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2011/08/05

災害ボランティアin仙台市

  もしボランティアに行きたいと思っている人がいたら役立ててほしいと思う気持ちもあって
  書いたので、かなり長文です。時間のあるときに読んでくださいね。

出発前

 8月3日(水)、朝。

大宮駅で学生時代の群馬の友達と待ち合わせて、「bullettrainはやて」に乗り、仙台に向かう。

やっとここまで来た、という思いと
どんな気持ちで帰ることになるのだろうかという不安が、交錯する。

被災地に行くこと、小さなことでも何か力になること、自分の五感で災害を知ること・・・

そうした強い願いの一方で、

たいしたことができるわけでもないのだから、
一方的な気持ちはかえって迷惑になるだけなのかもしれない
ボランティアという名の自己満足を求めているだけじゃないのか、とも考えてしまう、出発前の2週間だった。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 女性2人の、個人で行く災害ボランティア。

当初、中旬の夏季休暇をあてることを考えていたが、お盆期間は新盆にもなるし、ボランティアセンター(VC)もほとんど休みになるようなので、日程を8月3日、4日に変更した。たった一泊は短かったが、友達も教員なので、なんとか合わせて休みをとれるところがほかにはなかったのだ。

日程と目的地が先に決定してしまっている中、
インターネットや電話で、いろいろ調べたり問い合わせたりするが、

すでにその日はもういっぱいであったり、登録制をとっていて直前まで仕事の有無はわからなかったりという状況が続く。

依頼があって初めてボランティアは成り立つものなので、こちらの都合でお願いするのはもちろん筋違いだとわかってはいるのだけれど、行ったからには何かさせていただきたい。でも、はたしてそれができるかどうかが、なかなかわからない。

なんとか行けそうなところは見つけたものの、言いようのない不安感の中にいた時

1通のメールが入った。

以前コメントを入れた情報ボランティア@仙台のサイトから、るーさーさんがメールをくださったのだ。
「蒲生・岡田サテライトは8月以降もNPO化する方針が決まっているので、
いつでもぜひお越しください」と
(同じ日に、風来直さんも岡田サテライトを勧めるコメントをくださった。)

すぐに岡田サテライト(現在は「津波復興支援センター」と名称変更)に電話022-259-0731をすると、たまたまご本人がいらっしゃって、お話をすることができた。こちらの事情を伝えると、一日目の昼からでも合流できると教えてくださった。

その、気さくで明るい声を聞いて、大げさだけど、なにかトンネルを抜けたような 、やっと会いたかった人にめぐり会えたような、そんな感じでいっぱいになったshine

すぐに友達にも連絡し、夕方は必要なものをそろえにワークマンへ。

長靴、防塵マスク、ゴム手袋、軍手、帽子、保護メガネなど、あると良いとされているものはいちおう一通り用意する。

社会福祉協議会に行って、ボランティア保険(天災B 720円)にも加入した。

とにかく体調管理だけは気をつけないと、と思うのだが

8月1日の真夜中には、かなりの揺れを感じる地震が静岡で起きて(といっても我が家は最大でも4くらいだと思うのだが)、寝なければと焦るほど眠れなくなって朝を迎えてしまった。

8月2日は東京での授業研究会に朝早くから出かけ、夜は娘たちのマンション泊。

あらかじめ送ってあった大きなバッグを肩に、早朝、電車に乗り込んだ。長靴がかさばるし重かったけど、履いていくわけにもいかないし・・・gawk

1日目 仙台市宮城野区 

 「110804_081324_2はやて」は、あっという間に仙台駅についた。

宿泊をするビジネスホテルに荷物を預け、長袖に着替えて、水や昼食など必要なものをリュックにつめて駅西口のバスターミナルからバスに乗った。

 4番の乗り場 300系統 「新浜・岡田車庫行き」。楽天の球場(クリネックススタジアム)などを見ながら、駅からどんどん東の沿岸部に進んでいくと、だんだんと街の様子が変わってくる。「岡田」というバス停で下車。(460円。30分くらいかな。)歩いて2,3分のところに支援センターはあった。

 110803_162833_2 受付をすませた後、地図で場所を教えていただいて、自転車に乗ってボランティア先の民家に向かう。

そこではすでに男性1人、女性2人の方が作業をしていて、ちょうど間もなくお昼休みにするところだった。何も働いていないわたしたちも、一緒にお昼休み。汗びっしょりの3人の方は、神奈川県からみえたということで、今日が3日目だということだった。明るく頼もしい3人の方にいろいろ話を伺い、リードしていただきながら、午後の作業へ。

