・・というかほとんど自信がない。
いろんなことをあまり知らない、っていう感じ。

我が家では、一応いろんなことを知っているのは夫と息子。
新聞見たりしてわかんない言葉があると、だいたい夫に聞く。
子どもたちも社会科などでわからないと、だいたい夫に聞く。

わたしと娘は、知識より表現のほうのタイプ。??
わたしは、中学までは、数学がものすごく好きで得意だったので、そのあたりのことは夫よりも子どもたちの力になれるんだけど・・・。

・・・と、そんなことはどうでもいいとして・・・。

今日の新聞に「常識力検定」なるものが載っていた。

漢字検定、英語検定などには関心のある息子も知らなかったというこの検定。
新聞にも例題が出ていたけれど、どういうものかとサイトを見てみた。

日本常識力検定協会である。(リンク)
教養というほどでもない、いわゆる常識的分野。ためしにオンラインの診断テストをやってみたら、70点でCランクでした~^^; これってどうなの??

教育に最適だと、企業や学校で検定ラッシュだというのも、時代の要請でしょうか。

検定を受けようとまでは思わないけど、ちょっと問題集は買ってみたいかも、なんて思ったのでした。こういう類なら、夫や長男にも、あんまり差をつけられずにすみそうなんだけど?
みなさん、やってみてくださいね。(^_-)-☆

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2006/03/26

敬語はむずかしい?

四月を迎えるにあたり、夫のスーツを買いにいきました。紳士服の○○KI。ちょっとおしゃれ感があります。店員さんもはつらつとしていて、とっても丁寧です。もちろん。

おすそはどういたしますか。」
お首はどのくらいでいらっしゃいますか。」
スーツを二着、ネクタイ、Yシャツなどいろいろ買って、会計を待つ間お茶をいただいていると、今度はおもむろに
おねーむはどういたしましょう?」
おねーむ? ああ、上着のネームか^^;

このときまで、ワンタックとか、すそはシングル?ダブル?とかっていうやりとりに、意味わかんない用語がいろいろあると思って聴いていたという娘は
nameになんで をつけるの~?また、知らない言葉かと思っちゃったよ。」
そうだよね~、たしかに。

わたしは、学生時代、お菓子のKOTOBUKIでバイトをしてました。注文されたケーキをつめた箱を見せて「こちらでよろしいですか。」と伺うと、「はい、よろしいです。」は、けっこうあったかな、うん。日本語って難しいですよね。

これまでで一番忘れられない場面。たしか、3,4年前です。

台風が接近している海岸でニュースのレポーターさんが取材していました。波が高くなり、危険が迫っている海で、楽しくサーフィンをしている人たちにインタビューをしていたのです。けっこうさわやかな感じの青年がインタビューを受けてたと思うんだけど・・・

レポーターさん「今、大きな台風が迫っているんですけど、ご存知ですか?」

サーファーさん「はい、ご存知です。」

お~~い!  失礼ですけど・・・二重に おばかっちょだし。(+o+)

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2006/03/24

母の投稿~新卒だった私に

新規採用のフレッシュな若者たちが、今日は初任の学校をおとずれたはずだ。きっと、大きな希望と不安を抱えて、職場での挨拶を行ったのだろう。
わたしにとって忘れられないのは、あの、朝日新聞家庭欄「ひととき」への母の投稿。今でも時折読み返しては胸が熱くなる。・・・全文を紹介します。ちょっと長いけど・・・読んでください。

御蔵島へ赴任した娘
「行ってきま~す」
いつもと変わりなく出て行く娘。何の気負いもなく、淡々として船に乗り込む娘。伊豆七島・三宅島の先、御蔵島の学校の先生として赴任していくのだ。人口二百四十人、全校生徒二十四人。四十八の瞳の、そんな小さな学校へ。

 島への赴任には最後まで反対だった主人が、夜遅くまで娘の身の回りの品物を箱に詰め、荷造りをしていた。もちろん無言でだったが。姉を頼りに生きてきた弟にも、自立の時が来た。もちろん私にもだが・・・。こうして我が家にも一大転換期がやってきた。

