kuraさんの記事「つながる力」が「ネット句会へのおさそい」に続き、
勢いで申し込んでしまったのは2月11日。
ネット句会メンバー専用の掲示板で池田修先生より「梅」という兼題が出されたのは2月14日のことだった。
梅。
掲示板を見たのはもう夕方過ぎだったので、「梅」と言われても大好きな「梅酒」しか浮かばない。
う~ん、では一句。
「十代を梅酒グラスで照らし合ふ」(じゅうだいを うめしゅグラスで てらしあう)
娘に、赤坂でしょ~?と言われた。そう、高校時代を語り合って楽しかった、あの赤坂の夜。
本当は、梅酒だったのはわたしだけだけど、梅酒っていうと、何となく年齢が出せるかな、と思って入れてみる。それに・・・「グラス」「照らす」でちょっと夜のお店の照明の雰囲気を出したかった。
でも・・・梅酒はやっぱり梅の実と同じ初夏の季語。無理かな、と思って没にした。
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次に思い浮かんだのは、湯島の白梅だった。高校時代、千代田線という地下鉄で、湯島はいつも通っていた。
学問の神様・湯島天神に、中学のときにも高校のときにもたびたびお参りに行ったものだ。
おみくじを引くタイプではなかったけれど、いつもそこにはたくさんの願いや夢がこめられたおみくじが結ばれていた。
前回の記事に出した中学3年生の担任だった時にも、湯島天神に行って祈願をし、そこで買って来た手拭いにみんなで合格への寄せ書きをしたことを思い出していた。そこで詠んだ句。
「梅が枝に夢のつぼみを結びし日」(うめがえに ゆめのつぼみを むすびしひ)
「結びたり?」「結びつつ?」「結びけり?」結句をどうしようかと迷うわたしに、娘が「結びし日」が良いのではないかと言うので、それをもらった。よってこの句は、合作?となろうか。
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さて、あと一句である。やはり梅を見ながら詠みたい。しかし曇天、あげくに冷たい雨の一日。教室の温度計も6度などという信じられない寒さである。困った。
しかしながら、そんな中にも、梅は通勤途上の道々に、ひっそりと咲いているのだった。武骨な枝に可憐な小さな花と香りをまとわせて。ほっとする。こんな句ができた。
「月曜の溜め息つつみ梅ほのか」(げつようの ためいきつつみ うめほのか)
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さて、「投句」を終えた安心感も束の間、今度は「選句」が待っていた。
良いと思うのを5句、「これはいかがか」と思うのを3句選ぶのだという。
最初に「いただく」一句はすぐに決まった。
「そのままに君紅梅の下に立て」
鮮やかな情景。少女のような気がするが年配の方かもしれない。微笑みと愛情があふれているような気がした。
さらに
「白梅やなわとび高く弧を描く」
これを読んだとき、草野心平の詩「富士山 第肆」が浮かんだ。
少女たちはうまごやしの花を摘んでは巧みな手さばきで花環をつくる。
それをなわにして縄跳びをする。
花環が円を描くとそのなかに富士がはひる。その度に富士は近づき。とほくに坐る。
白梅の句も同じように、可愛い少女たちを思わせた。
他にもわくわくと3句選んだものの、困ったのは「逆選句」である。どうしたら良いのか。
池田先生が「一句には、季節を表す言葉、季語(季題)を一つだけ使う。」と書かれていたので、季重ねと思われたものを選ぶことにした。(味わい深いものも含まれていたけれど。)
選句は迷うことはわかっていたので、どちらかというと直感勝負みたいにすぐさま決めてしまった。あとからいろいろ思うのだけれど、しかたない、潔く。
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選句のあと、結果発表の前にそれぞれが「天の句」を披露する。自分がいちばん良いと思った句を解説するのだ。そこで、わたしの句を取り上げてくださった方がお二人いらっしゃった。
◆先日、ある神社にお参りしました。白い梅の花と赤い梅の花のつぼみがたくさんついていました。ふと見ると、おみくじがいくつか結びつけてありました。どんな願いを託して結んであるのだろうか、その人の夢は何なのだろうかと思いました。
私の幼いころはどんな夢を抱いていたのだろうかと、思ったりもしました。そういう経験が、つい最近あったので、この句がとても印象に残りました。「夢のつぼみを結ぶ」という表現が見事です。そして「結びし日」という表現で、あっという間に幼いころに連れていっていただき、言葉のすばらしさに感動しました。
◆春来たりなば、夢遠からじ、の心境でしょうか。夢の開くのを祈念した方の春はきっと、ほのかに香るでしょう。
うれしいなあ、と思った。本当に。「結びし日」をほめられて、娘も大喜び。
わたしの天の句はもちろん、「そのままに君紅梅の下に立て」。
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今日2月21日が結果発表なのであった。何度となくそわそわして掲示板をのぞきこむ。
ほんのわずかな差であったが、ありがたい成績をいただけて・・・うれしかった。
と同時に、あらためてそれぞれの句を味わい直すがごとく愉しんだ。
義母は俳句をやっている。(正岡子規の流れだそうだ。)
情景が浮かぶのがいいよね。よくわかるっていうのがいいと思う。
説明句になっていないほうがいいし、心象俳句も、伝わらないと難しいね。
季重ねは基本的には、しないようにしてる。ベテランの人は季語の重きを変えて使うけど、素人には難しい。切れ字の「や」は句が切れちゃいやすいかな。なめらかで、余韻が残るのがいいよね。
やわらかに語る義母にいろいろ教わりながら、選句をしてもらう。
義母の「天の句」は
「合格のしらせにほころぶ梅一輪」
素直だよね、よくわかる良い句だなあと思うよ。・・・うん、たしかに。余韻も残る。
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選ばれた句を書いたのが誰なのかもとても興味深く、いったい「そのままに君紅梅の下に立て」は誰の句なのだろうと「名乗り」を待っていた。しかし、いつまでも作者があらわれない。
やがて・・・池田先生の書き込みにびっくり。
作者はなんと・・・
・
高浜虚子なのであった。
池田先生曰く、
「句会はこのようにして過去の偉人の作品も混ぜることができます。」
うわ~、なんというオチ。う~ん、最後まで愉しませていただいてしまった。
この一週間、ネット句会の悩ましさとともに、近年にない愉しい心境で過ごしていたような。発起人のkura様、宗匠の池田修様、
本当にありがとうございました。
「白梅や・・・」も「合格の・・・」も、kuraさんの俳句だったのね。すてき。

ちなみに、近所の梅林の梅祭りに寄せた義母の句。
(行けなかったから、挨拶句なんだけど、とのことだけれど。)
「佳き日なり梅見の人のあふれゐて」
はい、とっても素直に目に浮かびます!
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