友達は、塀際の土をならす作業、わたしは畑の中の石を拾う作業となった。

このおうちからは松林が見える。

震災前は松林がずっと続いていて、海は見えなかったそうだが、今は松の多くが流されたため、海が見える。

松林を大きく越えて津波が襲ってきたという。母屋はなくなり、納屋にも大きな松の木がひっかかってたいへんだったらしい。

畑の中のガラスや石。85歳の元気なおじいちゃんががんばるだけでは追いつかないことがまだまだたくさんある。とても細やかなニーズにボランティアがこたえているのだと思った。

おじいちゃんの話は、方言がいっぱいで、神経を研ぎ澄ませても聴き取りきれなかったのだけれど、いろんなことに多額のお金がかかることや、「40、50ならともかくなあ・・・」と、この年齢でこの状況になることのつらさが伝わってきた。

ほとんどが、最初から活動されていた3人の方の仕事の成果なのだけれど
「あ~、きれいになったなあ、ありがとう。」
といわれた時は、とても嬉しかった。

  ・・・・・・・・・・

バスに乗ってホテルに戻り、汗を流したあとは、夕食へ。110803_184712_2

新しくできた、仙台一高いビルにあるオフィスで働いている友達の娘さんと一緒に、そのすぐとなりのお店で3人で食事をした。

3歳の頃から毎年伊豆に遊びに来てたけど
最後に会ったのは高校1年生のときだから、ずいぶん久しぶり。

おっとりした雰囲気は変わってないけど、でもやっぱり社会人らしさが加わって、大きな瞳はきらきらしていてますます魅力的になっていた。

 会社からすぐの、彼女のマンションまで歩き、駅までの夜道をホテルに戻る。

街路樹の整った、美しい街並みに、オフィスのビルが並ぶ。

都会というよりもさらに洗練された、どこか外国のような雰囲気が漂う美しい街だと思った。

仙台が好きだという人が多いのもよくわかる。

・・・ただ、この駅周辺と、沿岸部の落差を、翌日はより感じることになるのだが。

2日目 仙台市若林区

 翌朝。ちょっと足腰が痛いけど、体調はまずまず。

 昨日も涼しかったが、今日も曇り空のようだ。作業するにはありがたい。

支援センターでのマッチング(仕事の分担)は9時からなので、8時45分くらいに行けばよいのだけれどバスは7時23分発に乗らないと間に合わない。駅周辺はまだシャッターが下りているので、とりあえず朝MACのモーニングホットコーヒーで目を覚ます。

 かなり早い時間についたけれど、宿泊している人もいるのですでに人は集まってきていて、その日はたぶん40~50人近い人たちになったのではないかと思う。中には、女子高生の3人組も。

 今日はどんな仕事になるのかなと、どきどきするが

一人の優しそうな男性の方が(佑ちゃんがパパになった感じ)、わたしたち2人と、隣にいたお母さんと息子さん(19歳だそう)の親子に声をかけてくださり、その仕事に同行させていただけることになった。

 リーダーさんとなっているその人に渡された依頼書には、お神輿をきれいにする作業などがあるという。

お神輿??と、ちょっとよくわからなかったが、リーダーさんは一度うかがったことがあるそうで、理解している様子。たぶん女性向きの仕事なのだろう。車に乗せていただいて、ボランティア先に向かった。

親子のお2人は、実家がすぐ近くだとのこと。関西からようやくの里帰りとなったそうだ。

わたしたちがそれぞれ群馬、伊豆から来たと言うと、せっかくだからと、沿岸部に近いほうの道を廻ってくださった。

平らとはいえない、アスファルトの道路。

家の基礎だけが残っていた。

残っている家の1階部分は削り取られて穴が開いたり、倒壊したりしていた。

雑草の生い茂るくさむらに、車が転がり、ところどころに瓦礫の山があった。

震災、大津波がなければ、今頃は、どこまでも美しい田んぼが広がっていたはずだったところに・・・。

 不意に涙がこぼれ落ちて、とまらなくなった。

今こうして思い起こして言葉にしようとしていても、涙で画面が見えなくなる。

「今はまだ緑があるけれど、震災から1~2ヶ月は、灰色の世界でした。」

という言葉を聞いた時、あの記事の意味を心から実感した。

110804_125247

その日の作業は本当に、ひたすらお神輿を綺麗にすることだった。

真鍮の部分がぴかぴかになるまで磨いた。(力が足りなくて、端っこの方がどうしてもうまくいかなかったけれど。)