 「島へ赴任の話があったからお受けしたい。」と娘が言い出したとき、一も二もなく賛成した私だが、いまこうしてガランとした娘の部屋を見ると、早まったと後悔している。まったくだらしのない母親だ。

「島では梅雨といわないで雨期っていうんだって。」
「雨がスコールみたいに降るそうだ。だから木々の生長が早いんだろう」
「東京都だっていうけれど、なんだか外国みたいだね。」
食い気一本の息子は、海が荒れると何日も船が着かないと聞き、「食料は大丈夫か」と心配している。こうして残された三人は、地図帳を前に、島の風土、人々の暮らしなどについて、世のふけるのも忘れて話しこんだ。

 待ちに待った娘からの電話は、島の学校の先生方のすばらしさ、しっかりしている生徒たち、島の皆さんの温かさなど、手短ではあったが、そのはずんだ声に娘の島での生活ぶりが想像できた。

 御蔵島の皆さん、娘をどうぞよろしくお願いします。つぼみ先生もがんばれ!

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 この記事が出てからしばらく、島では「新聞の先生!」って、よく声をかけていただいた。  今はもう、二人の子供をもち、当時の母の年齢にも近くなったわたし。母の思いも、実感として感じられる気がする。

 新採の学校が自分の教育の原点になる、と言われることがあるけれど、わたしの場合、学級の子供に、肉親のような愛情を感じてしまうのは、やはりこのときの教え子たちとの日々が原点になっているのかもしれない。

 フレッシュマンの皆さん、それぞれの職場で、どうかがんばってください!

 P.S わたしもいつか、新聞に投稿したい、ってずっと思っているうちに、どんどん、公表したくない年齢になってきてしまった・・・(-_-;) 新聞って、どうして年齢明記なの??あ~、今の時代に、ブログがあって良かった(*^_^*)

     

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2006/03/18

桜の季節~卒業式の思い

清水へ祇園をよぎる桜月夜 今宵逢う人みな美しき
4月の最初に、担任の先生がされていた国語の授業です。覚えていますか。」

学校長式辞の、最初の言葉だった。

卒業生の呼名を終え、少しほっとしていたわたしの心に、1年前の、6年生との授業開きの日がよみがえってきた。6年生の教室は、東側と南側に、窓が大きく開いている。その日、教室に入ったら、子供たちの背にあたる東の窓の向こうに、桜吹雪が舞っていた。桜の歌はたくさんあるけれど、わたしはこの桜月夜の歌が好きで、子供たちに紹介したのだった。

あれからもう、1年。

卒業生を送り出すのは6回目になるが、とにかく、式が滞りなく進行するかどうか、とっても緊張しているので、どきどきしている。子供たちの、そして保護者の皆様の心に美しい思い出として残ってほしい、それがすべてでもある。門出の言葉の最後の、卒業生合唱のあたりにきて、安堵感とともに、胸がいっぱいになってくる。
今年の歌は「栄光の架橋」いくつもの日々をこえて辿り着いた今がある・・この歌を何度歌ったことだろう。言葉に思いをたくし、時に、涙が出そうになりながら・・・。最後の、子供たちの熱唱に・・・、涙がひとすじ こぼれていく。

教室に戻って、式でのすばらしさを賞賛し、感動をわかちあった後、冒頭の与謝野晶子の歌に戻った。あの短歌から1年。また桜の季節がめぐってきて、別れのときが来てしまったと。自分を愛し、仲間を大切にして、しっかり生きていってね、と、最後のメッセージを伝える。涙ながらになってしまって・・・ 子供たちも 何人もの子が 泣いていて・・・。

何枚もの記念撮影を笑顔で終えたあと、教室に戻る。美しく飾り付けられた教室に、ひとりでぽつんと立つと、さみしさがこみ上げてくる。最後の子供たちの日記や、おうちの方がくださったお手紙が、心の中までしみてきて、また涙があふれてきてしまう。

めいっぱい走ってきた一年間。「花になれ 力を集めて 夢に向かって」・・・この学級目標に向かって、思い出をたくさん重ねてきた1年間がよみがえる。

元気がとりえのわたしに、感傷はあんまり似合わないけど、ちょっとの間、それもよしとしよう。今は脱力しちゃってるけど、またエネルギーをためて、4月からがんばるぞ!

