持久走シーズンの迷走?思考
今月半ばに、とある検定を受けに行った息子が、
東京国際女子マラソンのレースに遭遇、野口みずき選手、コスゲイ選手、渋井陽子選手らが走るのを見ることができたと喜んでいた。
そういえば、もう20年以上前に、たしかタンザニアのイカンガー選手が、
皇居付近で練習しているのを見たと、当時高校生だった弟が言っていた。
ものすごい速さだったそうである。
42,195キロを、一般人の短距離みたいに走り抜ける。
まさに、どんだけ~~!と言いたくなってしまう。
追記・流行語大賞によると、正式には「どんだけぇ~」で、意味も微妙に違うみたい。(^_^;)
11月も終わる。たぶん多くの学校が・・・持久走シーズンではないだろうか。
勤務校でも、来月上旬の記録会にむけ、毎朝全校で7分間走を行っている。
教員はそれぞれに、走ったり、タイムを示したり、応援をしたり、健康観察をしたり、といろいろだけれど、体育の授業は担当していないこともあり、この時間わたしは一緒に走ることにしている。
といっても、
子供たちの外側をチンタラ走っている程度なのでいばれたものではないが
子供たちの走るスピードを感じられるし
終わったときに、一緒に、赤い顔してはあはあできるのが良いと思っている。
(いえ、決してダイエット目的ではなくて・・・(^_^;)。)
しかしながら、この持久走。
自分との戦い、練習の過程に意味がある、健康的なすばらしい行事ではあるが、
苦手意識のある子はつらいだろうな、と思ってしまう。
練習のときは良いけれど、
本番では、トップにゴールする子の倍近くの長い時間走っていなくてはならないのだ。
「がんばれ~!」と温かい声援も、嬉しい気持ちには、なりにくいかもしれない。
ふと考えた。
持久走記録会、たとえば10分激走?して、
どれだけの距離を走れたかで記録にする、というのはどうだろう。
自分が走っていても「ラスト1分で~す!」などと言われると、俄然ハッスルしてしまう。
みんながそうなって、勢いよく走り出すのもなかなか壮観である。
どこまで行けるか、という方がやる気も出て、楽しいのではないか。
ここまで考えて、・・・それを実施するとしたら、など考え始めたが
「やめ~~!」の合図で止まり、そこで足踏みしながら記録を確定する光景を想像したら、なんだか間が抜けて滑稽な感じになってしまって、そこで挫折した(-_-;)。
計算にしてもテストにしても、
得意なほど早く終わることを考えれば、
持久走がそうであっても理不尽ではないのだろうと、しかたなく納得してみる。
以前、新体力テストにシャトルランが導入された頃、
あれは体力以上に精神力に左右されるのでは、などと話題になった時に
「だいたい、持久走って、苦しくて早く終わりたいから頑張って走るんですよ。
それをシャトルランに当てはめたら、早く終わらせるっていうことになるでしょ?」
と、ついわたしが口走ってしまったとき、
「なるほど~!」と、しきりに感心していた上司もいれば
「あの・・・、失礼だけどもしかして、走るのあんまり好きじゃないでしょ?」
と笑って指摘なさった、走るのが好きな先輩もいらっしゃった。
そうなんです(+_+)。特に長距離。
中学生のときのマラソン大会は、ほぼ真ん中か、それよりやや後ろ。歩くのは好きなのですが。
びゅんびゅん走っていく子を見ると、ほんとにうっとりしてしまうけど
早く走れなくても頑張っている子に心を寄り添わせながら、一生懸命、励ましていかなくちゃ、と思っている。
でも本当は・・・ 走ることが好きになれたら一番いいんだろうな。
息子は低学年の頃、マラソンはとても苦手だったけど、いつの間にか走ることが好きになっていた。あれはどうしてだったのだろう。今度、聞いてみたいと思う。
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