すぐ近くの海寄りに神社(日吉神社)があり、110804_124954そこのお神輿なのだそうだ。 リーダーさんにどうぞ見てきてと言われ、昼休みに歩いていった。境内の建物は無惨に倒壊していた。

 午後に近くの方がみえて、お神輿を眺めておっしゃった。

「いやあ、きれいになったねえ。
 この神輿がなくなっててね、みんなで探したんだけど見つかんなくて。
そしたらずいぶん離れたところで見つかったって連絡があってね、
行ってみたら、・・・待ってたんだよ! これでまた、祭ができるなあ。」

「お神輿が待ってたんだ」、という言葉がとても印象に残った。

そしてあらためて、あんなに猛り狂った恐ろしい津波に流されて、この精巧ともいえるお神輿が生き残って見つかったことが奇跡のように思われた。きっと、津波を生き延びたお神輿として、この先も地区の皆さんの心の拠り所になっていくんだろう。3月15日が例祭の日だという。再び賑やかなお祭ができることを・・・祈った。110804_135430_2

実は、お神輿をきれいにしながら、こんなに体が楽なボランティアでいいの?とちょっと思っていたんだけれど、でも、とても良い仕事をさせていただいたのだと、あらためて有り難く思った。「きっといいことがあるよ。」と依頼主さんが笑っていた。
皆さんに幸せがいっぱいくるといいな。

 帰り道に、リーダーさんが、コンビニによってくださった。
壊れてしまったセブンイレブンの横の敷地に置かれた、110804_152121移動式販売のセブンイレブン蒲生南店。

 びっくり。ひんやりした中の品揃えはさすが。きっと被災地で大切な役割を果たしているんだろう。

 リーダーさん、いろいろなお心遣い、本当にありがとうございましたheart04

できることはいっぱいある

  支援センターに戻って、帰り支度をした。

110804_081818長靴や未使用の防塵マスクやゴム手袋などは、寄付させていただいた。今回、長靴は荷物でも問題点だったので、それがなければもっと身軽に来ることができるだろうとも思った。女性用は少ないということだったので、友達との2足が少しでも役立ってくれると良いと思うし、また行けたときに使えたら嬉しい。

しばらくすると、あのメールのるーさーさんが支援センターにみえた。

思ったとおりの、明るくて楽しげな方。「岡田の母」の話には激しく抵抗されていたけどhappy02

 先日は、バザー用にハエの殺虫剤を段ボール一箱送ったのだけれど、どんなものが必要かなどの話もした。やはり、油や醤油といった生活必需品や女性の必需品などは確実に必要だということだし、男性の靴下や子どものおもちゃといったものも良いようだ。(古着はいらない)

 義援金よりも、実際の品物の流れが目に見えるので、こちらとしても嬉しい。
また送るつもりだ。

 ついでもあるからと、るーさーさんが駅まで送ってくださることになった。

仮設住宅にも立ち寄った。ところどころに置いてある花が心を和ませた。支援物資なのだという。そういう心遣いも、とてもすてきなことだ。

 今回、何ができるかもわからないまま仙台に行ったけれど、

もし、行きたいけれどね・・・、と迷っている人がいたら言ってあげたい。

 観光に行きながら(観光も大事。大歓迎。)ボランティアも楽しむつもりでいいから、あまり深くあれこれ考えすぎずにまずは行ってみてください。

 できることは必ずあるし、実際に自分ができることも見えてくるし、それに何よりたくさんの温かな人たちに出会うことができます。

 元気づけるつもりで行って、こっちが元気をもらえる気がします、と。

地域によって、まだまだもっと大変なところもあるだろうし、すべての地域が同じではないのはわかっているけど、でも、迷っているのはもったいないと思う

 震災直後は、家が家につっこんでいる状態だったり、家に入るのに車を何台もどかさなくてはならなかったりといった大変な状態で、ボランティアの仕事も力が必要だったという。床下の泥かきも、体中が痛くなる辛い作業だったそうだ。そうした人たちの力の積み重ねがあって復興が一歩一歩進んできた。今はニーズも変わり、最後に人の手で仕上げたいところなど、女性が必要なところも増えているという。