・・・卒業おめでとう。みんな。新しい世界で、大きくはばたいてください(ToT)/~~~

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2006/03/15

乗せられなかった女の子

久しぶりによく晴れた朝だった。
すれ違う小学生の子供たちの顔も、心なしか嬉しそうに見える。

少し車を走らせると
赤いランドセルにポニーテールの女の子が、学校とは反対の方向に必死で走っていた。忘れ物でもしてしまったのだろうか。

もちろん、登校班はもう、ずっと先に行ってしまって見えない。どこまで走るのだろう、緩やかな上り坂になっている道を、女の子は走り続けていた。今からお家にもどって、それからまた走って学校にいくのだろうか。

「乗せてあげるよ。」・・・と 声をかけたい、と思った。

でも・・・わたしはその子のことを知らない。当然、その子もわたしのことを知らない。知らない人の車にのってはいけない。だから、・・・乗せてはいけない。もし・・・乗ったとして、女の子はお家で叱られてしまうかもしれない。そんなふうに、・・・一瞬、いろんなことを考えてしまって、そのまま、すうっと追い越し、通り過ぎてしまった。なんだか、寂しいような、苦しいような気持ちでいっぱいになりながら。

たいへんな思いをしたあの女の子は、きっともう、忘れ物には気をつけるだろう。そして、それがちっちゃな成長の場面になるんだろう。・・・そう思うことで、自分を納得させたんだけど、なんとなく・・・やっぱり、ちょっぴりつらい気がした。

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2006/03/03

勉強しないー高校生意識調査

「高校生っていうけどさ、誰に調査したわけ?
少なくとも僕は答えてない!」
と息子はご立腹。昨日新聞やテレビをにぎわせた、高校生意識調査である。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20060302ur02.htmここが見やすいかな?

たしかに母集団が少なすぎるとわたしも思ったけれど、統計学的には問題がないのだとか。まあ、高校生のほとんどが、大衆文化と称されるものや、ケータイなどのメディアにのみ興味を持ち、成績をあげようなんて考えてもいない、という結果にはうなずけなくもない。

努力をすること、意欲をもって向上をめざすこと。確かに小学校段階からそれが難しい子が多くなってきた気はする。でも、それが、学歴偏重の弊害を嘆いた政策のためなのかどうかはやや疑問。仮にそうしなかったら今とは違う結果が出ているかというと、それでもたぶんあまりかわらないのではないかという気がするから。・・・というだけの理由だけれど。

個性尊重ということは、別に甘やかすということではないし、自分の良さに気づき、自己肯定感に支えられた子は、意欲的な生活ができる、ということは現場の実感だもの。わたしは、それはとても大事なことだと思ってる。その基盤がなければ、叱れない。

諸説ある中で以前新聞記事で読んだ、「1960年代生まれ」のキーワードが実はひっかかっている。この年代は、高度成長期に育ち、父親不在状態で育ち(つまり、倫理観や道徳心が薄いのかな)、校内暴力を引き起こし、果ては贅沢でバブリーな青春も過ごした世代。その年代が親になって今度は・・・、といったような説だったかな。妙に納得してしまった。かくいうわたしも、1960年代生まれの一人だから。たしかに、なんだか、しっかり育った気があんまりしないもの。まあ、息子同様、ひとくくりにされるのは抵抗はあるんですけどね。

どこにどう責任をもっていってもしょうがないんだけど、やっぱり個人の土台、つまり価値観の植え付けは家庭だと思うけど、違うのかな。高校生が意欲をもって学習全般に取り組めるためには、ほんとうにどうしたら良いのかな、と思う。非行とかじゃない、普通レベルの子(つまり、勉強にもしっかり取り組みそうな子)に対して、あまりにもいろんな誘惑(商品)が大きすぎて、とも思うけど、不況打破には市場開拓あるのみか。

このへんの流れ、星新一だったらどんなSFにするんだろうな、って思う。こわいけれど。

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2006/02/26

養老氏 漫画が脳に良い?

昨日何気なくつけていたテレビで、
養老さんが 漫画は日本人に向いていて 脳にも良い
という話をしていました。小説よりも脳が活性化しているそうです。

サンプルに使われていたのは「うる星やつら。」
「ダーリン、およぐっちゃ。」だかなんだかいうセリフがついていたと思う。

番組をしっかり見ていた訳ではないのだけど
漢字もそもそも絵から生まれている、絵と文字と一緒に認識することの良さ、
などを解説されていたようでした。

う~~ん、なんか ・・・もやっと

漫画は確かに好きだった。
小学校のころは、マーガレットを毎週読んでいた。
「ベルサイユのばら」や「エースをねらえ」には夢中になっていて
世界史もよくわからないのに、フランス革命にはやたら詳しくなっていたと思う。
その後はなぜか、少年チャンピオンをよく読んでいた。
「マカロニほうれん荘」がお気に入りで、「チョー」が流行っていたと記憶する。
だから 漫画もいいもんだ、とは思うのだけど、
それで脳が活性化し、育っていたのかどうかとなると・・・???
そもそも実感のあるものではないけれど、・・・実感がない。

だって、漫画ってリラックスなんじゃないの?かな。
前に川島さんは、テレビはリラックスのためのもので
視聴している時に脳はほとんど働いていないと言っていたけど
漫画も自分としてはそういう部類のような気がしているんですが・・・。

夫は「美味しんぼ」が好きで、90巻以上、そろえて持っている。
寝ながらコミックを読む姿は以前から子供たちのものマネのネタになっているけど
それで彼の脳は活性化されているのだろうか?
だとしたら、最近わたし同様短期記憶の衰えを嘆いている彼にとっては
またとない朗報ではあるのだけれど?

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2006/02/19

「祖国とは国語」家族の会話

思わず「祖国とは国語」をシリーズ化してしまっていました。
とりあえず、今回まで、ということにし、小学校時代に大好きだった「クオレ物語」や「最後の授業」も出てきていたのがあまりにも懐かしく、読書ネタでしめようか、とも思ったのだけれど・・・。

やはり最後にこの本に収録されているエッセイの楽しさに言及しないわけにはいかないでしょう。

一言で言えば「理系家族ってこういう会話してるんだ~~~。」という驚き。
これに尽きる。

もっとも斬新な存在として印象的なのは三男のサブくんである。
反例を見つけることの鋭さといったら、圧倒的な感じだ。
しかも科学的かつユーモアにとんだ家族の会話がいい。
門前の小僧、という言葉があるけれど、こういう家庭環境で育った子供は幸せである。

テスト前で勉強中の高校生の長男に、ちょっとだから読んでみて、と見せた。
彼は今は時間がないけど基本的には読書家で、彼の読む本はすでにわたしには難解である。
それだけに、彼がどういうコメントをするかは、わたしにとって興味深いのである。

食事時だったので、左利きの彼は右手に文庫を持ちながら

けっこう笑い出した。  やったあ(^_-)-☆

「力士の汗かき」にも受けていたが、「できるだけ重々しく単なる思いつきを言った。」といった、程よく力のぬけた一流教養人の筆致がとても気に入ったらしい。ほんと、いいよね。

我が家もかなりよく話すので、文系家族の会話もこれからメモしておいて、ブログに載せてみようなどと思い立った。しかし、サブくんのようなスパイスが不足している。

「要するに、反例を示せればいいんだね?」と長男。

だめ。文系の場合、単なる屁理屈になるから。

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2006/02/18

「祖国とは国語」英語の話題

わたしは英語コンプレックスです。・・・というくらい、英語には苦手意識があります。
そうは言っても、都立高校の入試は満点でした。・・・が、そこで終わりです。(T_T)

わたしはどちらかというと、話すのは結構得意分野と言われているほう。まあ、声だけ聞けば美人なのかもと勘違いする人もいます。だからできれば、佐藤ゆかり(だっけ?)議員のように英語もぺらぺらに操ってみたいものだと思うのですが、まったくダメ・・・。

これまでの生涯でもっとも英語熱が高まったのは、シンガポールに行ったときでした。なんか、バードパークみたいなところで、楽しいショーをやっていて、幼稚園児のみなさんがたくさん来ていました。伊豆で言えば三津シーパラダイスみたいなものです。面白そうなショーに大笑いしている観衆。・・・なのにこっちはわけわからない。当時小5と小1だった子供たちに、なんと言っているのか聞かれ、答えられないふがいない両親でした。はぁ・・・。