 8月4日(木)、「やまびこ」での帰り道、本当に来て良かったね、と何度も繰り返していたわたしたち。もちろん、たった1日半で、「ボランティアしてきました。」なんて言えるとは思っていないけど、ボランティアを経験できて、支えあう輪の中に入れたような、そんな気持ち。がんばれ、ニッポン。みんなで心を合わせて。

 るーさーさん、そして皆さん、本当にありがとうございました。
皆さんが一生懸命つないでくださるから、ほんの少しでも力になることができます。

どうぞ、無理なくがんばってください。きっと、また行きますね。応援しています。  

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コメント

ボランティアお疲れ様でした。被災地が一歩一歩復興に向かって歩み出している様子が伝わってきました。
中越地震の時、全国の多くのボランティアさんから助けていただき我が地域は復興することができました。
今回の水害では我が市はそれ以上の大きな打撃を受けました。災害列島日本の中でも我が地域は特に多いみたいweep
下を見ず、しっかり前を向いて頑張っていきたいと思います。
>観光に行きながらボランティアも楽しむつもりでいいから、あまり深くあれこれ考えずに行ってみてください。
そうですね。できることを自分もやっていきたいと思いました。
がんばろう日本!

つぼみさんお忙しい中、レボートありがとうございました。

あの震災からもうすぐ5ヶ月・・・
やっぱり、まだまだボランティアは必要な存在なのですね。
例え1日でも2日でも探せば受け入れて下さる所が
あるというのがわかって参考にする方も多いのでは
ないでしょうか。

私は残念ながら行くことが出来ませんが、この場所で
出来る事をさがしたいと思います。

★hirarinさん、こんにちは。
 ありがとうございます。
とってもとっても小さなことしかできませんでしたが
行くことには大きな価値があると思いました。また行きたいという思いでいっぱいで、話をしたら夫も行きたいと言い出しています。
 hirarinさん、今回の災害はあのとき以上だったのですね。本当に災害は恐ろしいです。伊豆も、明日は我が身という気持ちがあります。
 何かしたい気持ちはあるけど、動けずにいる人はたくさんいると思います。わたしも今回挫折しかけました。だから余計に言いたいです。行ってみて、やってみて、って。

★藤子さん、こんにちは。
 長い文を読んでいただいてありがとう。
いろいろと伝え方が難しく、これを書くのにたぶん5,6時間かかってしまいました。これを読んで、だれか一人でもボランティアに行こうという気持ちになってくれたら嬉しいな。
 仙台はアクセスもいいし、比較的首都圏からも近いので、たぶん復興は進んでいるんだと思うのです。まだまだ人の手の足りていないところもたくさんあると思うのですが、そんな仙台でも、普通の生活までにはまだまだだと感じました。

つぼみさん

いつもひそかにおじゃましてるのに・・コメントはたぶん2回目?
仙台に来てくださってありがとうございました!
順さんは津波からほんのちょっと離れた場所で・・川の水がもう少しであがるところだったのだそうです。そして私は街の北の方なので地割れなどはあったものの大丈夫でした。
つぼみさんたちがボランティアをしていただいてるのに、在仙の私は日々のことでいっぱいいっぱいで、ボランティア活動までできていません。(ごめんなさい・・)
でも、こうしてつぼみさんのブログを通して沿岸部の方々の苦労や全国の方々の応援、そこで日々奮闘されてる地域の方のことを改めて感じ、力になれることがあったらなあと思いました。つぼみさんありがとうございます。

一気に読みました。何度も何度も読みました。
涙 何度もこぼれ落ちました!
つぼみさんありがとね!
おじいちゃん 聞いてもらってきっとうれしかったと思います。
緑の田圃・・・今は仙台平野は稲作で緑のじゅうたんなんです。
いつかきっと、戻ってほしいです!!
御神輿・・・大事な大事な御神輿が迎えを待っていたんですね。
その御神輿をつぼみさんたちがきれいにしてくれて、みんなの願いを乗っけて、またかつがれるのでしょうね。
仙台の街・・・私は学生になってから住んでますがとっても居心地がいいです!緑がいっぱいだし音楽も映画もスポーツもどんなことにも触れることができます!
ボランティアじゃなくて遊びにきていただけるだけでも・・・
みんなの元気になります!!