帰国後わたしは次の海外旅行を目標に、アルクに入会。ヒアリングマラソンはまだ無理だと思い、その下くらいのコースを受講。しばらくけっこうまじめに続けました。心なしか、少し英語も聞き取れる感じがしてきて、とくにゆっくり話すブッシュさんの演説くらいなら、なんかけっこうわかったりして。・・・しかし、これも、長くは続きませんでした。

だって、外国人となんて、ほとんど(全然)話さないんですよ。この田舎では。

国際人にとかいうけれど、それはとても大切だろうけれど、いったいどれだけの人が国際人として生きていけるのか。国際人にならない大多数の人の学ぶ英語の時間はいったいいつ生かされるというのか。・・・こんな本音もちょっとあったんですよね、言えないけど。

藤原氏はこの点に関して、国民の五割が学習し、20%がどうにか使え、5%くらいのエリートが流暢に操れる、・・・・くらいでちょうどいいのではないか、といっています。全国民を追い込むのは、壮大な国家エネルギーの浪費だとも。これって、共感しちゃうんですが、危険でしょうか?

とはいえ、自身の反省から、子供たち二人は、中学入学の少し前から英語クラブに行ってます。マザーグースという、自然で楽しい英語の空間です。そのおかげで子供たちは英語が好き。それならそれに越したことはないとも思うのだけれど・・・。う~ん、フクザツです。

でもやっぱり現場としては・・・他の授業をしっかりやる時間がたっぷりほしい・・・かな。

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「祖国とは国語」と齋藤孝氏

「祖国とは国語」の第1編目は「国語教育絶対論」である。

国家を思う大局的展望をもつにはほど遠いわたしではありますが、古典の暗唱は大好き。源氏物語の「御法」の巻を暗誦して、紫の上の最期に感情移入していた大学時代を思い出す。漢詩の響きも好き。すっきりしていて気持ちがいい。

今年もけっこう暗誦はやってきました。子供たちの覚えは早いし、さらっとそういうのが出てくると教養!って感じでかっこいい。(すみません、ミーハー的な言い方ですね。そう軽いノリでやっているわけではありません、けっして)読書がなかなか進まないタイプの子でも、生き生きと暗誦することで、言葉を獲得していく。

思えば、これらを思い切って取り入れるようになったのは、やはり齋藤孝氏の影響が大きい。何年か前、地元で齋藤氏の講演を聞く機会に恵まれた。教職員向けの講演会だったけれど、我が家は子供二人もつれて出かけて行った。あ~、新鮮だったなあ、ほんと。演習を交えた講演も楽しかったし、なんといってもコメント力、質問力、段取り力の三つの力にはものすご~く共感した。これだよ、そうなんだよ、って感じでフィットしてしまった。もちろん、講演後の我が家でこの言葉がたいへんはやったのは言うまでもない。

だから、そうか、古典を小学校でやってもいいんだ、と思えて、始められた。なんといっても、とっても元気になれたし。社会と関連させて、今年は枕草子や源氏物語の冒頭文も暗誦した。何ヶ月も経っているのに、昨日も子供たちは急にでも言えていた。文語って、潔いし、美しいから、とても好きなのである。

「祖国とは国語」からこうした実践に入れたかどうかは判断しかねるが、齋藤氏からだったので、わたしは入っていけた。入っておいて、よかったなぁ、なんてこの本を読みながら思っていたら、なんと文庫のあとがきは「齋藤孝」であった。・・・やはり。

あとがきの1行目。「ああ、この人に文部科学大臣になってもらいたい。」妙に納得・・・。あとから知ったことだけど、単行本ではこの言葉、帯になっていたんですね。

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2006/02/17

「祖国とは国語」論理と情緒

教育の世界は、本当にあれこれとめまぐるしく動きすぎると思う。
研修を担当する機会が多かったので、ある意味疲れてしまう。

たとえば総合的な学習の開始の時期にはそれを勉強し、視察し、必要性をとく
もちろん、自分も一生懸命取り組む。

とにかく、率先してやっていくことが大切だと思ってやっていく。
でも当然のことながら温度差や力量差はある。

世が批判的な風潮になると、声高に、それみたことかと言うのは
自分がやったこともなく、または努力もしたことのない人たちであることが多い。
少なくとも現場においては。・・・