つぼみさんありがとうございます!
またどうぞおいでくださ~い!!


その牛タン屋さん、おいしいですよね。
塩加減とやわらかさが好きです。(笑)

御神輿に関われたこと、よかったですね。
お祭りは、人の魂を集めることではないでしょうか。
魂が集まれば、力と希望がわきます。
とてもとても大切なお仕事だったと思います。

ところで私、こういう支援の仕方もあると感心したことがあるのですが。
現地に出かけられなくても、ちょっとした気持ちがあればできる支援。
『おばちゃんのきもちプロジェクト』
http://studiorocco.jp/

静岡の地震、そちらの被害がなくて何よりでした。
どうかもうこれ以上揺れないでほしいですね。
揺れるのは、涼しい風に吹かれた木々の枝くらいにしておいてほしいものです。

★ゆめさん、こんにちは。
 コメントありがとう、ゆめさん。
(わたしもたぶん初コメじゃなかったのですね、ごめんなさい。)

 いただいたコメントが嬉しくて、今ぽろぽろ涙がこぼれてます。
順さんのおうちは海に近いほうなのですね。あの記事のこと、本当に今回、胸にしみこんでいくようにわかったのです。美しい田とはまったく異なる、雑草だけの緑。残酷な光景と無念の思い。県外から行ったわたしでさえ、涙がとまらなかったのですから、地元の方の悲しみは想像を絶するものだとあらためて思います。
 お神輿、またかつがれてほしい。元気が戻ってほしいと心から思います。この時のリーダーさんも沿岸部ではないほうに住んでいらっしゃるそうで、会社が木・金休みになったということで、この日に見えていました。地元の仙台ナンバー?の車でないと通れないところもあるようなので、とても有り難かったです。
 仙台はすてきな街ですね。まさに杜の都。憧れます。
また行きます。ぜひ、いろいろ教えてくださいね。

★ちとせさん、こんにちは。
 このお店はいくつもありますね。
ホテルからいちばん近いところは満員で、案内されて行ったお店がたまたま彼女の職場のビルの隣でびっくり。雰囲気も良かったし、美味しかったです。

「人の魂を集める」すてきな言葉をありがとう、ちとせさん。
仕事に価値付けをいていただいたような気持ち。とてもうれしいです。
 リンク先のブログも今少し読んでみました。いいですね、こういうのも。いろんな形の支援があるのですね。
 いつも福島や茨城が揺れる時、伊豆も少しは揺れるのですが、今回はあまりにも大きく揺れたので、関東地方が大震災になっているのかと心臓が凍りそうでした。たまたま息子がお盆で伊豆に来ていて、娘が東京に一人だったので。震源が静岡で逆にほっとしたような・・・。
 あ、ちとせさん見習って、じょうずに節電をしたいと思います。

はじめまして。情報ボランティア@仙台から来ました。
愛知県豊橋市在住の福井英史と申します。
(情報ボランティア@仙台の5月31日のところで少し紹介をして頂きました)

ブログ拝見させて頂きました。ボランティア活動御苦労様でした。
隣の県の方のブログという事で、親近感が湧いております(笑)

私、現在は微力ながら被災地に支援物資を送る活動をしております。
またコメント入れさせて頂きます。今後もどうか宜しくお願い申し上げます。
失礼致します。

つぼみさん、お疲れ様でした。そして多くの勇気をいただきました。

現場に実際足を運ぶことが一番ですね。自分の目で確かめてみること。

涙がにじんだお気持ちにただ感謝!感謝!です。

気仙沼の卒業生のところに応援にいきたいという気持ちだけで行動に移せません。

お手紙だけしか出せない私に勇気をくださったつぼみさん、本当にありがとうございます。

9月以降時間を作って出かけたいと思います。
まず、行動を起こすこと。

もちろん、情報を確認してから動きますね。
相手に迷惑にならないように!
重ねてありがとうございました。
つぼみさんの気持ちいっぱい伝わっています。

つぼみさんお疲れ様でした。行く前の心の葛藤、現地に着いてからの皆さんとの触れ合い・・胸が一杯になりました。本来なら青々とした田んぼがずっと続いていたでしょうに。そんな田園風景の続く景色があの日あの数時間で一変してしまったのですね。報道で映し出されていた瓦礫の山もいろいろな方々のお力で随分片付けけられたようですね。頭が下がります。お神輿を磨かれたとのこと、みなさんを元気にしたいと思うつぼみさんのお気持ちが通じると思います。私も歯の治療が終わったら真剣にボランテァを考えようと思います。

つぼみさん、大事に読ませてもらいました。
お帰りなさい。この夏休みを利用して何とかできることはないかしらと思っていたら、お盆の4日間しかお休みがとれず、あきらめていました。

わずかな時間でも時間をつくるつぼみさんの行動力に、心をゆさぶられました。本当にありがとう。また改めて相談にのってくださいね。

お神輿の話もよかった。きれいにしてもらってまたお祭りが復活するのでしょうね。

★福井さん、こんにちは。
 嬉しいコメントをありがとうございます。親近感をもってくださってうれしいです。東海地方つながりですね!
拝見しました、この記事。
http://flat.kahoku.co.jp/u/volunteer16/wCstJ9BR8vMpD1KO7gWP/
 びっくり!すごい!「微力」だなんてとんでもない。すばらしい支援ですね。頭が下がります。
 また2学期が始まると、日々のことに追われてしまうと思うのですが、段ボール1箱の物資を送る小さなことでも続けていければいいんだな、って思えています。よろしくお願いします。
 フクイのカレーも食べてみたいです!

★本屋のオバさんさん、こんにちは。
 ありがとうございます。
ずっとずっと気になっていて、やっと動けるときが来た、という感じだったので、本当に、行くことができて良かったです。
 でもわたしも、今回、友達と一緒でなかったら、挫折したかもしれません。そういう方はたぶんいっぱいいるだろうな、と思って、一生懸命書いたので、本屋のオバさんのコメント、とっても嬉しく思いました。
 応援に行きたいという方が具体的にいらっしゃるならぜひ行ってさしあげてください。とっても大きな励みになると思います。
 いろいろお忙しいと思うので、どうぞ無理なさらずに。

★かよびーさん、こんにちは。
 ありがとうございます。
るーさーさんの声を聞くまでは、本当に不安感が拭えませんでしたが、実際に行ってみて、恵まれすぎてしまったのでないかと、申し訳なく思うほどの2日間となりました。
 悲惨な光景は、たくさん映像では目にしてきたのですが、やはりその様子を目の当たりにしたときは言いようのない気持ちになりました。田園風景が戻ってほしいです、本当に。
 女性の出番も多くなってきているようですので、どうぞボランティア、考えてみてくださいね。

★keiさん、こんにちは。
 ありがとう、keiさん。
 夏季休業中とはいえ、keiさんが一生懸命研究や発表を続けていらっしゃるときに、ごめんなさいね。でも、どうしても、行かないままではいられなかったの。
 るーさーさんに出会えたとき、思いは必ず通じるんだ、って思いました。keiさんなら、もっと多くのものを感じ、吸収されるんじゃないかと思います。
 お神輿、以前は裃を着た人たちがかついでいたんですって。また元気で賑やかなお祭ができるといいなって、祈っています。 

お疲れ様でした。
一泊と言っても、仕事や家庭を持っている身ではほんとに大変なことだったと思います。
新聞やテレビでボランティアのことをいろいろ読みますが、こうしてつぼみさんの実体験を読ませていただくと、NPOの方たちのこと、その作業の内容、被災者の方の生の声がいっそう身近に感じられました。
そしてつぼみさんの、じっとしていられない尊い気持ちが直球で伝わってきました。
ゆめさんのコメントにも胸がじーんとしました。

おみこし、鳥居までついて可愛らしいのですね。
日がたつとともに、女性ならではの出番があるというのもなるほどと思いました。
つぼみさんに「ありがとうございます」。


GWにボランティアに行った弟が「一度は自分の目で見た方がいい」といってましたが、つぼみさんの渾身の文章から、現地の風景、人々の心の中が目に浮かぶようです。

お忙しいのに、つぼみさんの行動力って本当にすごいですね。

1歳の子どもがいるので避難所で子どもが泣き止まない話や、水で溶かしたミルクを飲んで下痢をしてしまった話などを聞くと心が締め付けられます。

なかなか東北には行けず、弟のかわりにボランティア保険の申し込みをしたり、義援金を出したり、支援物資を持って行ったり…くらいしかできませんが、もう少し子どもが大きくなったら、いつか必ず観光だけでも行ってみようと思います。