そういうことが繰り返されていくと、意欲もだんだん衰えていく気がする。

こんなことを経験しつつ、遅ればせながらやっぱり自分のスタイルをしっかり確立したい、自分が大切にするものに自信をもちたい、と最近願うようになった。「不易と流行」の、自分としての不易を。

「国家の品格」で話題の藤原正彦氏が、一に国語、二に国語、・・・と言っていたのは以前から聞いていたけれど、なんか、国家とか祖国とかそういう言葉にすんなりなじめない自分がいて、本も読まずにいたのだけれど、高2の息子が買ってきた「世にも美しい数学入門」をぱらぱらとめくって、自分の中での藤原氏のイメージが変わって、「祖国とは国語」を買ってみた。もう文庫になっているんだから、世からはかなり遅れたのだろうけれど・・・。

読み始めはとってもどきどきする。

自分がやっていることや言っていることと違ってたらいやだなあ、という不安があるから。

だってやっぱり今藤原氏はかなり支持されているわけですから、逆だったらと思うとさすがにこわいでしょ?

で・・・結果的には、自分が国語教育の中でたいせつにしていることと、驚くほど似ていた。考え方は同じではないし、過激すぎてついていけない、というところもあるんだけど、でも実践部分はとても似ている。要約するのは気が引けるので試みないけれど、論理と情緒。そう、それが国語です!藤原先生、ありがとう、って感じです。

今回自分の中でうれしかったのは、祖国愛という言葉との出会いでした。別に日の丸反対とかそういう思想はなんにもないけど、愛国心という言葉に危険なものを感じてしまうところはあったので、そうではない、日本的なものへの誇りやプライドっていうのを教えるときに、すてきな概念だなあと思いました。

この、たった420円の文庫から感じたことはとっても多いので、続きます!

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2006/01/09

細木さん「挨拶しちゃだめ」

 昨夜、見るともなく細木数子さんの番組を見ていました。スバリ言う細木さんは、かなり強烈ですが、わたしは嫌いではないんです。細木さんの言うことには、生きていくうえで大切なことが示されている、って思うし、いろんな立場の人が、思っていても言えずにいることを、はっきり伝えて納得させるあたりは、さすがだとも思います。

 昨日は小学生とか若者とか、いろんな人たちがスタジオに集合していたんですが・・・。その中で小学生の可愛い女の子が、知らない人にも笑顔で挨拶してる、って言って怒られちゃったんですよね。だめ、そんなことしちゃ、って。もっと用心しなさい、危機感がなさすぎる、自己防衛力を高めなさい、って。確かに、今のご時勢、そうですよね。人を疑ってかかる能力は必要。無防備ではいけない。確かにそうです。親はそれを教えなくてはいけない。

 一緒にテレビを見ていた娘はきょとん、です。都会と田舎の差なのでしょうか、うちの方では進んでだれにでも挨拶することが良いとされています。だいたいが知っている人ということもあるのですが、祖父母もわたしたち親も、みんなに挨拶できる子になってほしいと思いながら育ててきました。挨拶をかわす気持ちよさはもちろん、挨拶していれば覚えてもらえる、そしていつも目で、あなたを守ってくれるよ、とも教えてきました。だから、息子も娘も登下校では「知らない人」にも挨拶してきました。本来、地域はそうありたいですよね。子供によってつながる地域であってほしいし。でも、そんな甘いこと言ってられないところのほうが多いんだろうな・・・。

 そうしたことをたぶん大切にしそうな細木さんまでも、見知らぬ人への挨拶を戒めるところまで、世の中は悪化しているんだなあ、と今更ながら思ったのです。都立の高校生だったころ、バスに素通りされたわたしを、知らないおじさんが自転車のうしろに乗せて駅まで運んでくれたことを思い出しました。当時母にもあきれられたけれど、まったく無防備でいられた(いすぎだったけど)世の中でした。どうしたら、もっとあったかな世の中になるんだろう。疑心暗鬼で生きるなんて、つらすぎるのに。

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