★ひろみママさん、こんにちは。
 ありがとうございます、ひろみママさん。
わたしも、いろいろなニュースや被災地のレポートを、以前よりも実感をもってみることができるようになりました。この記事を読んでいただいた方にとっても、被災地との距離が近く感じられるようになっていただけたとしたらうれしいです。
 ゆめさんのコメント、わたしも涙が出てしまいました。
 当初の状況を考えれば片付けもとても進んでいるのですが、まだまだ大変なことはいっぱいあると思います。女性でも力になれることがあるっていうこと、伝えていきたいです。

★三島さくら子さん、こんにちは。
 ありがとう、三島さくら子さん。
 弟さん、GWに行かれたんですね。その頃はもっともっと悲惨な状況で、仕事も大変だったことでしょう。わたしの見た光景は、ずいぶん落ち着いてきたものだったと思うけれど、それでも涙がこぼれてとまりませんでした。
 赤ちゃんを育てているさくら子さんにとって、被災地での育児に関するニュースは涙が出てしまうのではないでしょうか。自分が生きていくだけでも大変なのに小さな命を育てていくんだものね。
 東北、わたしもまたいくつもりです。

行動は全てに勝る饒舌な説得力を持つ。言葉よりも、生き方から説得力が生まれるのですね。被災地の先生方からお話を聞くと、子ども達の現状も予想を遙かに超えて大変なことになっている様です。経済格差はその状況から逃げられる者と、残らざるを得ない者の間に著しい不公平を生んでいるとのこと。被災地の先生方も地元に残りつつ、残された子ども達と運命を共にするのだとおっしゃっていました。つぼみさんの体験は、ご自身にも、伺った先にも、子どもたちにも価値ある宝物となることでしょう。「慈悲して慈悲を知らぬ時、これを仏というなり。」見事です。

★問者さん、こんにちは。
 ありがとうございます。
本当にとてもわずかなことしかできませんでしたが、実際に行くことや、そこで言葉をかわすことがとても大切なことだという実感をもちました。支援センターなどで日々ボランティアを続けてくださる皆様には本当に頭が下がります。
 被災地での経済格差、そして・・・生命格差。むごいことです。先生たちもどんな思いでいらっしゃるのか。
 2学期が始まるとまた毎日追われるような生活になってしまいますが、なんとかまた被災地に行きたいと思っています。

つぼみさん、仙台でのボランティア活動、お疲れさまでした。
ニュースの画面は切り取ったほんの一部なのでしょうね。
実際に行って、自分の目で見て聞いて感じると、また違う思いというか感情も出てくることと思います。
お神輿も綺麗に磨いてもらって、喜んでいるでしょうね。
広島の姉も仙台ボランティアに行くそうです。
お盆に会うので、つぼみさんの体験談を話したいと思っています。

つぼみさんお疲れさまでした。
次男がまだ小学校に在学中に起きた地震・津波なのに、被災地ではまだまだ平常の生活に戻れない、というかまだまだ大変なのですね。
私は(今は)被災地でのボランティアには行けませんが、東北地方のおいしい食べ物を買うように心がけていますhappy01
仕事の関係で、授産所の製品を買うことも多いです(区役所内での福祉のお店でも取り扱っているので、そこで仕事の時は必ず買うようにしてるんです)

静岡も先日揺れましたね。
非常食など、我が家はまだ完ぺきではないので(汗)ちゃんと揃えておかなくては…と焦っています。
次男も新学期になったら、一旦持ちかえった非常食(3日分3食)をまた持たせるのですが、食べ物にもまだこだわりがあるので、賞味期限が長い、ということだけでは選べず、この夏で賞味期限が切れるものがほとんどなので、また一から買わなくては…なんです(ハンディのある子どもたちなので、栄養のあるドリンクやお菓子でも可です)
お守り代わりになりますように…と祈りつつ揃えますsign01

★ル・シュクルさん、こんにちは。
 ありがとうございます。
ニュースではもっとひどいところが報道されているけれど
報道されないところもまだまだだと言っていました。
あれだけ広域の被害があったのだから、たしかにそうですよね。
お姉さん、広島から仙台に行かれるんですね!すごい!わたしたちはちょうど涼しいときにいけたのですがまた猛暑になっているので、くれぐれもお気をつけて。るーさーさんの書いている記事、いつも参考になりますので、あわせてご紹介くださいね。
http://genchi.tasukeaijapan.jp/blog/beast_archive.html

★くますけさん、こんにちは。
 本当に、震災直後の画像などを見るとかなり復興は進んでいるとはいえ、まだまだなのですよね。依頼件数にボランティアが追いついていない状況のようです。東北の食べ物もおいしいですよね。
 そう、明日は我が身の静岡。
お子さん、食料を学校に持って行っているのですね。我が家も備蓄という点ではたしかに見直さないと。一時期買っておいたものは消費してしまったし。 
 必ず来るといわれている以上、備えることしかありませんよね。
心配したらきりはないけど、考えておくということを心がけなくちゃ、と思っています。

 ボランティア、お疲れ様でした。そして、ありがとうございます。私は兵庫県に住んでいますが、調理員も炊き出しのボランティアがありました。市町村単位で行く場を作っていただけるのはありがたいのですが、個人で行く場合は登録制になってるんですね?
 関西地方からの個人で行く場合のボランティアが少ないのは、やはり交通費がネックになっているようです。まだまだボランティアの出来る支援がたくさんあるんだと分かりました。

★給食のおばちゃんさん、こんにちは。
 コメントありがとうございます。
炊き出しのボランティアもすばらしいですね!元気がいっぱい、って言う感じ。
 登録制になっているところもあるのですが、今回行ったところは登録制ではなく、いきなりでも行けるのです。心強いところです。
http://flat.kahoku.co.jp/u/volunteer16/ylIDZnREGubm9Y5x0i2w/ ←参考までに。
そうですよね、静岡からでも交通費は大きなネックです。
東京からの夜行バスもありますが、慣れないバスで疲れたらボランティアできないと思い断念しました。でも、たくさんの方に行ってほしいです。

こんにちは。ボランティアお疲れ様でした!そして貴重なレポートを有り難うございます。
私めが1週間ばかり合宿や宿泊研修が続いて家をずっと空けている間に、うちの夫も自家用車で福島に乗り込み、相馬・南相馬で書類や写真を洗うボランティアを行っていました(伊達に大学時代の先輩がいらっしゃり、会いに行くという動機もありますが)。写真や映像はたくさん見ましたが、やはり現実は全く違うそうで、衝撃を受けて帰ってきました。私も是非この夏のうちに!と思ってはいたのですが、初任研に仕事がみっちりですし、初任研は原則的には休めない(=ボランティアに行って体調でも崩したらアウト・・・)なので断念し、できることをするようにしました。
復興への道のりはまだ長そうですね。加え、全国各地で地震や豪雨をはじめとする自然災害もあちこちで発生しています。でも必ずや乗り越えられる、そう信じて前進していきたいものです。

★そら子さん、こんにちは。
 お忙しそうですね。今年1年は大変だと思うけど、がんばってくださいね!!
 ご主人、福島に行かれたのですね。被災地がとても広いけれど、知っている人がいたり何か自分とのかかわりが見出せたりすると、一気に行かずにはいられなくなりますね。
 福島、やはり原発のこともあってまだまだというところももしかしたら仙台以上に多いのかもしれません。そら子さんも行きたかったことでしょうね。でも、そう、できることをして、風化させていかないようにすることが大事なんだと思います。
 乗り越えていく、という気持ちの一方で、次にまた大災害が起こるという不安がいつも隣り合わせです。強い気持ちになりたいですね。

遅いコメントでごめんなさい。
ボランティア、ご苦労さまでした。
そしてわかりやすいレポートをありがとうございます。
あの日がなければ、一面美しい田んぼが広がっていた、それを思われて涙されていますね。きっと皆同じ思いに捉われると思います。
少しずつではあるけど、一歩、一歩前進していってくれることを願わずは要られません。
それには、多数の力が必要になるんですね。
私も何が力になりたいけど、家をあけることができないので、募金箱をみかけたら、持ち合わせの金額を入れるようにしています。

★ナニワさん、こんにちは。
 ありがとうございます。コメントいただけて、うれしいです。
あれから、やはり、それ以前よりはるかに、震災に関するニュースを身近に感じながら見るようになりました。
 次に何ができるか、考えています。
 あの広大な土地に再び稲穂が揺れるのはいつになることだろうと思いつつ、祈るような気持ちです。
 まだまだ人の手はたくさん必要だと思います。
無理せず、自分にできること、していきたいものですね。

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